33-4

どれだけ待っても10年バズーカの効力が途切れる気配はなかった。
すっかり冷めた、もしくは空になったホットミルクに気づいたフゥ太は「新しいのを入れてこようかな」と席を立った。
その結果、図書室に取り残された美冬とランボはノートと教科書を挟んで二人きりになってしまった。部屋には相変わらずチェンバロの艶のある音が響いている。早速ランボは因数分解で躓き、美冬から丁寧な説明を受ける羽目になった。

「いかがでしょうか。今の説明でわかりました?」
「解りましたけど…はぁ。せっかく二人きりになれたというのにつれないお方だ。」

一つため息を吐いたランボは、椅子の背もたれにぐっと背中を押し付けてやる気のなさをアピールしている。

「数学なんかできたところで将来の何の役にも立たない」
「ランボ君が経済マフィアと相対した時には役立ちますよ」
「そういうのと戦うのは昔から美冬さんの役目でしょ…」
「私はあくまでボンゴレ所属ですから、ボヴィーノはボヴィーノでやってください」
「ちぇ…」
「ほらほら、次の問題進んでください」

因数分解千本ノック…とまではいかずとも、粘り強く問題を解き重ねていく。そのうち似たような問題を何問も解いていけば、法則性がわかってくる。ランボは未だぶつぶつと文句を垂れてはいたが、少しずつ正解を重ねていくようになってきた。

「貴女とボンゴレ、血がつながってるのにどうしてこうも違うんだろう。不思議だよ」
「…それ、綱吉君のこと言ってます?」
「そうですよ。ボンゴレなんて俺より成績ひどかったはず。0点のテストを毎度机の中に隠すの、見てましたからね」
「私はたぶん、研究者の…父方の血の方が濃いんですよ。母に似ていたら頭の中もっとお花畑だった気がします」
「それはそれで見てみたいな」

くすくすと笑うランボに、美冬は何を話しているんだか、と自省の念を込めて「話してないで、ほら次の問題」と指示を出す。

だが、ノートを走っていたはずのシャーペンの音が止んだ。

ノートを見ていたはずのランボの視線が、美冬に注がれる。

「美冬さんはさ」
「はい?」
「ボンゴレファミリー、好き?」

そんなの、美冬にとっては考えてみたことのない質問であった。

「…10年後には知れてるみたいだから言いますが、実家兼職場なので、正直好きも嫌いもないです。」
「ふーん」
「これもご存じだと思いますけど、他に行くとこもありませんし」
「…そうだね」

彼女の家も、家族も、もういない。
CEDEF、ひいてはボンゴレファミリーは、彼女にとっては大分昔から実家感覚で所属していた。

「ランボくんは、ボヴィーノファミリーは好きですか?」
「うん、好きだよ。美味しいものもいっぱい食べれるし、皆優しくしてくれるし。美人のお姉さんもいっぱいいるし…」
「甘やかされてますねえ」
「そうだよ、ボンゴレとは違う。みんなオレのこと好きでいてくれる。ボンゴレに行ったらこうはいかないんだ。年上の皆はめちゃくちゃだしおっかないし…まあでも、だからって、ボンゴレが嫌いとかじゃなくて」

年上の皆、とはおそらく綱吉達のことを指しているのであろう。
この時代、どうやらランボは学校に行きながらボヴィーノとボンゴレを行き来しているらしい。考えただけでも忙しそうな中学校生活である。10年経て身に着けた色気を上手に扱って、良い思いもしているのであろう。一丁前に彼の指にはきらりと光る指輪があった。縁どられた装飾が美しい、大きな指輪。

美冬がランボの指輪を見ていることに気づいたのか、ランボは「ああ、これね」とどこか照れ臭そうに笑った。

「これは大事な貰いものなんだ」
「見るからに大層な形してますもん…ね…?」
「…どうしたんですか」
「いや、どこかで見たことがあるような気がして…」

美冬はどこかで、これと同じものを見たことがあった。それはCEDEFの、沢田家光の部屋であったような、気がする。これの他にも、何個も似たような指輪が並んでいたような…
昔の出来事過ぎて記憶が霞んでしまっているが、間違いなくこれと同じものだった。

「ねえ、美冬さん」

向かいの席にいたランボの手がするりと伸びてくる。
それはテーブルの上に乗っかっていた美冬の手に触れてきた。驚いた美冬が動けないでいると、美冬の手の甲をまるで舐めるかのように撫で上げた。指輪をしたところだけはごつごつして冷たいが、彼の手そのものは温かである。


「この世界のこと、嫌いにならないでよ」
「……は、ぇ?」
「おれも、ボンゴレも、みんなも、美冬さんのこと、絶対守るから」


彼の長い指が、名残惜しそうに美冬の手の甲でつややかに踊る。
突然の言葉に美冬が呆気に取られて思わずランボの相貌を捉えると、ランボの頬が少し赤く染まっていた。指輪がきらりと光を放って、ランボの顔をどことなく明るく照らす。


「俺はまだ皆に比べて全然頼りないかもしれませんけれど、ちゃんと貴方を守るから。」
「え?へ?」


まるで告白のようだ。情熱的な言葉の羅列に頬を染める男。
熱に浮かされたように一人で喋り続けるランボに、美冬はぽかんと口を開けてその睦言を聞いていることしか出来なかった。
何も言えないでいる美冬を余所に、ランボは美冬の手の甲に仰々しく口づけて、彼女を見つめた。ふわふわの黒髪が美冬の腕をくすぐっていく。


「あの、ランボく…」
「絶対選んで、俺のこと。絶対、忘れないで。」





ばふん!!!!!








かくして、遂に彼女の念願は叶い、10年バズーカの効力が切れた。
視界は煙で覆われ、身体は引きずられるように後退していく。遠くなる視界と意識の中で、美冬には、手の甲に残った温もりだけが残されていた。







現代に戻った美冬は、強かにお尻を強打した。
勿論空はすっかり暮れなずみ、随分と時間が経ってしまったことが伺えた。それでも、1日や1週間戻れないよりよっぽどマシである。

「やれやれ…。さて、ここはどこでしょうね」

彼女が10年バズーカに被弾したのは並盛公園だったが、ここは全く別地点である。
強いていうならば、沢田家の近く、といったところであろうか。入れ替わった10年後の自分は、どうやら懐かしの並盛町をうろうろ歩き回ったようである。

「10年後の私、か。」

フゥ太やランボが与えてくれたヒントから推察するに、10年後の彼女はイタリアに戻り、ボヴィーノとボンゴレを行き来しながら生活を送っているようだ。家光やディーノじゃあるまいし、一度イタリアに戻ってしまえば日本に来る機会もそうないことは推察できる。

「懐かしかったのかしらね、私も」

それならば多少並盛町をうろついても許してやろうじゃないか。
だがしかし、それはこの並盛生活にもやがて終焉が訪れることを意味していた。



(この生活は、任務の一環。)

この町に生活する沢田綱吉を観察しながら、こき使われたり、巻き込まれてしまったり、忙しい毎日だけれども、それもじきに終わるのだ。

時は止まらない。1秒ごとに、未来はやってくる。

もしかしたら終焉は明日にもやってくるのかもしれない。

美冬は、なんとなしにそんなことを思いながら、手の甲をそろりと撫でた。




『絶対選んで、俺のこと。絶対、忘れないで。』




最後のランボの言葉に、引っ掛かりを感じながら―――




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