レディグレイはきみのため(中)


午後の執務室に、白く澄んだ冬の光が差し込んできた。
光は明るく室内を照らすも、美冬のもとには届かない。
何せ、彼女のデスクの前には分厚い資料の山が積まれていた。

今日はこの資料の中から、CEDEFに敵対する地主の弱みを見つけ出すのが彼女の仕事である。齢9歳とはいえ、彼女はれっきとしたCEDEFの事務員である。バジルに「仕事の鬼」と呼ばれる彼女は、小さな文字が並んだ資料にすらすらと目を通し、めぼしい情報には付箋をつけていった。


だが、その作業の合間に、ちいさくちいさく吐かれる、ため息。


彼女の向かいで別の作業をしていたオレガノは、それを見逃さなかった。




「また”あの人”からケーキでも貰ったの?」

その瞬間、美冬の手が止まった。

「…なんでわかるんですか」
「美冬は、美冬が思っている以上に、わかりやすいのよ」

くすりと笑ったオレガノは、少し腕を伸ばしてつん、と美冬の額をつついた。
美冬にとって姉のような存在のオレガノは、家光と同じく彼女のことをよく解っている。オレガノの冷静な観察眼は、時に美冬自身も気が付かない、彼女の気持ちを見抜いてはずばりと斬りつけてくる。


「…あの人、いつも何かをくれるんですけれど、私はあの人に何も返せない」
「そうなの?」
「買い物に行くおカネも時間もないし、そもそもあんな素敵な人に何をあげたら喜ぶのか、わからないです」


美冬はそう言って書類に視線を落とす。
室内に走るしばしの沈黙に、「当たり前でしょう」とオレガノは唇を尖らせた。


「美冬は彼じゃないんだから、彼が何を貰ったら嬉しいかなんて正解がわかるわけないでしょう。プレゼントってのはね、そういうもんよ。贈る人が、相手に何をあげたら喜んでくれるかなぁって考えるもんなの。正解とかそういうもんじゃないのよ」
「え、」


オレガノの語気が、強い。
は、と美冬が気が付くも、時すでに遅し。
オレガノは、美冬にずびしとペンを突き付けた。


「大体、あのキャバッローネの若きボスだってそうよ!美冬が何を貰ったら喜ぶかなぁって考えて、手を替え品を替えあの手この手でやってきてるの。わかる?」
「は、はい」


指先でコンコンと机をたたきながら自論を展開するオレガノの目は据わっている。
これはもはやお説教モードといっても過言ではない。美冬は彼女に圧倒されるより他なかった。


「答えは自分で探すものよ。あと、お金と時間がないなら工夫なさい。プレゼントはハートよハート!!考えてごらんなさい。バジルだってよく修行先から野の花摘んで帰ってくるでしょ?あれだって貴女に宛てた一種のプレゼントよ。」
「!…なるほど」


そういえば、バジルもよくよく修行帰りに「素敵な花を見つけたので」と言って美冬のデスクに野の花を飾ってくれていた。
歳もそう変わらない彼は、CEDEFの外に出る時間さえない彼女にいつも心を痛めていた。だからこそ、外で摘んできた花を持ってきては、彼女のデスクに生けてくれるのだ。
タンポポにシロツメクサ、それらはなんでもない花だけれど、常にパソコンや書類に埋もれ、事務作業に忙殺される美冬の慰めになっていたことには、違いない。

キーワードは『プレゼントはハート』。


「私が出来ること、なにかなぁ」


そう呟いた美冬は再び書類に目を通し始めた。
その橙色の瞳は、書類を読み込みつつも何やら考えている様子で、オレガノはおっと目を見張った。どうやら説教の甲斐があったらしく、美冬はピンと来たらしい。


「貴女ってホント、手が焼けるわねえ」


そうしてまたオレガノも、自身の作業に戻っていった。











2月4日。
それはキャバッローネファミリーのボス・ディーノのお誕生日である。
本日の彼は大変ご多忙だった。

夜にはキャバッローネファミリーはおろか、シマの住民総出でディーノの誕生日を祝うべく盛大なパーティーが催される予定である。その為、必要な仕事は全て午前中で終える必要があり、書類の決裁、他ファミリーとの会談、そして戦闘・制圧を分刻みのスケジュールでこなしていた。


「さ、さすがに仕事詰めすぎじゃねぇか…?」
「みんながボスの誕生日を祝いたいが故だ。頑張れボス」


先日キャバッローネのシマを荒らした敵対ファミリーの掃討を30分ほどで終わらせたディーノは、後処理を部下たちに頼んで黒塗りの車に乗り込んだ。疲労のあまり、車中で文句を垂れれば、本日の予定を組んだ秘書兼運転手のロマーリオはからりと笑って切り返す。


「まぁ機嫌を直せ。次はボスのお気に入りの“お嬢”の処だぜ」
「マジか!」
「さあ、今日のドルチェはどうする?この近くだと最近フランスからやって来たっていう、エクレアの美味い店があるらしいが」
「じゃあそこだ!店のエクレアを全種買い占めるぞ!」


疲労が吹っ飛んだディーノは、持ち前の明るい笑みを浮かべて意気揚々とロマーリオに指示を出した。その現金な様子に苦笑しつつ、「あいよ」と返事をしたロマーリオは、ハンドルを切った。





同盟ファミリーであるボンゴレの諮問機関であるCEDEFは、キャバッローネにとっては情報収集の際に欠かせないところのひとつである。ボンゴレ本体の危機を察知して未然に防ぐ機能も備えるCEDEFは、ボンゴレ本体も知りえない秘密裏の情報を持っていることが多々あり、さらに場合によっては情報を売ってくれる、キャバッローネにとっては有用な場所であった。勿論、キャバッローネも、CEDEFに協力を求められれば、大体のことは惜しまずに協力するなど、友好かつ建設的な関係を築いている。

ディーノがキャバッローネのボスとして就任後、ボンゴレ本体に赴いた際に偶然出会ったのが美冬だった。ディーノが笑いかけても、ふいと視線を逸らす、「懐かない猫」というのが第1印象である。

だが、幼い見た目ながら彼女はCEDEFでは優秀な事務員のようで、CEDEFではいつもパソコンや書類の前で格闘しているのをディーノはこっそりと見ていた。恐ろしく早いキー捌きに、ぱっと見ても全く分からない関数の羅列をすぐに解いていくさまは、「キャバッローネにも一人欲しいほどだ」とロマーリオを唸らせた。


(……笑ったら可愛いんだろうに)


ロマーリオが唸る横で、ディーノはそうしみじみと思った。
いくら事務のプロとはいえ、聞けばまだ年は9歳。
草むらの中を飛んで跳ねて、友達と笑っていて良いお年頃である。
彼女も理由があって、このマフィアという後ろ暗い世界を生きているのだろうが、それでも彼女は、あまりにも大人びていた。



そんなディーノが始めたのが、このプレゼント作戦である。
子どもは子どもらしく、ちょっとは笑ったらいい。
あの夕日のような美しい橙色の瞳が細められたら、どんなに可愛らしいだろう。
そうして、ある日はケーキを、またある日は可愛らしい洋服を、そしてまたある日はイヤリングを贈っていた。

結果は、惨敗だが。









店に着くなり、ディーノはロマーリオの制止も聞かずに車を降りて、店に駆け込んだ。あまりの勢いに女性店員が驚いて腰を抜かしていると、ディーノはこう言った。


「そこの美しいお姉さん、このショーケースのエクレア端から端まで箱に詰めてくれ!」
「!?」


美しい金糸の髪に、誰よりも美しい相貌を持つ少年。
そんな王子様のような少年が突然現れ、まるで太陽のように明るい笑顔を向ければ、ショーケース前にいた女性店員は思わず腑抜けになって「ありがとうございますぅ…」ととろけるしかなかった。



然程時間もかからずに車に戻ってきたディーノの手には、エクレアの入った大きな箱。周りのことも顧みず車を飛び出していった彼に「襲撃の可能性も考えろ」とロマーリオは苦言を呈するも、意気揚々とするディーノはどこ吹く風だった。


「お嬢のことになるとこれだよ」
「いいから行こうぜ!美冬よろこんでくれるかな〜」



またしても大荷物となったプレゼント。
今日もまた、美冬は顔を曇らせてしまうのだろうか。
でも、もしエクレアが彼女の大好物だったとしたら、さすがの美冬もにっこり笑ってくれるかもしれない。



期待を胸に、ディーノはCEDEF本部へと向かう。






つづく!
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