32-2

「おーオヤジ、迎えありがと」
「!」

本日晴れて、山本武は沢田綱吉や獄寺隼人より一足早く退院するはこびとなった。
ビアンキや雲雀恭弥のように重傷のメンバーは個室に入っているため、挨拶をすることはかなわない。だが、入院中ずっと一緒だった同室の沢田と獄寺には「じゃあ先に行くな」と伝えると、沢田綱吉はまた学校でね、と手を振ってくれた。獄寺は面倒なのか、寝たふりをしていた。(それがフリであることはすぐにわかった。)

相部屋をでてフロアの角を曲がると、父親の姿があった。病院の備え付けの椅子に座って看護師とプリントを片手に何やら話をしている。急いで出てきたのであろう、仕事着のままの父親に山本は声をかける。すると、彼はすっかり健康になった息子の姿を見て、それはそれは嬉しそうな表情を浮かべた。

「武!体はもう大丈夫なのか?」
「おう、ぴんぴんしてる。つーか、皆に比べればたいした傷もないし。」
「そうか」

黒曜への潜入後、山本はかなり早い段階でリタイアしてしまった。だからこそ彼の傷は浅く済んだが、最後まで戦い抜いた面々が負った傷は深いものばかりであった。

沢田綱吉は「山本が無事でよかったよ」とか「大した怪我がない方が絶対いいって!」と言ってはくれる。だが、山本自身は最後まで一緒に戦えなかったことについて、己の力不足を感じていた。

「友達、心配だな」
「…ん」

では私はこれで、と看護師が足早に去って行く。山本が父の手に残されたプリントをちらりと見れば、「退院後の諸注意」というタイトルの下に、文字がびっしりと書き込まれていた。

「退院おめでとうな、武。」
「へへ、あんがと。」







病院の会計は既に済んだという。
二人は両手に入院セットの荷物を持って、病院をあとにした。

「いい天気だなー」
「だな」

黒曜で戦った日に感じたむしむしとした湿気は消え、からりとした風が頬を撫でた。
病院の前にある並木道を、親子二人で歩きながら、山本は季節が一つ進んだことを実感した。さわさわと木々の葉擦れが心地よい木陰を歩きながら、山本は入院中の話をした。

獄寺が病室から脱走して、ベッドに磔にされたこと。
病院食のピーマンを残しては怒られていた沢田。
3日に1回、暇を持て余した雲雀恭弥が足を引きずりながら病室を強襲してきたこと。などなど。

父親はそれらに大げさに笑い、喜び、話を聞いてくれる。


(……うーん?)

元々、彼の父親は、山本に対してそこそこ過保護な面を持っていた。ケンカで怪我をしたことなど知られたら、こっぴどく叱られるに違いない――そう山本は思っていた。病院に運ばれ、目が覚め、状況を把握した山本は、父親から落とされるであろう雷のことを思い、思わず身震いがしたくらいだ。

だが、いざ父親が病院に駆けつけてくると、雷が落ちることはなかった。なんなら太巻きの入ったお重を渡されて「お友達と食べな」と言われて拍子抜けしたくらいだ。



なんだか妙である。

まるで、父親は、



すると、前を行く父親はぴたりと足を止めた。山本が「どした?オヤジ」と声をかけると、父親は先にいる誰かにひらりと手を振った。訝しげに思った山本が父親の視線の先を辿っていくと、そこには。

「…?…えっ!!」

並木道の端にあるベンチにちょこんと座っていた少女が、父親に手を振り返したあと、立ち上がった。
こちらに向かって小走りに駆けてくる彼女の髪が柔らかく揺れる。それが誰なのか分かった瞬間、山本がこれまで感じていた違和感や思考は全て吹っ飛び、彼は目の前の少女に意識が全て持っていかれてしまった。

「…ぅえ、なんで!?」
「さっきちょうどそこで会ったんだよ。な?」
「はい。今日山本君が退院するとお伺いしたので、せっかくだから顔を見に来ました。」

父親のわざとらしいウインクに、少女はこくりと頷いた。まるで示し合わせたかのように息の合った二人(実際、示し合わせている)に、山本が目を白黒させていると、彼女は山本にぺこりとお辞儀した。

「退院、おめでとうございます」
「あ、ありがとうござい……マス……?」

突然の状況に気持ちが色々と追い付かない。
だが、目の前にいるのは間違いなく山本の想い人である柊美冬その人だ。その証拠に、さらりと揺れた前髪の下にある瞳が、山本を捉えた瞬間、彼の心臓はドッと高鳴る。射抜かれた瞳の美しさは、相変わらずだった。


「あー……」


最近は色々ありすぎて、すっかり忘れていた。
そういえば、こんな気持ちが彼の中にも確かにあった。


「なんか失礼なこと考えてません?」
「ち、ちがいますって」

思わず飛び出た感嘆を非難と受け取った柊は、眉根を寄せて憤慨の意を示した。山本が慌てて訂正しようとすると、彼の父親はニヤニヤと笑って己の息子を見下ろした。

「いや〜ほんとよかったよかった。なあ武?」
「もう、勘弁してくれよ…」

父の言葉に明らかな犯意を感じ取った山本は、恨めしそうな、少し照れたような表情を浮かべて文句を垂れた。すると、退院したばかりの息子に容赦なく、父・山本剛はバァンと張り手をかました。


「最高の退院祝いだろ?」
「〜〜〜〜〜〜っ」


柊美冬は、この親子のやり取りを首を傾げながら見つめることしか、出来ないのであった。







「荷物、こちらで良いでしょうか?」
「ああ、ありがとなー」

結局、山本親子と柊美冬は三人揃って並木道を歩き、山本家の自宅兼店舗に向かった。主な荷物は父親と柊で運び、山本は大事を取って手ぶらである。山本は何度も「自分が運ぶ」と彼女に掛け合ったが、柊は決して彼に荷物を渡すことはしなかった。

「す、すみません、先輩に荷物持たせて。」
「いえ、退院したばかりの方に荷物を持たせるのも良くないですから」

さも当然と言わんばかりに柊はさらりと口上を述べる。…が、その目は「これもちらし寿司とやらのためですから」と堂々と申している。それを口に出さなかっただけ彼女は偉かった。すると、山本剛は柊の肩を優しく叩いた。

「じゃあ、美冬ちゃん、あと頼むな」
「はい、お任せください!」
「え?親父どっか行くの?」

柊がどんと自らの胸を叩いて了承すると、山本は首を傾げた。すると、父親はぎくりと肩を揺らし、あからさまに目線を泳がせる。

「ん?!あー…っと……「おじさまは仕入れの関係でお出掛けなさるそうで!!お戻りになるまで私がご一緒しますね!!!」そうなんだよ〜」
「ふーん…?」

今は午後だ。仕入れも何も、並盛中央市場はそろそろ閉まる時間である。
挙動不審な父親に向かって、息子は訝し気な表情を浮かべている。間近で二人の様子を見た柊は、山本武の勘働きの良さを思い出して、すぐに二人の間に割って入った。

「山本君は!!え〜っと…スポーツ関係の本ってお持ちですか!?」
「…え?ん〜……野球のなら何冊かありますけど」
「是非見せてください。是非。」
「え。」

妙な圧を柊から感じて山本が驚いていると、傍から父親が「武の部屋は2階だ」と、店舗から自宅に上ることが出来る階段へと彼女を誘導していくではないか。

「うわ、ちょ、待って!!」
「?」

最後に自室を使ったのは、黒曜に乗り込んだ日である。夏の終わりから締め切っていた部屋なんて単純にじめじめして埃っぽいに違いない。なによりろくに片付けられていない部屋に、これから想い人が来るとなると、山本には隠さなければいけないものが山ほどあった。

「10分……いや、5分!!待っててください!!」

寝間着のジャージは確か脱ぎっぱなしにしていた。
この前友達が来た時に遊んだゲームが床に散乱したままのような気がするし、万が一見られてしまったら、とても気まずいものもある。


2階への階段に足をかけていた柊を押しのけて、「絶対にいいと言うまで来ないでください」と念を押した山本はどたばたと2階を駆け上って自室へと引っ込んだ。ドタンバタンと忙しない音が2階から響いている。


「「…………」」


山本が引っ込んだ瞬間、はぁ、と柊と父親は二人揃って溜息をついた。

「…なんとかうまくいったな。」
「山本君は本当に勘働きが鋭いですね…さあ、おじさま、今のうちに準備を」
「ありがとよ。じゃあまずは買い物行って、そのあと調理場に籠るな。出来たら呼びに行くわ。」
「わかりました。」

父は息子の快気祝いのため。
そして、少女はまだ見ぬちらし寿司のため。
二人はがっちりと固い握手をして、互いの健闘を祈りあった。

「あ〜美冬ちゃん、アイツが変なことして来たら張ったおしていいからな」
「変なこと…?」
「うーん……いや、なんでもないわ」


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