廿玖ノ弐

ゆらり、と炎が灯る。
その色は、橙色だ。



「骸…おまえを倒さなければ死んでも死にきれねえ」



三叉槍が止められ、砕かれる。彼の手にはめられていたまるで間抜けな手袋は、黒革とメタルの装飾が施された、屈強なグローブへと変わっていた。

(様子が、変わった―……?)

全身から迸る覇気は、鋭さを増していく。
それまでは圧倒的に優勢だったはずなのに、考え得る手立てはことごとく打ち破られ、あっという間に劣勢に立たされてしまう。それを遠くから、かの家庭教師は満足げに見つめていた。
彼は絶対にこの戦いに手を出すことはしなかった。……が、彼が沢田綱吉に撃った弾は、沢田綱吉の秘めたる力を引き出した。その結果が、これである。


ごくごく普通の、気弱で平凡な少年だった筈の沢田綱吉が、特殊弾によって引きずり出された能力と中身。そこには、圧倒的な正しさと、それに伴う魂の美しさが感じられた。


(まさに、頂点に座す者にふさわしい)


六道骸の野望は、世界全てを破滅に導くことである。
まずは、ボンゴレのボスである沢田綱吉の身体を乗っ取り、マフィア間の抗争を起こすことから始めるのだ。今、彼の目の前に立つ沢田綱吉は、まさに理想の姿をしていた。

そう、最初から、彼は圧倒的に正しかった。
憎たらしいくらいに、正しく、美しい。上に立つ者は、そうでなければいけない。
六道骸とは正反対の、圧倒的な光だ。


「クフフ…どこまでも癪にさわる」
「それはこっちのセリフだ」


揺らめく炎と同じ色をした、澄んだ瞳が、六道骸を正面からとらえた。
どこまでも透明で凪いだ瞳は美しく、そして同時に何かを嘆き悲しんでいるかのようでもあった。憐憫の眼差しがまた、六道骸の逆鱗に触れる、が。


(………?)


その瞳の色を、彼は先程、見たばかりだった。

悲しみ、憂うような、芯の強い美しい橙。



『小言弾は秘めたる意思に気づかせることにより、内面から全身のリミッターを外す弾だ。そして同時に、内面にある感覚のリミッターも解除するんだぞ。』


先程、かの家庭教師はそう言っていた。
沢田綱吉が、弾によってリミッターを外された結果が、その額に宿る炎と瞳に表れているのだとしたら。


(あれは、一体……?)


先程見た、透明な橙は。







「考え事をしていて勝てると思うなよ」
「……はッ。随分な言い様ですね。そういう物言いは勝ってからするべきでは?」

随分余裕の物言いである。
彼が多少強くなったからと言って、六道骸は負ける気はしなかった。負けられるわけもなかった。手にしていた槍の柄を持ち直し、額より流れ落ちる血を舐めとって、沢田綱吉を見据えた彼は、ガツ、と音を立てて跳躍した。




こうして事件は、終末を迎えるのだ。














ボロ雑巾のように這いつくばっていた。いつ以来だろう、こんなに惨めな気分は。
勝者である沢田綱吉はまた甘いことをわあわあと述べていた。

(どうしてこんなのに負けたんだか)

甘い。正しい。美しい。
彼は六道骸が憎む、全ての要素を満たしていた。だが、彼を打ちのめすことは出来なかった。そんなことを考えていると、かの家庭教師が音もなく骸の横に佇んでいた。

「何か御用で?」
「お前、美冬をどこにやった」

押し込められた声とは裏腹に、どうにも殺気が隠しきれていない。
沢田綱吉は二人のやり取りに気づくことなく、城島犬と共に、彼らの“愉快な”昔話に花を咲かせていた。彼は本当に、どこまでも甘く、目出度い男である。


「さあ…僕には知る由もありませんね」
「嘘をつけ。ここに連れてこられたことはわかってんだぞ」


リボーンの右手は、懐に潜められていた。その懐からは、ちゃきり、とリミッターが外れた音が聞こえた。


「……手を出さないのではなかったのでは?」
「ツナの喧嘩はもう終わったからな。これは……尋問だ」


城島犬は、涙ながらにこれまで彼の身に起こった出来事と、マフィアの愚かさを嘆いていた。六道骸にとっては、忌々しいながらそれは過去の出来事であった。そんなことで感傷に浸っているくらいなら、さっさと世界征服(仮)に手をつけた方が建設的だというのに、彼の部下たちはそのことを嘆き、恨み、怒りを沢田綱吉にぶつけていた。

(まったく、しょうがないですね)

身体が動くことはないから、心の中で溜息を吐く。だが、彼らの気持ちは手に取るように理解できるし、そんな彼等だからこそ、信頼がおけるし、部下として採用したのだ。

一方、言葉を投げつけられる沢田綱吉は、顔面を蒼白にしながら、心を震わせている。この先きっと、彼はその美しさに傷をつけては、見ないふりをして、戦いに興じて行くことになるのだろう。あの魂が瑕ついて、ずたずたになるさまを見るのは、案外悪くないかもしれない、と六道骸は思っていた。


「もう一度聞く。美冬をどこへやった」
「僕はあれが何者かは知りません。」
「あ?」
「ただ、異質だ。」
「……」
「あんなもの、よくもまあ放し飼いにしますね、ボンゴレは。」



漠然と、そんな気がしていた。
六道骸が脚本を書いたこの舞台の中で、全てのキャストは、彼の思うままに動いていた。城島犬や柿本千種は彼の脚本の通りに動いたし、雲雀恭弥やフゥ太もまた、予定通りに巻き込まれ、自らの役目を果たした。ボンゴレ10代目を引っ張り出すことにも成功した。

それなのに。

六道骸にとっての計算外が一人、紛れ込んできた。
それは急に舞台に乱入してきては、なにをするでもなく、ただただ痛めつけられるだけ痛めつけられて、こちらの誰かを相打ちするでもなく、退場していった。

そこからだった。
あれよあれよと彼が書いたシナリオは崩れ始め、今六道骸は、体を起こすことも出来ずに完敗していた。

「……」

骸の指摘に、アルコバレーノは、なにも語らなかった。沈黙は、肯定である。


「彼女は最初から“外れ”ているのでは?」
「おい」
「小言弾を受けずとも、彼女は既に“内なるリミッター”とやらが外れて、ダダ洩れになっているのでは」
「……お喋りはそこまでだぜ」


リボーンが、そのかっちりと着込んだ黒スーツの懐に入れた手を、いよいよ動かす、という時であった。沢田綱吉がひときわに明るい声を上げた。

「あ!」

だだっ広い部屋の端っこ、出入り口に、複数の人影が立っていた。
懐のモノを取り出すことなく、手をスーツの外に出したリボーンは「医療班が来たな」と沢田綱吉に声をかけた。だが、それは医療班にしては、黒くて長い、影のようなシルエットだった。


それは、六道骸たちの“お迎え”であった。







あっという間に鎖でつながれ、六道骸たちは引きずられていく。
城島犬も、柿本千種も、憎しみを、怒りを滾らせながらもがいていた。骸もまた、苦しみと怒りが腹の中に渦巻き、歯噛みをする。



『あなたの欲しいものは手に入らない』

軽やかな歌声のようなあれは、宣告だったのだろうか。
あの時、橙色の瞳の奥で爆ぜていたものが何なのか、今の六道骸には知る由もない。

(だが、あれが宣告だとするならば――)

朧に霞れゆく意識の中で、六道骸は強く確信する。この因縁は、きっとまだ続く。
なにせ、彼女の宣告には続きがあった。六道骸は彼女の口を塞いで、大方のそれを潰したけれど、それでも防げなかった言葉があった。


『だって、私は、あなたがいい』


それが何を意味するのかは分からない。だが。



(やってくれましたね、柊美冬――)



憎しみの言葉を侍らせながら、六道骸は深層意識の底へ、溺れて行った。










×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -