背徳の恋 | ナノ

2 


「っや、や、ほんとに、やめ……っ!」
 ぞぞぞ、と腰のあたりから恐ろしい感覚が這いあがってきて、たまらず身を捩った。しかし効果は皆無で、膨れあがった「それ」は今にも弾けそうになっていた。
「やだ、やだぁっ、ひ、ぅう、あぁあ、いやぁッ」
 ついに我慢の限界が訪れ、駆の手の動きに合わせて尿道からぴゅっ、ぴゅっ、と精子が飛ぶ。
「なんだ、精通してんじゃん」
「んっ、ぁっ、ぁー……」
「たまってた? めっちゃ多い」
 放った白濁の量を揶揄され、頬を染めたのは一瞬。すぐに興奮が冷めてきた未來は眉を顰め、「……もういいだろ」と目の前の体躯を押しのけようとした。――が、駆は動かない。
「まだ、なんかするつもりなの」
「だって抵抗しないんだろ?」
「…………」
 ここまできたら、もう意地だった。もしかしたらおとこは自分に危機感を持ってほしかったのかもしれないが、そのときの未來にそんな解釈はできず、「好きにしたら」というような態度をとってしまった。駆も、たとえどれだけの場数を踏んでいたとしても未來と同じ年齢の子どもだ。意固地になる自分におとなな対応などできるはずもなく、若干不機嫌そうな表情になりながら彼は行為を先に進めた。
 スラックスを脱がされ、ぬるりと冷たいものをまとった指が尻を這い、身がすくむ。
「なに? なん、や、つめた、」
「ローション。痛いのはやだろ?」
「ん、んんっ、うぅっ」
 くぷり、窄まりに入ってきた細長いものに違和感をいだき呻いていると、それはうろうろと迷うような素振りを見せたあとにすぐとあるポイントにたどりついた。
「あっ!?」
 びりっと、電流が流れるような刺激を感じて反射的に驚きの声を発すると、「ここか」と駆がにやりと笑う。
「あッ、や、やだ、いやっ! そこ、やめて……っ」
 じたばた暴れたいのに腰の下にずんと重くなったような感覚があり、うまくいかない。むしろ、もっととねだるように体をくねらせてしまい、違うのに、とおもいながら涙を浮かべた。
「これに懲りたら、次からはちゃんと抵抗するんだな」
 三本の指がスムーズに出入りするようになったころ、コンドームの包装の端を歯で切ってそう言った駆は、まるで悪魔のようだった。
「や、ぅっ、いれ、いれるな、ばかっ、ばか、きらい、んん――っ」
「力抜いておとなしくしてろって」
 蹴りあげた足はあっさり掴まれてしまって、今抵抗してるじゃん! という非難をしても聞かなかったことにされるのだろうということは、明白だった。
 このとき、駆への好感は地におちた。「きらい」「最低」という単語だけが頭の中を占めて、挿れられたあとも集中できなかった。
「ぁ、あ、あー……っ、う、ぅ、ん、んぁ、やだ、や……、あぁ……ッン」
 腕をぼかぼかと殴っていたはずだったのに、最後には結局きもちよくなって彼に縋ってしまった自分がゆるせない。
――初めてのセックスは、最悪の気分で終わりを迎えた。


 ****


 もう絶対に関わるものかと駆を無視する生活を始めた未來だったが、彼はどうしたって視界に入ってきてこちらの心を乱した。
 あの日、未來が駆に抱かれた日の翌日。彼は体調を崩した自分を気遣い看病を申し出てくれたが、それを突っぱねた。それから、ひとり部屋にこもって寝ていたのだが、病を患ったわけではないのとうぜん腹がすく。痛む体を動かしリビングに向かおうとしたところ、ドアをひらいたところに白いビニール袋がおいてあるのを見つけた。
「……?」
 中身を覗くと、そこにはサンドイッチと飲み物が入っていた。かっとなってごみ箱に捨ててやろうかとおもったが、食べ物に罪はないとおもいなおし自室に戻りベッドの上に座って紙パックの野菜ジュースにストローを突きさす。中身を吸いあげ喉に流し込むと、水分と糖分が体に染み渡る。ほう、と息をついてからサンドイッチの包装を破った。ツナ、ハム、卵の三種類の具が入ったそれを端から順にひとつずつ消化していく。
「こんなんで……絆されないからな」
 小さく呟いたその台詞に、確固たる意思を込められなかったことを自覚しつつ、借りをつくりたくなかった未來は駆が帰ってきたころを見計らってリビングに顔を出した。そして、礼を言った。
「ご飯、ありがとう。助かった。――けど、波多野とは金輪際関わるつもりはないから」
「……むりやり襲った相手にわざわざお礼言うとか、律儀だな、おまえ」
 自分が育った環境をからかわれた気がして怒りに目がくらみそうになったが、駆の顔を見ればそれは一瞬にして驚きに塗り替えられた。彼は、なんの含みもない微笑を湛えていたのだ。それにどくりと心臓が鳴り、恐ろしくなった未來は慌てて部屋へとひっ込んだ。
 その後、自分の宣言などなかったかのように接してくる駆を「ないもの」として扱うことに疲れて音をあげたのは、未來のほうだった。
「おはよう」「ただいま」と、ごくふつうの挨拶に初めて応えた日の、駆の表情といったら。自分はきっと、それを一生忘れないだろう。
 瞠目して、固まるその姿を目にした瞬間、もっとはやく素直になればよかったと未來は笑った。
 心をゆるしたつもりはなかった。ただ、駆はちょっとした隙間に入り込むのがうまかった。不快にならない程度の強引さも相俟って、「波多野」と呼ぶたび「駆だって」とくちびるを奪われることに嫌気がさした未來はいつしか彼のことを下の名前で呼ぶようになり、キスはただ「したいから」という理由でされるようになっていった。
 駆のせいで知ってしまった快感を追うように、――義務の延長線上にある行為ではあったが――自慰もするようになった。あのときのような恐怖を覚えるほど強烈な悦は得られなかったものの、それは未來にとってはじゅうぶんすぎる刺激だった。そして、そのことを見透かしているかのように、駆は自分を誘うことがある。その頻度は徐々に間隔を縮め、「今日は?」とただ一言、毎日のように訊ねられるようになっていた。
「しないってば」としばらくは断っていたのだが、「あっそ」と簡単にひきさがり、ほかのおとこの部屋に向かう駆の背中を見るたび積もり始めた感情があり、いっそあのときのようにむりやりしてくれればいいのに、などど考えるようになっていた。そして、未來が望んだ通りの展開はそう遠くない未来にやってきて、ふたりは二度目のセックスに至ることになる。



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