33-5

その日、フゥ太はイーピンと共に、沢田家から脱走したランボを探して並盛町を探し回っていた。

黒曜との戦いで大怪我を負った沢田綱吉は、現在並盛病院に入院中である。
命の取り合いという熾烈な戦いがあったことなど露も知らないランボは、フゥ太に「ツナどこいった?」と聞いてみるものの、フゥ太の反応は芳しくなかった。故にランボにとっては沢田綱吉の長期不在は理解できない不可思議な事象となってしまった。
ランボはその日、綱吉の母であるママンこと沢田奈々に、綱吉の居場所を尋ねた。すると、奈々はこう答えたのである。

『ツナはね、今病院にいるのよ』
『びょーいん?ツナびょーいんにいるの?』
『そうなのよ』

母親である奈々から見れば、今の綱吉は見るのも辛い、痛々しい怪我を負っている。そんな息子の姿を、ランボやイーピンが見たら、よりショックを受けるかもしれない。そのため奈々は、ランボやイーピンを病院に連れて行くことはしていなかった。
ソファに腰かけ、ゆったりと膝の上に抱き上げたランボを宥めながら、奈々は優しくランボに説明した。

『びょーいん』
『そうなの、だから…』
『びょーいんでかくれんぼなんて、ツナのくせにやるじゃねーのー』
『え、ランボちゃん?』
『ランボさんが見つけちゃるもんねー!!』

今の説明からどうしてかくれんぼに至るのかは謎だが、何か納得したらしいランボは、奈々の膝の上からぴょんと飛び降りる。そうして、ランボは沢田家から脱走したのであった。

『あらまあ大変』
『どうしたのママン』
『ランボちゃんがツナのいる病院に一人で行っちゃったわ。…たぶん。』
『えええ!?』

緊迫感のない奈々の様子から、ついのんびり構えてしまうが、幼児が家から脱走するのは一大事である。たまたまリビングを通りかかって事情を把握したフゥ太とイーピンは『僕等が連れ戻してくるよ』と慌ててランボを追いかけて沢田家を飛び出した。

『ランボが並盛病院の位置がわかるとは思えないな…』
『◎☆▲□』

イーピンもうんうんと首肯する。
とりあえず、ランボが行きそうなところを虱潰しに探すことにした二人は、いつも買い物に行く商店街や、ランボお気に入りの遊具がある公園などへ足を運んだ。






そうして二人が最後に辿り着いたのが、並盛公園の並木道だ。
並木道の終点には並盛病院がそびえ立つ。その手前、ランボは一人ベンチに座って、もじゃもじゃヘアーの中に手を突っ込んでいるところであった。

「×☆!」
「見つけた!ランボ!」

フゥ太は慌ててランボに駆け寄った。「勝手に家出て行ったらママン心配するよ」と声をかければ、ランボは頭のもじゃもじゃから手榴弾や10年バズーカを次々と取り出していく。武装整理といったところだろうか。

「ランボさん今からかくれんぼしてるツナを襲撃に行く」
「えええ…何言ってるのランボ。ほら、危ないからしまって。」
「だって、ツナいないとつまんないもんね」
「ツナ兄は今大怪我してるから、ランボの相手はできないよ。」
「そんなの……そんなのオレっちに関係ないもん!!」

そこでフゥ太は気がついた。ランボの目がどことなく腫れていることに。
もしかしたら、もしかしなくても、ランボは綱吉の不在が寂しかったのかもしれない。

………だが、それはそれ、これはこれである。

「ランボ、ツナ兄にはまだしばらく会えないよ。怪我が治ってないんだ。」
「しらーん!ツナは病院でかくれんぼしてるってママン言ってたもんねー!」
「$▲#*◎●!!」
「ママンはそんなこと言ってないよ!ほら、おうちに帰ろうランボ。」

帰るように促すフゥ太とイーピンは、ベンチに座るランボの手をとろうとした。が、ランボは取り出していた10年バズーカを手に取り、二人から差し出された手を撥ね退け、ぴょんとベンチから飛び降りた。

「やだもんねー!!ツナに会いに行くもん!!フゥ太のけーち!!イーピンのバーカ!!」
「え、ちょっと」
「ランボさん知らないもんね〜!!!うわぁぁぁぁん!!!」
「×○▽◎☆▲!!」

やがて泣き出したランボは10年バズーカを高らかに掲げ、その引き金を思いっきり引いた。




ぼふん!!!




「……ぐぴ?」
「ラ、ランボ!!」


発射の際の爆音はしたが、ランボは現在の姿のままである。止めようとしたフゥ太とイーピンも、そして泣いていたランボ自身も目を丸くして固まった。

「ああっ、逆さになってる…!」

いち早く気付いたのはフゥ太だった。見事にバズーカは後ろ前逆になっていて、本来であれば被弾するはずのランボの側に口があるはずが、口は並盛公園の先へと向かっていた。フゥ太とイーピンが真っ青になって、弾丸が飛んで行った先を凝視する。
遠くにいる何者かに被弾したのだろう、もうもうと煙があたりに立ち込めていた。

「イーピン、ランボをお願い!」
「◎▲!」

フゥ太は煙の元へ駆けた。自分が駆け付けたとて、出来ることは数少ない。だが、いないよりはマシであろう。10年後からやって来た人物に問題なく帰ってもらうために、少しの間時間稼ぎが必要だ。残念ながらここには綱吉や獄寺、山本などの大人はいないのだ。自分がどうにかしなければいけない。

靄が晴れ、現れたのは女性だった。
衝撃で地面に尻もちをついている彼女は、白いブラウス、長いスカートに、赤ペンを手にしていた。それはまるで、家庭教師のような出で立ち。

「…え!」

フゥ太は、彼女の瞳に見覚えがあった。それは一度見たら忘れられない、透明な橙。
つい先日、黒曜で出会ったばかりのあの人と、全く同じ色をしていた。

「あ…あの…」
「フゥ太が小さい…。ということは、ここは並盛。」

何も言えずにいるフゥ太を余所に、橙色の瞳はきょろきょろと周囲を見まわした。

「ランボくんもイーピンさんも小さい。そういえば確かに並盛にいる間に2回ほど10年バズーカを被弾したことありましたが…それが今、という訳か。」

一人でぶつぶつと呟きながら状況を把握していく姿は、フゥ太が黒曜の牢で出会った美冬そのものであった。


「あの…あなたは、美冬さん、ですか」
「そうです。お久しぶりですね、小さいフゥ太。」


彼女は立ち上がると、遠目に泣き止まぬ子どもの姿を見つけて、そちらに歩み寄った。

「ランボくん、また何かやらかしたんですか?」

彼女はひょいと小さな牛柄の体を抱き上げる。抱き上げられたランボはといえば、すっかり涙が止まり、むしろ「ち…ちがわい!」と唇を尖らせた。しかし、どこか心地が良いのか、美冬の胸元にすりすりと擦り寄りながら身体を預けた。

「おや…ランボ君は今も昔も甘えん坊ですね」
「ランボさん甘えん坊じゃないやい!」
「そうですか。じゃあ甘えん牛(ぎゅう)にしておきましょう」
「ならいい」
「いいの?!」

ランボと美冬の間で淡々と進む謎の会話を、イーピンは不思議そうに、そしてフゥ太は何とも言えない表情で見上げた。残念ながら現場にツッコミ不在の為、最後はフゥ太がツッコむ羽目になったが。



10年後の美冬は、10年バズーカで過去に戻ってしまったにも関わらず、冷静だった。先日フゥ太が黒曜で出会った時のような溌溂さはもうなかったが、元から持ち合わせていたであろう怜悧さに10年の月日が重なって、立派な大人の女性に見える。

美冬を見ていると、どことなく胸が痛む。
フゥ太は、ぎゅ、と拳を握り込んで、胸にあてた――その時である。
夕焼けのような橙色の瞳はくるりとフゥ太を見下ろして、こう言った。


「フゥ太も、今も昔も大変ですね」
「…え」


美冬は、静かに口元をほころばせて、そう宣ったのである。



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