廿陸ノ壱

季節は、夏の果て。

あんなに蒸し暑かったはずの空気から、むわりとするあの気配が消えたのはいつごろからだろう。今だって、日差しこそ強いが、一時の灼けるような厳しさは消え去った。帽子に遮断されて、彼女が感じるのは生暖かい熱風だ。

(もう、秋が近いのか)

そういえば、去年の今頃に獄寺隼人と初めて出会ったっけ、と思い出す。彼は誕生日プレゼントを持った女子に襲撃を受け、図書室に逃げ込んできた。手負いの猫よろしく随分と警戒されたが、今ではすっかり図書室のお馴染みだ。


歩きながら、彼女なりに出来事を整理する。
並盛病院での光景から、運び込まれた生徒たちには共通する事項がある。それは、並盛中内での”強さ”という点において、ヒエラルキー上位であるということだ。
笹川了平がもたらした情報から、先方は既にこちらの“情報”を得ていて、それに基づき襲撃を行っていると考えられる。

(これらの仮説が正しければ……彼等も危ないかもしれない)

山本武や獄寺隼人、それに雲雀恭弥。
柊美冬にとって、ごくごく身近な者たちに危険が及んでいるような、そんな気がする。

彼女は、ひとまず並盛商店街に足を運ぶことにした。人通りが多い商店街は他の襲撃箇所に比べて人目も多い。昨日の内に何名かがここで襲撃を受けていることもあり、何かしらの情報が得られるかもしれないと思ったのだ。


(……人が少ないな)

しっかりと帽子を目深に被りながら周囲を伺う。平日の午後らしからぬ閑散とした様子に、美冬は眉を顰める。並盛商店街は、通常この時間帯はそれなりに賑わっているはずであるが、今日は買い物かごを下げた女性も、学校終わりの中高生の姿も見当たらない。風紀委員会が並盛町全体に外出禁止令でも出しているのだろうか。


「……?」


歩みを進めていくと、視界の先に人だかりが見え始めた。
そこは洋品店や煙草屋のあるあたりで、人だかりの奥には規制線が張られており、付近を警察官が走り回っていた。美冬はしっかりと帽子を被り直しつつ、人だかりの後方にいた男性に声をかける。

「あの、何があったんですか?」
「爆発騒ぎだってよ」
「…爆発?」

この街で爆発騒ぎを起こす人間は、彼女の知る限り一人しかいない。


(まさか)


ぞわり、と心臓が鷲掴みされたような気持ちになる。
笹川だけでなく、彼まで。
人混みをかき分けて、規制線の近くに踏み入れようとした、その時だった。


「はぁぁぁぁ!?どういうこと!?」
「ほんとごめんなさいねぇ」


カランカラン、というドアベルの音と共に、現場付近の洋品店から女性が二人出てくる。一人は店のオーナーであろう、品の良さそうな女性。もう一人は、メチャメチャキレてる女の子。制服を着ているあたり、中高生といったところだろうか。

あまりの少女のキレっぷりに、規制線近くにいた人だかりの視線が一斉に少女に注がれる。


「ありえない!ステリ―ナの日本限定品が買えると思って楽しみにしてたのに!」
「ごめんなさいねえ、店頭に並べたらすぐに売れてしまったのよ。」


怒りに震えている彼女が手にしているのは、春に出た雑誌のバックナンバーである。ぎりぎりと歯ぎしりをして、悔しそうな表情を浮かべている。そんな顔をしなければ、とてもかわいいのに、などと美冬はぼんやりと思いながら少女を見つめた。目鼻立ちがはっきりとしていて、前髪をピンでとめている。自分の可愛さをよく解っているタイプの少女である。


(あれは…黒曜中の制服か)


グリーンを基調とした、お洒落な制服。着こなしが難しいとクラスメイトが話していた記憶が蘇る。そんな制服を難なく着こなすお洒落で可愛い少女は、隣の黒曜中からわざわざ並盛商店街まで洋品店に遠征に来たのだ。実にご苦労なことであった。


「悔しい〜〜〜!!ちょっと、どっか他に売ってるところは無い訳!?」
「もう発売してから大分経ってるしねぇ……って、あら?」


食い下がる少女をいなしていたオーナーの目が、ふいに美冬を捉えた。



(えっ、何!?)



店主の視線を追った少女は、くるり、と柊の方を見て、元より大きい瞳を更に大きくして、わなわなと口許を震わせはじめた。


「私の!!!帽子!!!」


おもいっきり指を差されて絶叫された柊美冬は、びくう!と身体を引き攣らせた。店主は「あなたがあの子から貰ったのね」とこちらに笑いかけ、一方少女は般若の如くめらめらと怒りを宿らせながらこちらに歩み寄ってきた。

「え、え?」

規制線付近にいたギャラリーは面倒くさそうな気配を察知し、柊の傍からそっと解散していく。柊もそのまま逃げてしまいたいところだが、赤髪の少女に睨まれてしまっては、逃げることも出来そうになかった。


「アンタなんて格好してるの!?こんなダッサイ女に、ステリ―ナの春夏コレクションなんて似合わない!」
「えっ!?」


びし!と少女が指さしたのは、柊が以前少年からもらった帽子である。この話の流れからするに、少女が探していたのはこの帽子らしい。


「え、この帽子そんなにすごいの…?!」
「モノの価値も判らないで被ってたわけ?呆れるわ。」


目の前に立ち塞がった少女は、美冬の頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見ると、鼻で笑った。そうして柊が被っていた白の帽子をさっと奪い取ると、自分の頭に被せてしまう。


「あ、ちょっと」
「ほ〜ら、私の方が似合ってる。」


たしかに、つばの大きな白い帽子は、少女の赤い髪と相まって、とてもよく映えた。前段の彼女の弁でいえば、それは彼女のために誂えられた帽子といっても過言ではないくらいには、似合っている。
彼女は店のショーウィンドーに自らの姿を映しながら、ひとり、帽子を被ったままポーズを取り出した。



紅くて美しい、切りそろえられた髪。気の強そうな瞳。


「…」


どこかで、見た気がする。

ふと、美冬は一枚の写真に思い当たる。



(まさか)



ショーウインドーで無邪気にポーズを作る少女の背中に、戦慄を覚えた。

彼女は、CEDEFが追っていた脱獄囚の一人、M・Mであった。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -