そんな時だ。
扉が開く音と共に、笹川京子が戻ってきた。
「お兄ちゃん、柊さん、お待たせしてすみません、戻りました〜……えっ」
笹川京子は入り口で固まった。
なにせ、兄と、その彼女(だったらいいな)が、何やらいい雰囲気で見つめあっているのだ。
(きゃ〜っ!!並盛堂までお菓子買いに行って良かった〜!)
笹川京子は日々思っていた。
今日はこう怒られた、こんなトレーニングメニューを組まれた、等々、家で女性の話をしない兄が、ここまで彼女・柊美冬の話題を出すのはとても珍しいということを。
兄自身も気が付かない、もしかしたら恋心があるかもしれない。あったらいいな!!ううんあるはず!!!
夏祭りで柊美冬と出会った際に、彼女の気持ちを確認したところ、残念ながら彼女は兄のことを何とも思っていなかったが、だからといって印象は悪くなさそうだった。
兄と彼女の仲を取り持ったら、もしかしたらとっても素敵なことになるかもしれない。
今か今かと機会をうかがっていた京子だが、そのチャンスは本日やって来た。
自宅待機の報せが出ているにもかかわらず、わざわざ兄の見舞いに彼女がやって来たのである。脈アリもいいところだ。ここでなにか起こればいい。
そう期待して京子は席を外し、二人の時間を設けた訳だが、これがなかなかどうやらうまくいった様子である。
(もう、何があったのか私が知りたいよ〜〜!!)
お兄ちゃん、告白した?美冬さん、もしかしてキスとか…しちゃいました?
決してそんな野暮なことは聞けないが、恋に恋する乙女としては是非とも知りたい事項である。
ぎしり、と固まったままの二人はもしかしたら進展するかもしれない。それならば、それならば……
「え〜っと、あ、どうぞ、ごゆっくり!!!」
京子は、にやけ顔を隠し切れないまま、回れ右して病室を去った。
笹川と柊はお互いの顔を見合わせ、京子の表情の意味を悟ると二人揃って真っ赤になりながら叫び声を上げた。
「どぅわぁぁぁ京子ォォォ!!!!」
「ままままま待ってください!!!!!」
身動きが取れない笹川の代わりに、柊が病室を飛び出して京子の後を追えば、京子は顔をだらしなく緩ませながら、病室の外にあるベンチに腰かけていた。柊は京子の前に立ち、あわあわと何事かを喋ろうと躍起になる。
「あの、ほんと、なんでもないですから!!」
「あ、柊さん……お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「ちっがぁぁぁう!!!!」
うっとりした表情でこちらを見やる京子は、もはや柊と笹川の仲を疑いもしない。柊はあれやこれやと説明するも「そんな、照れなくていいんですよ。私も嬉しいですし。」と言われてしまう始末だ。
結局勘違いを是正することも出来ないままに柊が京子を連れて病室に戻れば、笹川が「違う!京子違うぞ断じて違う!!」と顔を真っ赤にして抗議の声を上げ、病室は一気に賑やかになった。
*
「…さて、京子ちゃんも来たことですし、私はこれで失礼しますね」
「えっ、お兄ちゃんとお菓子食べて行きませんか?お邪魔なら私が出て行きますよ?」
「いや違いますから…。ちょっと調べることが、あって。」
「柊」
柊が席から立ち上がると、笹川がじとりとした眼差しで柊の名を呼んだ。
「いいか、俺が怪我をしたのは俺の落ち度だ。朝来なかったお前のせいでもなければ、相手のせいでもない。原因は、俺にある。」
「……」
「妙な真似は、してくれるなよ」
それは、やけに真剣な声色だった。
「帰りますよ、当たり前じゃないですか、だって、危ないですもんね。…それじゃ、また。」
棒読みと共にへらり、と笑った柊美冬は、病室をあとにする。
笹川兄妹はその背を見送ったが、妹はふと兄の眉間に皺が寄っていることに気が付いた。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや」
「…?」
「あいつ、ずいぶん嘘が下手になったなと思っただけだ」
笹川了平は、彼らしからぬしかめっ面で重いため息をこぼす。
何せ、彼は知っていた。柊美冬は誰かのために動く女であるということを。
彼女がこの事態を、指を咥えて見ているはずがないのだ。
(釘を刺してはみたが、どうにも心配だ)
せめて、何かあった時に守ることが出来ればいいのに。
笹川了平は、己の現状に顔を歪めることしかできなかった。