stella-Δ


*


『…というわけで回線が途中で切れたんですが、バジルは無事ですか?』
「安心して。あの後そのまま戦闘に入ったみたいだけど、怪我ひとつなくぴんぴんしてるわ。なんなら、ちょっと暴れたりなかったみたい」
『うわぁ。さすが戦闘狂。まぁ無事ならいいです。ではまた連絡しますね』
「ええ。またね。」


CEDEF、沢田家光の執務室にて。
オレガノは端末の通信回線を切断し、ため息を吐く。横で聞いていた沢田家光は「”暴れたりない”…なぁ。まぁ物は言いようだな」と鼻で笑い、ラル・ミルチは口元をへの字に曲げていた。

なお、沢田家光の後ろには、苦い顔をするバジルがいた。その姿は、オレガノが言うとおり怪我ひとつもなく、その金糸も蒼の双眸も美しいままだ。が。


「だーれが殺せっつった!?」
「ううっ……す、すみません、……」
「この任務の目的はウチを潰しに来る奴等のしっぽを掴むことだろうが!!情報とれなくしてどうするんだ!!」


ごちん!という鈍い音。それは沢田家光の愛ある拳骨がバジルの頭に振り落とされた音である。そんなトップの激昂に、バジルはたじたじになりながらひたすら平謝りした。その様子を、ラル・ミルチは白い目で、オレガノは苦笑いしながら見守っている。









相対したシュノーケルマスクは、こう述べた。

「まさか、星の名を掴めるとは」

低い声から、男だということがわかる。マスクで表情は伺えないが、そこには下卑た笑いが滲んでいた。まさか、と男の装備に目を向けると、ナイフと背にしていたボンベの外に、腰に提げられていた小型のブラックボックスが目に入った。それは、バジルもよく任務で使用していた機器だった。

(……まずい)

背筋が逆撫でされるような感覚に襲われる。バジルの考えが正しければ、あのブラックボックスには通信傍受の機器が仕込まれている。うっかり、長話なんてしなければ良かった。後悔してももう遅い。

「お前、CEDEF代表付きの諜報員だろう。こんな時期に新入社員なんておかしいと思っていたが、あれはオレガノの声でも、ラル・ミルチの声でもなかった。ならば、あれは」



胸が抉られたような、息苦しさだった。


瞬間的に、バジルの足は砂を蹴り、跳躍する。
握り締めたメタルエッジの刃を男の喉元めがけて振りかざせば、ウェットスーツごと、男の首からは綺麗に血飛沫が上がる。
びしゃびしゃと返り血は勢いよく噴き出し、バジルの白い肌を金の絹糸のような髪を、真っ赤に染めていく。だが、青い双眸だけは、ギラギラとその色を変えることなく、静かな殺意を湛えていた。


「お前たちは、依頼を受けてここに来たのか」


力なく崩れ落ちて行くシュノーケルの男の頭を掴み、バジルは残った4名にその有様を見せつける。未だに出血は止まることなく、ぴくぴくと反射で男の指先は震えている。さっきまで生きていたそれには、もう命がないことは明白である。

4名の内、ひぃ、と情けない声を漏らしたものは、「そうだよ!金と依頼書だけが届いたんだ。俺達は何も知らねえ!!俺達は隣町のチームだよ」と海を背後に後ずさりながら声を上げた。


「…そうか。お前たちからは”奴等”に連絡を取ろうと思ってもとれない訳か」
「そうさ、CEDEFの奴等が隠している“星”の在処を見つけろ、ただそれだけの指令だ…リーダーが言ってたオレガノやラル・ミルチとやらは知らないが…と、とにかく見逃してくれ!」


リーダーと呼ばれた亡骸を見ながら、ガタガタと震える男はバジルに向かって命を乞う。


「………」


さん、という波の音が聞こえはじめた。山から海に向かって、びゅ、と風が吹き始める。
バジルの金色の美しい髪は、さわさわと揺れた。

目の前には、腰を抜かして座り込むもの、命乞いをするもの、逃げ出そうとじりじりと後退を始めるもの、そして勇敢にもバジルに向けてナイフを突き出すものの姿があった。



たった数ヶ月だけ世話になったこのまちには、人々の営みがあった。
人々は漁に一喜一憂し、愛や恋があり、子どもたちは元気に走り回っていた。
きっと彼等にも、また同様の営みがあったのだろう。この5人はチームとして、やんちゃ坊主と言われていたのかもしれない。

だが。

バジルはどこまでいけど、バジルだった。そんなことは、CEDEFにやって来た時から、とっくに覚悟していたことだった。



「残念だが、お前たちを生きてかえすわけには、行かない」



風の音に紛れて、ぎゃあ、という声が聞こえたような気がした。
全てを切り伏せて、命が途絶えたことを確認する。さらに、身元がわからぬように男たちの持ち物を全て没収してから、バジルは海に物となった”それら”を投げ入れた。山から吹き下ろす風が、男たちの死体をどんどん沖合へ押し出していく。そのうち、血の匂いが、きっと魚たちの鼻につくことだろう。その後のことは、しかり。

証拠の隠滅は、すべて自然がやってくれる。


残された男達の荷物を目に、バジルは呟いた。


「……美冬は、拙者が守ると決めたんです。」


ばきん。
そうして、ブラックボックスを刃先で粉々に砕いた。












「こっちが一回咬みついたら、次は獲物が罠にかかりにくくなる。解ってるだろ!?」
「はい…すみません…美冬の名が知られてしまったと思って、つい…」

帰着後、バジルは事のあらましを沢田家光に報告すれば、案の定とんでもない勢いで叱られ、ついでに拳骨も喰らった。美冬の名を傍受されたのがまずかった。本来であれば、襲ってきた彼らを捕らえて敵方の情報を割るのが真の目的だったが、彼等が美冬の名を知ってしまった以上、このまま生かしておくわけにはいかなかった。仮に彼らを捕らえたとしても、何かの拍子で美冬の情報が外に漏れ出でてしまう可能性もあった。

「だが、これで先方には“なにかある”とは勘づかれただろう」
「すみません」
「大丈夫、あの新聞社の面々には保護プログラムを適用して、全員を別地区に避難させたわ」

ラルの指摘はごもっともで、送った手下が帰ってこなかった以上、先方にはなにかしらを勘づかれたことだろう。一番危険なのは新聞社の仲間たちだが、さすがCEDEFはぬかりがない。全員の身元を隠した状態で系列別会社で働けるように準備を整えた。

「お前、おっとりした顔してる割に、短気だよな…誰に似たんだよ」
「お前だろ」
「はぁぁぁ!?俺じゃないだろ!俺はジェントルメンだぞジェントルメン!!」
「ほざけ」

沢田家光のボヤキに、ラルがツッコむ。
まったく同意できないと沢田家光は憤慨するが、ラルはそうかそうかと取り合うこともせずにいなすだけ。それを見たオレガノとバジルは苦笑し、斯くしてこの一件は幕を閉じることとなった。


(……これでいい)


容赦なく男たちを切り殺した感覚は、今も掌が覚えている。
肉を断つ刃の動き、血飛沫の熱、マスクを剥がした男達の、空虚。それらすべてを背負って、バジルはぎしり、と拳を握り直した。


(拙者は、美冬を守ると決めたのだから)



星は誰の手にもかからず、夜空で輝き、ひとを導くもの。
その輝きを守るためには、なんだってすると、心に決めた。

それは愛であり、呪いだった。

いつか来るその日まで、バジルは星を守り続ける。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -