22-07


天を仰ぎ見ていた京子は、は、と気が付いて、今度は彼女が柊に詰め寄った。


「っていうか、雲雀さんとお付き合いしているっていう噂は本当ですか…?」
「はひっ!新たな熱愛疑惑!!」
「ぶはっ!!!」


柊が口にしたはずのイチゴのかき氷が、美しい放物線を描いた。


「それはいったい、どこからそんな話が」
「学校中で噂になってます。柊さんにたて突くと、風紀委員会と風紀委員長が黙っていないって…」
「ほわぁ!?並中はいつもバイオレンスすぎでは!?」


ハルの叫びはごもっともである。
だが、その話の真相に心当たりがある柊は口元を拭いつつ否定した。


「それは…風紀委員会の経理を私がやってまして、私がいなくなると大損害被るのは風紀委員なので色々ご配慮は頂いてます。いなくなったら困る駒として扱われてるかんじでしょうか……」


そもそも、本日だって風紀委員の仕事としてここに来ている訳だし。
そう言って柊が腕に巻き付けた腕章を二人に見せると、二人は顔を見合わせて黙り込んだ。

(……って、そういえば盗難の件、連絡しなければ)

はた、と気が付いた柊だが、その思考を打ち破るかのように柊の視界にはまたしても三浦ハルが現れた。


「そこにラブはないのですか!?」
「ラブはないなぁ…」
「つれない!!つれなさすぎです!!このままではカラッカラの干物女に一直線ですよ!?」

干物とはいったい。
ハルの熱弁はやまず、柊は白目になりながら流されるままに講義を受け、二人の様子をにこにこと京子が見守っていた、その時である。




「え、君たち可愛いじゃん。お兄さんと遊ばない?」



3人が座っていたテーブルに、少し年上の、言ってしまえばガラの悪そうな男たち4、5人が群がってきた。ハルの熱弁は即座に止み、ぎくり、と肩を震わせる。


「は…ハル達は女子会中なんです!男の人はノーセンキューですから!」


ハルはしっしっと手で男たちを追い払う仕草をするも、その表情には怯えが見える。京子の笑顔もすっかり消え失せ、俯いたまま無言を貫いていた。すると、男たちは背後から浴衣のハルと京子の肩に手を置いてその顔を近づけた。


「なにも怖いことしようってんじゃないんだ、怯えんなよ」
「そうそう、食べたいものあれば奢ってあげるよ?お兄さんたち、お金持ちだから。」
「い、いりません!食べ物はもう一杯ありますから!」


男たちは懐から大量の5千円や千円札を見せびらかしては見せつけてくるが、なにせこちらは露店の食べ物を片っ端から買い漁った身である。ハルのいう通り、食べ物はもう一杯あるのだ。


そして、柊美冬の肩にも、男の手がかかった。


「君、並盛中でしょ?制服のままでこんなとこ来て大丈夫なの?」
「制服着たまま夜8時以降の外出は禁止だよねえ。怖〜い風紀委員に取り締まられちゃうぞ?」
「取り締まられる前に、俺達と別のところ行こうぜ」









「ハッ」


しばしの沈黙の後、柊はつい鼻で笑ってしまった。

「残念ですが、あなたたちが風紀委員に処罰されることはあっても、私たちが処罰される理由はありませんね」

柊美冬は男の手をぱしり、と払うと席を立った。
手を払われたことに憤慨した男は、「てめぇ、」と柊の顎をぐい、と掴み、柊の持ち上げる。


「どっちに主導権があると思ってんだ?」



美冬と、男の視線がかち合った。


ひ、という京子のか細い悲鳴が聞こえ、ハルの顔が青くなる。
だが、柊美冬の瞳は一寸も曇ることはなく、それどころか、きらりと瞬いた。口元がにたりと歪み、次いで出た言葉は、目の前の男ではなく、その背後の闇夜へ向けられていた。




「……だそうですが、どうしましょう?」


「いい度胸だけれど、愚問だな」





柊の言葉に返って来たのは、随分と機嫌の良さそうな男の声だった。

男がはっと気が付いた時には時すでに遅し。
音もなく視界が揺れ、衝撃と共に真横に吹っ飛ばされた男は、すぐ傍にあった境内の樹木に側頭部を打ち付けた。衝撃のあまり視界はブラックアウトし、男はぷつりと意識を手放した。

「さすがですね」
「やれっていったのは君でしょ」
「言ってませんよ」
「煽っておいてよく言うよ」

べっとりと血がついたトンファーの銀と赤が、闇夜に浮かび上がる。
先程の攻撃に微塵の容赦もなかったことが容易に想像できて、京子とハルは目を瞑り、一方仲間を吹っ飛ばされた男たちは色めき立った。

泡を吹いて倒れる仲間の前に立つのは、烏の濡れ羽よりも艶やかな黒髪をもった男だった。その腕には、風紀と書かれた赤い腕章。

男達が、彼が何者か気づいた時には、時すでに遅し。



「随分弱そうだけど、楽しませてくれるんだよね?」



雲雀恭弥は首を傾げて舌なめずりをした。ぺろり、と赤い舌が唇の上を這うのは、なんというかとても生々しい。

京子やハルの肩から手を引いた男たちは、じり、と後ずさるが、雲雀恭弥の本能は彼等を逃すつもりなど毛頭なかった。



「どっちに主導権があるのか、教えてよ」



そう言ってトンファーを振り被りながら、雲雀恭弥は楽しそうに跳躍した。




バキィィィッ!!!

ガシャアアアン!!!





破壊音が鳴り響き、辺りの客たちがわあわあと逃げ出し始め、付近は混乱の一途を辿る。混乱に乗じた柊美冬は、恐怖のあまり腰が抜けてしまっていた京子とハルを立たせると、二人を引っ張ってその場を後にした。


「ここは危ないから、少し離れましょう!」


決して足は速くないが、安全な場所へ。
トンファーの殴打音と、破壊音、そして男たちの断末魔を背に、3人の少女は走った。
食べ物屋の屋台が並ぶ大通りまで走り、さらに先程山本に聞いていた、チョコバナナの屋台へ。柊美冬は空になった屋台へ二人を連れ込み、休憩用の椅子に座らせると、素早く衛星電話を懐から取り出して通話を始めた。

一方、椅子にへたり込んでしまったハルと京子はは〜とため息を吐く。

「つ、疲れました…」
「びっくりしちゃったねぇ」

なにせ突然のナンパからケンカである。夏祭りにありがちなハプニングのフルコースを全身で味わってしまったふたりははぁぁ、と大きなため息を吐いた。

「「……」」

二人は急に黙り込み、そして徐に顔を見合わせる。その目は、興奮に満ちていた。


「京子ちゃん」「ハルちゃん」


こくり、と頷き合った二人は、電話中の柊を余所にがしり、と両手を握り合った。


「あれは…ラブといって差し支えないのでは?」「差し支えないと思う!」


先程までの怯えから一転、二人の熱は急激に最高潮へと達した。
きゃあきゃあと手を取り合いながら二人は熱く語り出す。


「んもう!すごいタイミングでした!!」
「柊さんがピンチっていうここぞのタイミングで出てくるあの感じ!王子様みたいだったよね!」
「しかも、柊さんも解ってて煽るっていうあの信頼感!たまりません!!」
「雲雀さん、やっぱり柊さんのこと好きなんじゃないかなあ」
「ハルもそう思いました。最初の一撃に…なんていうか怨念を感じてしまいました」


すると、通話を終えた柊が「もうすぐ迎えが来ますから、ここで待ってると良いと思います」と言って二人に振り返った。

すると、先程は真っ青な顔をしていた二人が、今や顔を紅潮させてすっかり元気になっているので、柊は「あ、元気になったんですね。よかった」と声をかけた。


「柊さんもここにいた方が良いんじゃ…」
「いえ、私は気になることがあるので風紀委員会と合流します。」


では、ゆっくりしててくださいね。
柊美冬はチョコバナナの屋台をすり抜けて、雑踏の中に混じっていく。制服のスカートをひらりと翻す後姿が、なんだか格好いいな、と笹川京子は思った。


「はひー、なんだか、すてきですね」


ハルの感嘆に、京子もまた「そうだよね」と頷いた。








柊美冬は、京子とハルの護衛を電話先のリボーンに任せ、先程の現場に戻ってきた。
先程絡まれた輩たちが手にしていたのは、5千円に千円といった札束ばかりだった。いわゆる「釣銭」として用意されがちな札束を、彼等が持っていたのは偶然なのだろうか。


(……良い予感がしない)


現場には血だまりや破壊跡などは残るものの、既に雲雀恭弥も、男たちの姿もなくなっていた。そして、血だまりの中に浮かぶ金や銀、銅色の小銭を見つけた柊は、或る確信を得るに至った。



「やはり」



呟いた柊は、血の痕跡を追って、境内の奥深くにある森へ一歩、足を踏み入れた。






つづく!

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