恋のいとまに(後)






半日ほど前。
ヴァリアー本部にて。


「え、山本君がCEDEFに来てる?」
「ああ、お前がヴァリアーにいる間に、とバジルが呼んだらしい」
「ふうん、そうですか」


ラル・ミルチがヴァリアーに出張で届け物をした際、対応したのはCEDEFから監査として出向中の美冬だった。


近年、ボンゴレはヴァリアーの高すぎる経費に頭を痛めていた。いくらヴァリアークオリティを維持するためとはいえ、いろいろとこの独立組織は金がかかりすぎだった。

独立組織とはいえ、カネの出どころはボンゴレ本体。
しかし、ボンゴレ本体がいざ「経費を削減しろ」といっても、ヴァリアーは言うことを聞くわけでもなく、「これが正当な金額だ」といってきかないのである。

試しに提出させた領収書等はまったくのでたらめで、そもそもこの暗殺部隊は「カネがあればあるだけ使う」というとんでもない金食い虫だった。

頭を痛めたボンゴレ本体は、CEDEFにいるという辣腕経理処理班をヴァリアーに出向させるように泣きついた。少しでも経理に透明性が出来て、可能であれば節約意識がつけば……そんな儚い願いを託されたのが、美冬である。


監査なのに何故かヴァリアーの台所を取り仕切っているらしく、美冬はその日の夕食の準備をしているところだった。美冬は快くヴァリアーの食堂にラルを通し、彼女ご自慢の、あの美味しい紅茶を淹れて、もてなしてくれた。


「ラル、帰るのは何時ごろになりそうなの?」
「そうだな…マーモンとベルフェゴールと打ち合わせをしてからだから…まぁ3時間後ってところだろうな」


ドンドンドンドン!と麺棒的な何かで肉を叩いてステーキ用の肉を柔らかくしながら、美冬は食堂の時計にちらりと目配せをしたのをラルは見逃さなかった。

ラル・ミルチもまた彼女と長い付き合いであるが、彼女は時間を無駄にする、ということをほとんどしない女である。
おそらく、ラルが帰るまでの3時間のあいだに、何か数品でも菓子を作って持たせようと計算しているのだろうと思った。


「じゃあ、打ち合わせが終わったらまたこちらに寄ってください」


美冬がそう笑うと、ラルは「わかった」と言って紅茶を飲みほした。

「馳走になった」「お粗末様です」

ラルがそう言って食堂を出て行こうとすると、入れ替わりでドスドスと銀色の長髪男が入ってきた。
何故かブチ切れた様子で、男は美冬に向かっていく。


「美冬てめぇ!!昨日用意したA5ランクの肉をどうして返品しやがったんだぁ!!!」
「お肉の等級ひとつ落としただけで、食費が浮くんですよ!?」
「うちのボスがそんなはした肉で満足するとでも思ってんのか!!」
「ふふふ…秘策があります」

美冬は相変わらずドンドンと肉を麺棒で叩きながら男・スクアーロににやりと笑いかけた。CEDEFから出向してきた女がたった1ヶ月で挙げた功績と、確信めいた笑みにたじたじとなりながらスクアーロは「し、知らねぇからな…俺は…」ともごもご返事をした。
去り際、ラルは思った。


(……監査とは)



もっともな感想だった。












「CEDEFに山本武が来てるだとぉ!」
「らしいですよ」

まんまと宥められ紅茶を飲んでいるスクアーロは、カップを破壊せんばかりにギリギリと握りしめた。


「私、ラルが帰るときにお菓子の荷物持たせますから…ええっとなんでしたっけ、『剣帝への道』?今月も送るつもりなら、一緒に持たせましょう。郵便料金削減のために。」


日々圧迫するヴァリアーの経理監査を任された美冬は、小さなことからコツコツと経費を削る努力をヴァリアー連中に日々説いていた。ベルフェゴールなどは非協力的だが、スクアーロは比較的協力をしてくれる方だ。今日も「いいだろう」と笑い、紅茶を飲み干してDVDを取りに食堂を出て行った。


一方美冬はケーキの材料を用意し始めた。
卵、バター、小麦粉。
流石ヴァリアークオリティである。
冷蔵庫の中身も一級品だらけだ。(=改善の余地あり。)
美冬は必要そうなものをぽいぽいと取り出しながら、ふとため息を吐く。


(バジルめ…)


自分がいない間とはいえまさか並盛の人間をCEDEFに呼ぶなんて。
その昔、任務で並盛に潜入した際に、並盛から離れたくなかった美冬は、イタリアに帰ってきたあと大層落ち込んだ。その後も色々あって並盛に行く機会はあったが、悉く別の仕事を入れて、その機会を自ら潰してきたほどに。

一歩でも並盛に足を踏み入れたら、再びイタリアに帰りたくなくなってしまうのが、自分でもわかるからだ。

10代目である綱吉はおろか、綱吉周りの関係者にも絶対に顔を合わさないように立ち回ってきた。バジルはそれを考慮して彼女がいない隙に山本を呼んだのだろうが、あまり快くはない。




そして、山本武。

「……」

本日は4月24日。
それが、山本武の誕生日だということは美冬も覚えていた。


山本武は美冬が並盛に潜入した1年半の間に、随分と距離を縮めた男だった。
図書室の窓から野球部の練習を見下ろしていると、目ざとくこちらの気配を察知して見上げてきた彼。並盛神社の夏祭りでは、縁日で燕のキーホルダーをとってもらった。その燕は、未だに美冬の鞄で揺れている。

最後、美冬が並盛から撤収する前に、……なんか色々なことがあったが………


「……………」


当時のことを思い出した美冬は、手に取っていた卵のパックをぐしゃりと握りつぶした。


その顔は、赤い。



「……」



ふと、美冬は山本の誕生日に図書室で揺り起こされたことを思い出した。両手に大量のプレゼントを抱えた彼に、美冬はあの時なにもプレゼントをしなかった。


「プレゼント……」


美冬は、はたと冷蔵庫の中を見る。
美味しそうなイチゴと、高級生クリームの未開封パックがある。




(そう、これは昔誕生日プレゼントあげられなかったから、その代わりよ、代わり!!)



美冬は知らなかった。
彼女が図書室で寝入ってしまった、あの春の夜に何が起こったのかを。
そして、山本武が未だにそれをオカズにしつづけていることなど、全く知らなかった。










マーモンとの交渉が決裂しかけて、話し合いは結局4時間近くかかってしまった。
やや疲労しながらラル・ミルチが食堂に足を運ぶと、美冬がそれぞれ紙袋を3つセッティングして待ち構えていた。

まず1つ目。

「これ、バジルにあげてください」
「デカいな」
「これくらいぺろっと食べますからね彼」

あまりに大きな包みにラルが呆れたような表情を見せた。
美冬は苦笑しながら、バジルのために作ったお菓子をラルに渡した。


そして2つ目。

「それから、これはラルの分です」
「?」
「お家帰ったら冷凍して、困った時の夜食にでもしてください」
「!助かる」

それは、タッパーウェアに入ったラルの好きなビーフシチューだった。
任務で帰りが遅くなると、必然的にCEDEFの食堂は閉まっている。
ラルはそんな折、よく美冬の部屋に行って残り物を少し貰っていたのだが、ビーフシチューは特に彼女のお気に入りだ。表情には出さず、だがラルの目が少し大きくなったのを見逃さなかった美冬は、彼女が喜んでいることを察して微笑んだ。



そして。

「あと、……これ」

取り出されたのは、これまでで一番小さな包み。
中には「剣帝への道」とでかでかと書かれたDVDと、小さな箱がひとつ。
ラルが中身は何かと顔を上げると、美冬はなんともいえない表情をしていた。


「…どうした?」
「これは山本君に渡してください。でも、私からって絶対言わないでくださいね!!!」


思わずラルが聞くと、頬と耳を染めながら、何故か不機嫌そうに彼女は言った。幼い頃から抜けないその癖は、おそらく美冬が照れていることを示している。


(何故照れる?)


ラルは山本と美冬の間に起ったことなど知らない。
だが、美冬はまんざらでもない何らかの気持ちを、その箱の中に詰めたのだろうな、と推測した。


ラルだってそれくらいわかる。
むしろ、ありありとその感覚がわかる。


「いいだろう」


ふ、とラルが笑うと、ほっとしたように美冬は胸を撫で下ろした。
3つの大小さまざまな紙袋を持ったラル・ミルチは、去り際に美冬に言った。



「…なんだかしらんが、素直が一番だぜ。先輩からの警告だ」



にやり、とそう言って笑うと、美冬の顔がさっと再び赤くなる。
それを見て笑ったラルは二度と振り返ることなく、ヴァリアーの屋敷を去っていった。
美冬はその背中を見送ったあとに、呟いた。



「……先輩って、何の先輩?」



その呟きに答えが出るのは、さらにさらに数年後のことである。












ラル・ミルチは見逃さなかった。
食堂の端にあるゴミ箱に、何枚も捨てられていたメッセージカードを。
そこには、日本語やらイタリア語やらで様々つづられたメッセージが書かれていた。

会議が長引いてしまったがゆえに、時間が余ってしまった彼女は、メッセージカードにああでもないこうでもないと、悩みながら何かを書き連ねようとしたのかもしれない。


アイツは何を山本武に伝えたいのか。


それを聞くほど野暮ではないが、ラル・ミルチは思う。


伝えられるうちに、伝えたほうがいい。
永遠に伝えられなくなることなんて、この世の中ではざらにある。

自分が昔、そうなりかけてしまったように。



「ま、今回はビーフシチューの借りってことで、何も言わないでおいてやるけどな」



お節介を焼いてやるのは、また今度で良い。
っていうか、そんなことしたらバジルが死ぬな。
アイツは確か、美冬を好きだったはずだ。


美冬も随分罪な女だな、なんて呑気なことを考えながら、ラル・ミルチはCEDEFへの帰路につくのだった。


それが本当に、山本武を普通に喜ばせ、バジルを戦慄させることになろうとは思いもせずに。







それは、彼と彼女が出会って別れ、再び会うまでの、隙間のお話。





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