レディグレイはきみのため(前)


ある晴れた、冬の日。
CEDEFにて。


「美冬〜!久しぶりだな!元気だったか?ほら、これお土産だ」
「先週もこちらにいらっしゃってましたよね?毎度お気持ちは嬉しいのですが結構です」
「そんなこと言うなって!ほら、見てみろって!」

それは月に1〜2度は行われる、やり取りである。

透きとおった冬の光に淡く光る金髪を持つ少年と、まだ年端も行かぬ少女。大人びた物言いをする少女の瞳は、世にも珍しい橙色の澄んだ色。

少年はケーキの箱を渡そうとしてはすっぱり断られ、だがめげることなく彼女の目の前でケーキの箱を開いた。
すると、箱から漂う香しいかおりに、少女の視線が思わず箱の中に注がれる。その中には、まるで宝石のような艶のあるフルーツが飾られた、見目麗しいケーキがあった。


「……」
「ほら、美味そうだろ?」
「………」
「俺はお前と一緒に食べたくて買ってきたんだ。お前が食ってくれなきゃ悲しいぜ」


常々人を魅了する美貌を持つ少年は、その魅力を存分に生かして少女に笑いかけた。くしゃり、と笑うも、その瞳の中には幾ばくかの哀しみを秘めていた。

対して、少女はその感情を悟れるほどには聡かった。少年が100%善意で彼女に喋りかけてくれていることを、少女は感じ取った。今ここで食べないのは彼の好意を無駄にしてしまうことになる。


思わず、ぐ、と詰まった彼女に、彼は言った。


「じゃあ、俺はこのいちごのケーキを貰うぜ。美冬、おまえはどれがいい?」


その問いは、これ以上彼女が拒否できない状況を作った。


「……その、リンゴのに、します」
「そっか!だよな!」


にぱぁ!と笑う少年――キャバッローネファミリーの若きボス・ディーノは嬉しそうに言った。

対して、苦い顔をした少女――幼いながらにCEDEFの経理を担う美冬は、ためいきをついた。


「お前らいっつもいっつも同じことやって飽きねぇなあ」
「ホントだぜ。ボスもお嬢もまるで毎回寸分たがわず同じやり取りするから驚きだ」
「美冬が遠慮するからだって」
「……」


そこはCEDEF代表・沢田家光の執務室である。
部屋の中央に坐する円卓には、ディーノ、ロマーリオ、美冬、そして家光が座っていた。

このやり取りが、キャバッローネファミリーがCEDEFにやってきた際の、恒例行事となり早1年。

毎度見られる光景に、家光とロマーリオは呆れ半分で笑っていた。
ディーノはどこか幼さの残る顔でむぅ、と頬を膨らませ、美冬はといえば居心地悪そうに下を向いてしまう。



(…私には返せるものが、ない)



リンゴのタルトをフォークで小さく切って、口に運んだ。甘くてちょっと渋い、大人の味が舌の上に広がった。

例えば、沢田家光に拾ってもらった恩は、経理の仕事で期待に応えることで、ある程度は返していると思ってる。

けれど、目の前の(何故か兄貴面した)美青年には、何も返すことが出来ない。

衣食住など彼女が生きるために必要な経費は、全てCEDEFが賄っている。そして彼女は仕事が忙しいのでCEDEFの外に出る余裕もない。
彼女には彼女自身が自由にする金はない(と思っている)し、時間もない。


キャバッローネファミリーのボスである彼は、仕事でCEDEFにやってくる度に、こうして美冬にお土産を持ってきてくれるが、美冬はけっして彼に何かを返すことは出来ない。
ただ享受されることしかできないこの時間は、彼女にとってはなんとも苦痛であった。


フォークを口にくわえ、暫く黙り込んでいると、視界に美しい金糸が入り込んでくる。


「ん?どうした?リンゴのやつ、美味しくなかったか?」
「ち、違います」


眉をへの字に曲げて悲しそうにこちらを見てくる隣の人は、「よし、俺のと交換しよう」といちごのケーキとリンゴのタルトを皿ごと交換した。


「あっ」
「いいっていいって。美冬はいちごの方が好きなんじゃないのか?」
「えっ」


ディーノの言ったことは真実である。
美冬はりんごよりもいちごが好きである。
そうして、目の前にやってきたのは口のつけられていないいちごのケーキ。対してディーノの前には、美冬がひとくちだけ口をつけたリンゴのタルト。

美冬が慌てているのを余所に、ディーノは行儀悪くも手でタルトを持ち、頬張った。さくり、という音と共に、生地のバターの香りが美冬の鼻腔をかすめる。


「あの、えっと」
「美冬もほら、いちごの食ってみろって。きっと美味いぞ」


まるで太陽のように温かな笑みを向けられてしまい、美冬はしょんぼりしながらいちごのケーキに口をつけた。



いちごは甘くて、とっても酸っぱかった。













ケーキを食べた美冬は、早々に経理室に引っ込んでしまった。幼いながらに仕事は山積みだそうで、今日もこのあと敵対する地主から土地を買い占めるための資料集めを行うとかなんとか。

美冬が去った部屋で、男3人はのんびりとコーヒーを啜っていた。


「あー美冬はいつになったら俺に懐いてくれるんだ…」


はぁ、とディーノはため息を吐いた。
見かけるたびに贈り物作戦を実行するも、彼女は頑なに拒否をする。最近は先手を取ることで強引に同席させることに成功しているが、幸先はどうも芳しくない。

すると、彼女の保護者兼上司である沢田家光はニヤリとしながらコーヒーカップを煽った。

「美冬は妙なところ真面目だからなぁ。お前さんに無償で優しくされるのに抵抗があるんだろ」
「なんでだよ」
「アイツのことだから”返すものがない”とかで悩んでたりしてそうだが」

流石に保護者なだけあって、家光は彼女のことをよくわかっていた。すると、ディーノは「はぁぁぁ?!」と大声を出してコーヒーカップをだん!とテーブルに置いた。

ディーノは別に何かを返してもらおうと思っているわけではない。ただただ純粋に、懐かない猫が可愛くて構っているようなものだった。

しかし、塩対応の裏にそんな幼い想いなど抱かれているようものならば。


「可 愛 す ぎ か よ ……!!!!」


ディーノは天を仰いだ。
そうして両手でその美しい顔を覆い、身悶えする。
成人男性二人は顔を見合わせた。


「…何も起こらないように手配するから安心してくれ」
「うちの美冬ちゃんに手ぇ出すようならキャバッローネだろうと容赦なく潰すぜ」


2人の顔は真顔だった。





つづく!
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