廿陸ノ肆

六道骸はソファに凭れ掛って、優雅に足を組んでいた。
一方、美冬はといえば、両手と両足をきっちり縄で封じられてしまった。別に椅子に座らされるわけでもなく、コンクリートに転がされているだけ。……風紀委員会で拉致された時だってここまでされたことはなかった、と美冬の顔は苦みばしる。

「ぐ…ここまでしなくても逃げません」
「念には念を、ですよ」
「万年体育2の私がこの窮地を抜けられるとでも?」
「…何故そんなにも偉そうなんだか」

ムクロ改め、六道骸は呆れたような表情で美冬を見下ろしていた。が、一呼吸おいて、彼の瞳には鋭利な光が宿った。

それは尋問開始の合図だ。


「では、まずお名前をお伺いしましょう」


ひやり。
美冬の背中にいやな寒気が走る。
たった一言。数秒の音のはずなのに、やけに事の葉が重い。

(…尋問慣れしている。嫌な奴)

いつだったか、ヴァリアーの尋問担当者とすれ違った時のことを思い出す。あの大男もこんな空気を纏っていた。こちらの思惑を読み取ろうとする、塵ひとつ見逃さない、そんな空気。

(しくじりは出来ない)

掌がじとりと汗ばむのを、美冬は感じた。
出来ればさっさとこんな所から逃げ出したいが、実質不可能である。
ならば、持てるカードを切りながら、なんとかやり過ごすしかない。


「並盛中学3年A組、柊美冬です。並盛中図書委員会と風紀委員会を兼任しています。」
「生まれは?」
「××県▽▽市、〇〇生まれ。昨年春から並盛に引っ越して来ました。前の家はまだ残ってますよ。登記を調べていただければ」
「誕生日と血液型は」
「×月×日、×型です。」
「ご両親のお仕事は?」
「父母は他界しました。今は親戚名義のマンションに住んでいます。」


つらつらと、淡々と、回答する。
これらは全て、予め柊美冬として潜入する際にCEDEFが作り上げた、仮初の情報だ。たとえ裏取りをされても、相応の資料が出てくるように、念入りな“調整”が施されている。

回答しきったところで、六道骸は「そうですか」とひとつ溜息を吐いた。

「どうやら、ご出自には随分と自信がおありのようですね」
「本当のことですからね」
「左様ですか」

クフ、と詰まるような笑いを見せた骸は、長い脚を、優雅に組み替える。


「学校は楽しいですか?」
「…え、まあ、それなりに。」
「何が一番楽しいですか?」
「一番ですか?う〜ん………一つには絞れないです。」
「では、ご両親は何故お亡くなりになったのですか?」
「…よくわからないです。周りが教えてくれないので、」
「お好きな食べ物は」
「……バリバリくん、です」


ああ、あの氷菓ですか、と六道骸は柏手を打った。「僕の部下もこちらに来ては、あれを好んで食べていますよ」と笑う。

(部下、ね)

美冬の脳裏には、時折骸と行動を共にしていた2名の男の顔が浮かんだ。あの二人もおそらく、日本に辿り着いて“仕事”をしているのだろう。氷菓を食べながら。


「僕のことはどれだけ知っているのですか?」
「あなたが、まあまあの悪人であることは知らされています」
「まあまあの悪人、ですか」
「あと、何らかの不思議な能力を持っているであろうことも推察されます。私にはそれが何なのか、全然わかりませんが。」


脱獄後の彼を監視カメラで追っていたが、途中何度か、六道骸が姿をくらましたことがあった。変装ならば、高精細カメラで追えばすぐにわかる。だが、まるでどろんと消えてしまったかのように、本人の影も形も見失ってしまったのだ。

困りはしたが、共に脱獄した2名の足取りを追えば、やがて六道骸と合流してくれた。どうやらあの2名には、そういった特殊な能力はないようで、結果的に事なきを得ていた。

ただの映像解析ならばもっと短時間で終わるだろう。
今回の仕事が普段の倍以上に時間がかかったのは、この、“六道骸が消える現象”のせいであった。


「では、僕の能力を予想してみてください」
「えー……なんでしょう、月並みですが、透明人間になれる、とかでしょうか」
「それは便利な能力だ。是非欲しいですね。」


それは暗に“違う”という意味だ。言わせておいて違うんかい、と美冬はツッコみそうになったが、ここは風紀委員会ではないのでぐっと飲み込んだ。


すると、六道骸はもう一度足を組み替えて、ついでに腕も組んだ。


「成程…あなたは何者かに雇われているわけだ」
「ノーコメントです」
「まあ、そうでしょうね」


ノーコメント、即ち肯定である。


「では質問を変えましょう」


美冬の視界には、六道骸が組んでいた右足をゆっくりと地に降ろす様子が写る。
長い脚だな、なんて、思いながら緩慢な動きを見つめていると、やがてかつん、と靴底が地を打った。残響が消え失せれば、しん、と辺りは静まり返る。




それは、穏やかで、底意地の悪い声だった。




「この街にはマフィアがいます」



ばくん、

美冬の心の蔵が、盛大に音を立てた。





「あなたはそれが、どこの誰なのかを、知っていますね?」

「……っ」





ざわり、と音と共に、血という血が騒ぎ立てる。

それは程なくして、後悔の念を唱え始めた。

美冬の中で点在していた全ての事象が、みるみるうちに一本の線で集約されていく。

この男の狙い、それは。


(綱吉君……!)


甘くて優しい、あの監視対象者の困ったような笑顔が脳裏に浮かぶ。
声に出来ない悲鳴が、美冬の胸の内を張り裂いた。









「……っ………ノーコメント、です」


絞り出した声に、顔の表情に、違和感はなかっただろうか。
美冬は努めて冷静に、それまでと同じように答えたつもりだった。六道骸はやれやれと首を振ると、困ったような笑顔を浮かべた。


「そうですか、それは残念です」


呟いた言葉は、誰に拾われることもなく、闇の中にぽつりと零れ落ちた。
六道骸はソファからゆっくりと立ち上がった。
かつん、かつん、と音を立てながら、歩くさまは、まるでモデルのようだと美冬は思った。混乱の余り脳内はかき乱され、ただただ動きを呆然と見上げることしか出来ない。


「僕はあまり手荒な真似は好きではないんですが…しょうがないですね」


六道骸の足が、ゆっくりと振り上げられた。


美冬は、見ていることしか出来なかった。





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