廿伍ノ伍

美冬が真っ直ぐ向かったのは並盛でも一二を争う高級マンション最上階にある自室である。
まっすぐに寝室に飛び込んだ美冬は、備え付けの豪著なクローゼットを開けた。


「まずは、現場検証をしたいところですね」


事件の手がかりは、おおむね現場に残されているものである。
日本の警察では「現場百回」という名で粛々と語り継がれているし、CEDEFの捜査でも身にしみて感じている事実である。なにより、こうした現場付近には高確率で犯人が様子を見に戻ってきたりするのだ。

見落とされている“何か”が、あるかもしれない。

大事な友人に怪我をさせられて黙って見ていることなど、今の美冬には到底できなかった。笹川はそんな美冬のことを見透かしていたようだが、笹川も雲雀もいない今、彼女を止めることが出来る人間は誰もいなかった。


(…笹川君も、ああは言ってくれたけれども…)


お前は悪くない、と言われたところで、彼女に落ち度があったのは火を見るよりも明らかだった。寝坊をせず、彼と一緒に走っていれば、何かしら手助けすることは出来たはずだ。せめて、犯人につながる手がかりだけでも自分の手で探し出したかった。
その為にはまず、現場に赴く必要がある。

被害者のラインナップから考えて、自分がターゲットに入っているとは考えづらい。とはいえ、並盛中学の制服を着て歩くのは鴨がネギを背負って歩くようなものである。また、外出禁止令が出ている以上、制服を着て歩けば補導される可能性がある。補導されてしまうと風紀委員会に報告されてしまう故、それだけは避けねばならなかった。


「ああ、でも服がない…」


クローゼットは豪著だが、その中身は残念ながら貧相である。
家と学校の往復ばかりをしていたため、美冬は年頃の女子にしては服を持ち合わせていなかった。こんなことならもう少し服装にも気を配れば良かった、と思いつつ、美冬は持ちうる服の中でも一番大人っぽく見えるものを選んで、着替えてみる。
だが、姿見に映した自分の姿は、あくまでも中学生女子のもの。なにせ美冬は社会人経験こそ豊富だが、年齢はまだ15である。大人っぽく見せることなど無理であった。


「そうだ、こんなときこそ…!」


そう呟いてクローゼットの奥から取り出したのは、つばの広い白の帽子。目深に被れば、その表情は見えない便利な代物だ。商店街である日出会った男の子が授けてくれたそれは、あの日以来クローゼットに大事にしまわれたままだった。まさかこんなかたちで日の目を見ることになるとは、と思いながら美冬は帽子を被ってみた。

服装とはややミスマッチしているが、これなら幼さはバレない…ような気がする。


「う、ううん、まあいいですよね、顔が見えなければ!!」


言葉にすることで自分に言い聞かせ、美冬はうんうん、とひとり大きく頷いた。


つづけて、笹川との練習時に持って行く携帯用のリュックを取り出し、念のため盗撮可能なペン型の小型カメラや、普段綱吉を監視するために使っていた双眼鏡を入れて、背負う。


「危ない、忘れるところだった」


そうして最後に、CEDEFの緊急回線につながる携帯型端末をポケットにしまう。
いつもは制服の内ポケットに入れて、何か異常事態があった際には、この端末でCEDEF本部に連絡を取る仕組みになっている。だが、今までまともに使用されたことなど、殆どない。せいぜい、上司からの一方的な連絡に使う程度で、自ら使用したのはディーノに部屋を破壊された時くらいのものである。




「これでいいかな?」





つばのひろい、大きな帽子。少しだけ大人っぽい私服。簡易リュック。

なんだか色々とちぐはぐになってしまったが、制服姿で歩くより良いだろう。

美冬は、よし、と一人頷き、部屋を後にした。















誰もいなくなった部屋で。

部屋の隅にある業務用PCはつけっぱなしになっていた。画面の端には「解析終了」のポップアップが点滅している。それは、昨夜寝る前に行った画像解析が終了したことをしらせるものである。寝坊してしまったこの部屋の主は、その結果を確かめることもなく、部屋を去ってしまった。

昨晩、彼女が確かめていた内容は、某国の高級ホテルで撮影された、防犯カメラの画像である。
そこに写っているのは、彼女が所属するCEDEFが血眼になって探していた脱獄囚・ムクロの姿であり、彼の手には紙切れがあった。彼女が解析していたのは、紙に書かれた文字情報である。


薄青で、横長の、航空チケットのようなそれ。


解析した画像によると、紙切れはやはり航空チケットであった。そこに記されていた渡航日の日付はごく最近のもの。そして、行先は「NRT」。
NRT―――それは、並盛町からほど近い空港に割り当てられたコード名である。










笹川了平は、彼を襲撃してきた人物を“目的のためならば容赦なく他者に危害を及ぼす”と評し、それを聞いた美冬はまるでマフィアのようだと感じた。

それもそのはず、脱獄囚と、並盛中襲撃事件…二つの事件は密接につながっていたのだ。


もし彼女に、生来の冷静さが残っていれば、不用意に外出せず、近隣の防犯カメラのハッキングから事件の詳細を炙り出そうとしたであろう。

もし彼女に、CEDEFからの任務に対する忠誠心が少しでも残っていれば、画像解析の結果と襲撃事件の関連性に気が付いて、事件の全容をいち早く掴めただろう。




だが、彼女はそれを“選択しなかった”。




星がひとつ、瞬きだした。

未だ見ぬ星座を描くため、彼女は外の世界へ、一歩を踏み出してしまった。



運命は、いよいよ動き出す。






§罪の名は、鳳仙花。またの名を、






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