3

 だれもが彼に好かれたがっていた。彼と時間をともにしたがっていた。
 あのひとときがいつまでも続くはずがないとは皆もわかってはいたが、棗がいなければあんなふうに突然終わることもなかったはずで。
 自分は、tranpのメンバー全員に謝るべきだ。
 そう、理解しているのに。浅ましいこの身は消えてしまった王をつれ戻して仲間に詫びることよりも、ただ会いたいと、会って話がしたいと、そう願ってしまう。
「王……」
 眠りに入った棗のくちびるから名前が零れおちた刹那、接近してきた何者かの気配により覚醒し、身を庇うようにその場から飛びのいた。反射的な行動だったがそれは見事に敵の意表をつけたらしく、驚愕の表情がこちらへと向けられていた。しかし、驚いたのはあちらだけではない。棗もまた、予想外の人物の来訪に驚きを隠せなかった。
「会長……?」
――そう。そこにいたのは生徒会長。棗が現在、もっともかかわり合いになりたくない人間ナンバーワンだ。
 硬直状態は長くは続かず、先にそれを破る行動を起こしたのは隼人だった。
「……おまえはてきとうなおもちゃにする予定だったんだが、俄然興味が湧いた。ただの根暗かとおもったが……違うみてぇだな」
 楽しそうに笑うおとこの顔は凶悪と表現するほかなく、いやな予感に肌が粟だつ。
 そもそも、棗がテロメアの面々に興味を持たれたのは幹部たちの攻撃を軽々避けてついでに軽く反撃したからだ。ここで隼人を自分が倒してしまえば、「銀翼」に向けられている熱意がこちらに向いてしまうとも限らない。
 すでに、反応してしまった。これ以上の関心をひかないようにするためには、どうすればいいのか。
 棗の視線は隼人の背後にある扉へと注がれていた。そして、隼人も棗が外に逃げたがっていることはわかっているのだろう。こちらに寄って身柄を拘束するか、とりあえずはその場で逃走を防ぐかで迷っているのが伝わってきた。
 相手に余裕があるならそれを奪い、自分のペースに持ち込むのが一番いい。
 そう結論づけた棗は、徐にスマートフォンをとり出した。
「助けでも呼ぶ気か?」
 嘲笑うようにそう言ったおとこに「そうですけど、なにか?」といけしゃあしゃあと宣い、コール音を聞く。
「ばーか、そんなんくるわけねえだろ。埜田も芦塚も学園内にはいないんだぜ?」
――ばーか。こっちの味方はそのふたりだけじゃないんだよ。
 餓鬼のような反論が浮かんだが、言葉にするのもばからしいと判断し、やはり無言のまま受話器をとる相手に「会長と遭遇。襲われそう。助けて」と簡易に現状を告げる。すると、先ほどとは異なり、言い終わった瞬間にあちらから通話を切られた。
「……だれにかけた」
「わからないですか?」
 嘲ったつもりはないが、彼はそう捉えたのだろう。青筋を浮かせ、ものすごい剣幕で睨んでくる。
「風紀以外ないでしょう。彼らは生徒会とは違って、生徒の味方みたいなので」
 棗が被害を受けているのになにも手を打たない役員たちへの皮肉のつもりでそう言ったのだが、隼人はなんのことだ、とでもいうように怪訝な表情をした。
 まさか、知らないわけでもあるまいに。おとこが想像しているよりもわるい状況にあるのだとしても、それを知ってから焦るのでは遅すぎる。
 無知はときに罪となる。最悪の場合、とり返しのつかない事態を招くこともあるのだ。
 そのことを、棗はいやというほどに知っていた。
「……おまえ――」
 隼人は多少なりとも動揺したのか、捕まえなければという焦燥が見え隠れしている。それを好機だと判断し、棗はわずかばかり扉から離れたその瞬間を逃さず彼の背後に回った。そして、体が振り向く前に伸ばされた手を弾いて全速力で走り出した。
「おい! 待て! ……っくそ!」
 追いかけてくるような音が聞こえたのは、ほんのすこしのあいだだった。一対一で、木々が茂っているこの空間で鬼ごっこをするとなれば、鬼側が不利に決まっている。もちろん、体力差がないという前提があってこその話になるが。
 彼は知らなかったようだが、棗は親衛隊のやつらにも追われている。両方を同時に相手するのはさすがにきつかったので、隼人があきらめてくれてよかった。
 このままもうしばらく逃げていればなんとか騒ぎもおさまるだろう。
 楽観的なことを考え、なるべく音をたてないように足を動かしている、そのさなかだった。こちらに、向かってくるような人間の気配を感じたのは。
「……」
 いきなり殴ったり蹴ったりするのはまずいか、と思案していると、背後の人物は急ぐようにぐっと距離をつめてきた。
 こいつは今までのやつらとは違うと察し、太い木の幹に身を隠した直後、身を翻した。そして、自分を追ってきていたおとこと対峙した瞬間、棗はとめていた息を吐き出し肩の力を抜いた。
「風紀のひと……ですよね」
「おお、そうだ。わるいな。遅くなった」
「そっちはおちついたんですか?」
「まだだが、委員長じき命令に逆らうわけにはいかなかったんでな。まあ、この茶番もじきに終わるということなんだろうよ。あのひとの予想は……滅多なことじゃ外れない」
 真澄と同様、委員長を信頼しているらしい生徒におとなしくついていこうとすると、「なあ」と声をかけられる。
「なんでそんなに簡単におれのことを信用するんだ? もしかしたら、風紀に化けた親衛隊のやつかもしれないだろ」
ぱちり、まばたきをして棗は首をかしげた。
「腕章があるし……、親衛隊に奪われるような争いがあったなら敵味方どっちももっとぼろぼろになってるはずですよね。一般生徒にやられるようなやつが、おれの迎えに寄越されるとも考えにくいし」
「……そうか」
 副委員長もそうだが、たまに風紀委員は自分のことを形容しがたい目で見つめてくる。全員、というわけではないのだが、気になるものは気になる。
「あの、おれ、なにかしました?」
「え?」
「視線が……」
「あー……」
 風紀のおとこに訊ねれば、彼は申し訳なさそうに言葉を濁した。
「や、まあ、どんなやつなのかちょっと気になっただけっつーか……あんま気にすしないでくれ」
「はあ、そうですか」
 いいきもちはしないが、不快なほどでもないので軽く流してしまうことにする。
「すこし遠回りして、時間かせいでから戻るぞ」
「わかりました」
 それから三十分ほど、歩いたり休んだりしながら時間を潰し、ようやく棗は校舎まで戻ってくることができたのだった。

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