廿陸ノ弐

M・M。
愛らしい見た目に反して、恐喝に強盗など引き起こした凶悪犯の呼称である。美冬と歳もさほど変わらず、同じ時代に生を受けた彼女が歩んだのは、美冬とは違う血濡れの道であった。

(間違いない、あの写真の娘だ)

ショーウィンドウに写り込んだ気の強そうな瞳と紅蓮の髪。こんな特徴的な美少女は、そうそういるものではない。彼女は間違いなくCEDEFから送られてきたデータに記載されていた脱獄囚と同一人物であった。

(何故並盛にいる…?)

ムクロの脱獄に乗じて数名の囚人が牢獄を抜け出したことは誰もが知る事実である。

だが、その足取りはムクロとは別だったため、完全にノーマークとされていた。確かに、美冬が夜な夜な確認していた監視カメラには、彼女の姿は一度も確認されていない。その彼女が、今、この並盛町で、美冬の目の前にいる。それはいったい何を意味しているのか。


(落ち着け、考えろ、考えなければ…)


今彼女がいる場所は、並盛商店街。
そこは昨夜までに数名の並中生、及び先程獄寺隼人が襲撃を場所である。犯行現場の周囲に、犯人が潜んでいることはよくある話である。ショッピングの体を保っているが、実際は彼女が実行犯かその一味であり、現場に戻ってきた可能性は低くはない。


(いや、関連付けないほうが、おかしい)


もし彼女がこの一連の事件に関わっていたとしたら?
笹川が感じた躊躇いのなさの理由には、十分足りえる事実である。何せ相手は凶悪犯罪者なのだ。目的のためには、手段は選ばないのは明白である。
今は無邪気に自分の可愛さを褒め称えるただの少女だが、つい先日まで収監されていた彼女がここにいる事実と事件には、何らかの関与を感じざるを得ない。


(とにかく、親方様に連絡をしなければ…!)



美冬は、隠し持っていた端末を取り出した。
それは平時に使用する携帯電話ではなく、CEDEFから支給された緊急回線用の端末である。見た目は全く普通の携帯電話だが、回線を開けば沢田家光に直通する代物だ。

幸いにも、依然としてM・Mはガラスに映る自分の愛らしさに夢中なままだ。美冬は彼女の目を盗むように、キーを打ち込むと、さっさと端末を仕舞う。


3・3・2


3つの数字が成す意味は、敵方との遭遇。
今頃、沢田家光の端末ならびにCEDEF本部では、アラートが鳴り響いているだろう。家光とオレガノが、暗号と現在位置を元に何らかの手を打ち始めるに違いない。

これから美冬が取るべき行動は、M・Mの所在をCEDEFに送り続けることである。その為には死なないように、うまく立ち回りをしながらM・Mの傍について行かなければいけない。

それに。

(あの帽子、返してもらわなきゃ)

M・Mが被る白い帽子は、とある男の子から貰った、大事な品物である。名も知らぬ少年ではあったが、彼が懸命になってくれた帽子を、みすみすM・Mに手渡してやるつもりはなかった。


「あの、かえして」
「……はあ?」


美冬は刺激しないよう慎重に口を開いた。…が、M・Mは明らかに「気に入らない」という表情を浮かべ振り向き、美冬は「ぐ」と音を詰まらせた。


「それ、貰いものなの。返して、ください」
「男からのプレゼント?……男のセンスはいいのに、アンタがこれじゃぁプレゼントした男も可哀想ね」


M・Mは何故かファッション面についてのダメ出しが異様に厳しかった。
正体がバレて殺されるより良いや、と開き直った美冬は「そ、そんなんじゃないです!」と敢えて会話を長引かせる方向に舵を切った。


「その、あの、友達……?との、思い出が詰まってるんです」
「似合いもしない奴に使われるより、この帽子も私が被った方が浮かばれるわよ」
「ひどい…」
「しつっこいわね……これで文句ないでしょ」


食い下がったのが良くなかったのか、M・Mは愛らしい顔に青筋を立てて苛立ちを見せた。そうして彼女は肩から下げていた黒曜中指定のスクールバッグから分厚い財布を取り出すと、ぽん!と気前よく10万円を差し出した。


「これで帽子に似合う服でも買ってから出直して来なさい」
「て、手切れ金!?私はその帽子を返して欲しいだけなんですけど!?」
「うるっさい!」


丁重に札束をM・Mに押し返した美冬を、M・Mはどん、と突き飛ばした。M・Mにとっては軽く突き飛ばしただけでも、美冬は避けきれることも出来ず、思わず尻もちをついてしまう。


「……ったぁ…」
「鈍くさ。じゃあね。」


呆れたようなため息と、冷たい言葉が頭上から降りかかる。
M・Mが踵を返してその場を去ろうとした時だった。
美冬の口から出たのは、別れの言葉でも、引き止める言葉でも、なかった。






「“××××××××××××××?”」






するすると、勝手に音が漏れ出でて行く。
それは彼女の意図するところなく、唇の端から零れ落ちていく。



(今、なんて?)



はた、と気が付いた時には遅かった。



















「あーあ。信じらんない」


座り込んだままの美冬の前に、いつの間にかM・Mが立ち塞がっていた。その顔は、白い帽子の清廉さとは似ても似つかぬ、凶悪な面構え。


「私がババをひくなんて。これホントはアイツらの役目のはずなのに」
「…な、」


二の句を告げられない美冬に、M・Mはにたりと厭らしい笑みを浮かべる。


「さっきの、衛星端末よね?おかしいと思ったわ、なんで一般人があんなもの所持してるのかと思ったもの」
「…!」
「様子を見てても隙だらけだしひ弱だし、一般人かと思ったけれど……アンタ、私が誰かわかってるのね?」


M・Mはショーウインドウに映る美冬の様子を見ていた。
考え込んだ挙句に取り出した端末で打ったキーは、たった3つ。明らかに誰かにメールを打っているわけではない。それは信号の類だと察せられた。しかしどんくさいし、帽子を巡るやり取りが妙に一般人っぽさがあった。だが、最後まで判断に迷ったM・Mに対し、美冬は“その言葉”を零してしまった。


「適当に現場に行ったらボンゴレの関係者がいるかも、と思ったけど、まさか当たりだなんて。アンタもこんなところに来るとはずいぶん迂闊だったわね。」


ボンゴレ、という言葉に、みしりと美冬の表情が歪むのを、M・Mは見逃さなった。それは自身の過失に気が付いた人間が見せる、焦りの色だ。


「…殺すなら、殺してください」
「こんな人気のあるところで殺ったら、後始末が大変だわ」


呆れたように言いながら、M・Mは美冬を引っ張り立たせた。
続いて、商店街を流していたタクシーを止めて、その中に美冬を放り込む。


「どちらまで?」
「黒曜ヘルシーランド。飛ばしてちょうだい。」


運転手に行き先を告げたM・Mは、優雅に足を組んでは美冬に笑いかけた。



「あんたにはさあ、聞きたいことがあんのよ。だからまだ殺さないわ。」

「……聞きたいこと?」

「そ、うちのムクロちゃんがね。…あんた、知ってるでしょ?ボンゴレファミリーについて。」




さあ、楽しいドライブの始まりである。





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