21-01


今年も並盛には梅雨がやって来た。
昨年人生初の梅雨にパンをカビさせるという初歩的ミスを犯した柊だが、今年は慣れたもので折り合いをつけて雨と付き合っていた。

イタリアには雨期こそあれど、梅雨はない。
日本独自の湿気は、やはり慣れるには時間がかかるが、郷に入っては郷に従え精神で今年も何とか乗り切っている。

そして、久々に雨が止んだ、そんな日のことである。

今日も今日とて風紀委員会の仕事を終えた柊美冬は、スーパーで今晩の夕飯の材料を買いそろえ、帰宅の途についた。マンションのエントランスを抜け、エレベーターで最上階に向かい、自室の前に辿り着いた美冬の目の前には、見知った人物の姿があった。


「よっ!待ってたぜ美冬」
「え……え……?」


その笑顔は、まるで彼の持つ金の髪のように明るい。幼い頃美冬はそれを、太陽のようだ、と思ったことがある。


「どうしたんですか、急に」
「にーちゃんが可愛い妹分に会いに来るのに理由がなきゃダメか?」


ばちん!と流れ星でも飛び出しそうなウインクは、美しい顔立ちの彼だから似合う芸当である。その手には、ラ・ナミモリ―ヌのケーキの箱。そうか、お茶をしに来たのかと納得した美冬は、「しょうがないですね」と言いながら自室の鍵を開けようとして、はたと気が付いた。


「あれ?ロマーリオさんは?」
「それがな〜。アイツどっかではぐれちまって…何やってるんだろうな、まったく」
「!?」


ディーノは何でもないことのように言うが、美冬の顔には戦慄が走った。
これまでの長い付き合いの中で、目の前にいるキャバッローネファミリーのボス・ディーノが、部下がいなければアレがアレでアレなことを、美冬はよくよく知っていた。

これは、非常に、マズイ。


「実はな、この近くまで一緒に来てたんだが、ケーキを買ってる間にアイツどこかにふらっと行っちまったみたいでな…しょうがないから探してたら、携帯も財布も全部いつの間にかなくなってて…」
「……」
「ちょっとドジ踏んじまって、この有様なんだ」


どこかに行ってしまったのは、多分あなたです。

美冬は言い知れぬ不安に襲われるも、目の前の男は至って呑気にへらりと笑うだけ。見れば足許はずぶ濡れで、どうやら増水していた用水路にでも足を突っ込んだんだろう、と推察できた。


「ま、安心しろ。ケーキは無事だぜ!」
「……」


にか!と笑ってディーノはケーキ箱を掲げてみせる。
その笑顔だけとれば、ああ今日も眩しいですね、で済むが、事態はそんな呑気なものではない。美冬はすぐにでもキャバッローネに連絡を取らなければ、と戦慄した。

今、間違いなくロマーリオは必死になってディーノを探し回っているに違いない。



「と…とにかく、うちに入ってください」
「お、ありがとうな〜」



そう言って美冬が部屋の扉を開けて、ディーノを中に通そうとした時である。


コケっ 

「うおっ!?」

べしゃあっ


ディーノが玄関口で躓き、顔面を床のタイルに強かにぶつけ、飛んでったケーキの箱は彼の頭上にクリーンヒットする、ミラクル三段活用が起こった。





「…………」
「いってぇ〜…あっ!!ケーキが!!美冬、ごめんな〜!!」




せっかくの美しい金髪もお顔もクリームまみれである。
ディーノはここまで死守してきたケーキの無残な姿にショックを禁じえず、美冬に侘びてくるも、美冬の心は今ここにあらず、である。



(あ、これヤバい)



ただでさえ鋭い直感は、その後現実のものとなった。








その日、CEDEFの緊急回線に一本の着信が入った。

発信元は日本、美冬が所持していた端末からだ。彼女が持つ端末はCEDEF本部に直接入電が出来る代物で、有事の際にしか使用しないことになっていた。
バジルと家光は任務で不在のため、現在CEDEF本部にはオレガノしかいなかった。PCを操作していたオレガノは慌てて回線をオンラインにすると、悲痛な美冬の声が飛び込んできた。


『た、助けて…っ!!』
「美冬!?何があったの!?状況を説明して!!」


緊迫した声色に、オレガノの目がつり上がった。
恐れていたことが、起こってしまったというのか。
……よりによって、沢田家光が不在の、今この時に。


『オレガノですか!?早くキャバッローネに連絡を……!!』
「何が起こってるの!?美冬!!」
『も、もう私には無理……』


そのときである。
端末からは、ドォン!!という轟音が響き、美冬のギャー!!という悲鳴が聴こえる。爆発による電波障害だろう、端末にはザザ…というノイズが走った。

既に戦闘に巻き込まれているのか、いやでもキャバッローネに連絡とはどういう意味なのか?

迷いを見せたオレガノの耳に、ノイズの奥から美冬の怒号と男の声が聴こえる。


『ちょ、ホント、大人しくしててくださいって言ったじゃないですかあああ!!!』
『いやー悪い悪い…おにーちゃん、学校から疲れて帰ってきた可愛い妹分にコーヒーでも淹れてあげようかと思って…』
『コーヒーごときで何故キッチンが爆発します!?もう、ホント余計なことしないでください!!!』
『え〜〜でもな〜〜〜』


男の声には聞き覚えがある。いや、その内容にも覚えがあった。
CEDEF第1秘書であるオレガノの明晰な頭脳は、すぐに今日本の並盛町で起こっている出来事の全体像を把握した。



「……待ってなさい美冬、10分以内でカタをつけてあげるわ」



はぁぁ、と深いため息をついて端末の回線を切ったオレガノは、すぐに手元の携帯電話から馴染みの番号に電話をかけた。




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