04-04


ややしばらくして彼女は風紀委員の肩から降ろされたようだった。
視界は暗いままだが、頭が反転し、鳩尾を圧迫していた苦しみが消え、やがてふわりとやわらかな場所に横たえられる。
すると、少し高い位置から彼女を攫った風紀委員の声が聴こえた。


「図書委員長をお連れしました!」
「ありがと。荷解きして下がっていいよ」
「はっ」


聞き覚えのある声。そして相変わらずの扱いに、暗闇の中で柊は眉根を寄せる。
だいたいなんだ、荷解きって引っ越しか何かか。
衣擦れの音を聞きながらため息を吐いていれば、やがて視界には光が差し込んできた。


「……まぶし」


そう呟いて周りを見渡せば、そこは案の定風紀委員会の根城である応接室。
彼女が横たえられていたのは、応接室のソファだった。
そして視線の先には、執務テーブルに頬杖をついてこちらを楽しそうに見ている黒髪がひとり。


「……風紀委員長」
「やあ。無様だね。」
「人攫いとか趣味悪すぎますよ」
「大人しくついてこなかった君が悪い」


柊が呆れたように言えば、雲雀は事もなげに返事をする。


乱れた髪や制服を正しながら、柊はソファから立ち上がった。
そのままくるりと踵を返してつかつかと歩き出す。
彼女の視線の先にあるのは、出口。


「外には見張りがいるよ。逃げようとしても無駄だ。」


雲雀がそう得意げに告げると、振り向いた彼女は案外冷静な表情でこう言った。


「逃げませんよ。まあ、まずはお茶でも淹れましょうか。」


そう言って柊は、出口…の横にある小さな流し台に立った。






先日、草壁は急に連れて来られて仕事をさせられていた柊に気を遣い、休憩にとお茶を淹れてくれた。その際彼は、ここには雲雀のために緑茶からコーヒーまで多種多様な茶葉が揃えられている、と教えてくれた。


柊はまるで勝手知ったるかのように薬缶で湯を沸かし、小さな戸棚からティーセット一式を取り出した。さらに、流し台の脇から未開封の紅茶缶を取り出す。

しゅんしゅん、と沸きつつある薬缶の湯をティーポットに移した柊は、湯の熱をポット全体に行きわたらせていく。


「勝手なことしないでくれる」
「勝手なことばっかりの風紀委員長には言われたくないですね」



勝手に流し台を弄られて不快さを隠さない雲雀をばっさり切り捨てつつ、柊はポットに入っていた湯をカップに移す。
続けて未開封だった紅茶缶を開けて、茶葉をティースプーンですくってポットに入れる。
未開封ゆえ、茶葉は新鮮だった。缶からふわりと立ち上る香りを愉しみながら、彼女は口を開いた。


「紅茶、あまりお好みじゃないでしょう」
「僕は緑茶の方が好きだよ」
「私も好きです。特に草壁さんのお茶、美味しいですよね。」


雲雀はその言葉で先週何があったのかを察し、ち、と小さく舌打ちをする。
総じて不機嫌そうではあるが、こちらを注視するだけで止めようとしてこないあたり、茶を淹れること自体はやぶさかではないらしい。

そう察した柊は新たに薬缶からポットへ湯を注いだ。
茶葉はくるくると湯の中で踊って、みるみるうちに水色が緋に染まっていく。
そうしてポットに蓋をした彼女は、手際よくティーカップの湯を捨て、カップを拭き上げた。


そしていよいよポットからカップへと、紅茶を注ぎ淹れる。
白の陶磁器の中に、赤い水色が映える。
湯気と共に立ち上るディンブラの香りに、柊は満足気に頷くと、2脚のティーセットをトレイに載せて、雲雀の待つ執務テーブルに向かう。


「お待たせしました」


そ、と雲雀のデスクに差し出されたのは、ほこほこと湯気を立ち上らせる温かな紅茶。





「仕事の話には、紅茶が必要なんです。私。」



それは、CEDEF時代から美冬に染み着く、癖のようなものだった。

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