跳ね馬の記憶 21-x


それは、二人が出会って1年ほど経ったある夜のことである。




「星、綺麗ですね」
「確かになー」


その日、キャバッローネファミリーのボス・ディーノが渡した少女への貢ぎ物は、天体望遠鏡だった。家光から許可を貰い、いそいそとCEDEF本部の入る屋敷の屋上へ上った二人はさっそく夜空の観察を始めた。

到着した時間も遅かったため、今日はディーノが泊っていくということで、こんなことになってしまった。

少女としてはたまりにたまっていた仕事を今夜こそ片付けようと思っていたが、オレガノに「たまには息抜きに行って来たら?」と追い出され(これはオレガノによる裏切り行為だと少女は思った)、今に至る。


「あれがベガ、その向こうがアルタイル、それからデネブ。三つ結んで夏の大三角形ですね」


自室から父の遺品である天体図鑑を片手に、少女はすいすいと夜空に三角を結ぶ。


「……ん??どれがどれだって?」
「ディーノさんなら昔学校で習ったはずですが」
「忘れたな…俺テストとかからっきしだし…」


たはは〜、と冷や汗を流しつつディーノが苦笑いを浮かべると、目の前の幼い少女はきりりと真顔でのたまった。


「夜空の星は女を口説き落とす常套手段のひとつです。マフィアのボスならもう一度履修し直してきてください」
「なんで俺怒られてんの?」


突然のお叱りにディーノは独り言ちるが、少女は天体望遠鏡をのぞきながら見える星空を、熱心に覗き続けていた。


「同じ北半球同士であれば、見える時間帯が違うだけで、同じ星空を眺めることが出来ると本には書いてありますが……不思議ですね」
「えーっと、つまり、どういうことだ?」
「……例えばイタリアと日本であれば、時差はあれど見える星空は同じものだという話です」


齢7歳の白い眼差しにディーノは「ああ、なるほどな〜!」と明るく笑ってごまかし(ごまかせてはいない)、「それってロマンチックな話じゃねぇか」と付け加えた。


「遠く離れてても、星が昇れば二人は同じ世界にいることが実感できるってことだろ?」
「遠距離恋愛を始める際に使えそうな台詞ですね。是非使用後の反応をお聞かせください」
「おい、なんで俺が遠距離恋愛始める設定なんだ!」


ビシィ、とツッコむが少女はどこ吹く風で望遠鏡をのぞき続ける。ディーノの話などまるでどうでもいいといった風に。その頃のディーノは気がついてはいなかったが、これはお堅い彼女なりのジョークであった。


天体望遠鏡はすっかり少女に独占されてしまったので、ディーノは傍らに取り残されていた天体図鑑を手繰り寄せてはめくっていた。


「へ〜、春や冬にも大三角ってのが出来るのか。ペテルギウス、シリウス、プロキオンねぇ…こんなの授業でやったっけ…?」


夏の大三角の星々はうっすら聞き覚えがあるが、冬や春になってくるともはやうろ覚えである。


「っていうか、春夏冬と来て、秋はないのか?なんでだ?………って、」


ディーノが巻末のQ&Aをめくろうとした時だった。





少女が、こてん、とディーノの身体に頭を預けてきたのである。





続いて、すやすやと寝息が聞こえてきたため、ディーノが恐る恐る真下を見ると、案の定少女の寝顔がそこにはあった。




「………」



ぎゃああああ!かわいい!!!!

叫ばなかっただけ褒めて欲しい。ディーノは後々その時のことをこう振り返る。いつもディーノを白い目で見上げてくる少女の、年相応のあどけない寝顔は否応にも彼の心を昂らせた。


少女を起こさないよう、細心の注意を払って、ディーノは胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出した。リボーンとの訓練で培った身体の芯をぶらさぬ動きが今こんなところで役立つとは…


そうして、彼は音を立てずに携帯を開き、カメラを起動して……




カシャッ




「あ」「!」
無慈悲にも機械のシャッター音は盛大に音をたて、ぱちり、と少女の目は開いた。
ばっ!と顔を上げた少女。橙色の瞳の前には、携帯のカメラ。



「あっ、いや、違うんだって」
「最低です」
「だからこれはその、ほら、」
「ホント最低です」



これでもかというほど絶対零度の眼差しを向けられたディーノは、だらだらと冷や汗をかきながら弁明するも、さっさと少女はいなくなってしまい………

その後3か月ほど、ディーノは彼女と顔を合わすことが出来なかったという。





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