天使なんかじゃない | ナノ


 彼らの自己紹介を聞いた人間たちの中には、自身が現在奇跡の瞬間に立ち合っているということを理解し、感動に涙し始める者もいた。
「みっ、三柱を、まさかこの目でじかに拝める日がくるなんて……!」
「いきててよかった……」
 精霊を認知することのできない人間すらもが敬う存在、三柱。それがというものかといえば、「精霊たちの王」と表すのがわかりやすいか。そして、「三」は文字通り数を示している。
――そう。精霊界には、人間が言う「属性」ごとに、三人の王がいる、ということなのだ。
 柱というのは基本的にそれぞれの領域内で秩序を保つ任を担っているが、その仕事に三人もの王が必要なわけではない。世代交代はするが、それは何千年に一度という頻度だ。人間からしたら気が遠くなる長い時間なわけだが、それはそのまま精霊にもあてはまる。ゆえに、彼らは三人でローテーションを組んで、互いに息抜きができる期間を設けているというわけだ。
 柱の力はあまりに強い。そしてとうぜん、本人たちにはその自覚がある。そのため、三柱のいずれかが特定の人物に入れ込むということは、滅多にない。だが、滅多にない、というだけであり得ない、というわけではない。天音は例外だが――、焔と剛毅がまさに「そう」なのだ。
『ああ、フィーガ。お互い、こうして顔を合わせるのは久しいですね。そちらの男性とはうまくやっているのですか?』
 フィーガ、というのは剛毅に入れ込んでいる三柱のひとりで、フィーツの妹でもある。儚げに微笑んでうなずくうつくしい女性のことを彼は認識できないが、それでも彼女が大事にされていることはふたりがまとう空気でわかる。
 三柱の責務をまっとうする精霊がひとり、領域内のみではあるが自由に行動をゆるされている精霊がひとり、世界に干渉しなければどこでも自由にいくことがゆるされている精霊がひとり。三柱というのは、そのようにわかれている。ただ、自由が与えられていてもわざわざ人間に自身の時間を割く柱というのは稀だったし、そんな精霊が現れた際には奇跡と言われた。だが、一番自由に見える柱は第一に混乱が発生することを防がねばならないため、人間に姿を見せること、声を聞かせること、そのいっさいが禁じられる。――「神に愛されし子」を除いて。
 ここにいる三柱たちは逆に、世界のために常に同じ場所で同じことを繰り返しているため、多少の融通がきくのだ。
「おい、さっさと用を済ませてくれ。ここは人間のにおいが充満していて、かなわん」
「申し訳ありません、フレイア。では、すぐに始めましょう」
 この中でもっともひとに嫌悪をいだいている炎の柱に促され、天音は動いた。
「話は聞いていたからね。この先、魔法が使える人間たちのあいだで『禁術』と認定されているものを使用した輩がいた際には属性を奪えばいいんだろう?」
「はい、その通りですメルクル」
 円卓の真ん中のあいている空間に身を滑り込ませ、爪で右手のひとさし指の腹を切って血を滲ませる。
「アマネも、めんどうな仕事を押しつけてくれる」
「そう言うな、アリーシャ。確かに、ここ最近の人間は傲慢が過ぎる。一度、戒めを科すのもわるいことじゃないだろう。どうせ、おれたちの世界は平和すぎて仕事がなくて、暇を持て余してるわけだしな」
「ゼオンってアマネにあまいよねー。まあでも、きもちはわかるよ。結局みんな、同じことおもってるからここにいるわけだしね」
 アリーシャ、ゼオン、セイオスと、見た目がとりわけて若い三人が会話をする中、フィーツがヴェドニーダに最終確認をしていた。
「ヴェドニーダ、あなたはよろしいのですか? わたしたちとは違い、あなただけは彼に囚われていないはず。この儀を断ることも可能でしょう?」
「くだらんことを聞くな。我は奴を気に入っている。だから、すこし力を貸してやることにした。それだけのこと」
「……それならば、よいのです」
 安心したようにうなずいたフィーツが口をとじたところで、天音は前に手を突き出した。そして、溢れる血を操り魔方陣を描いていく。
「これより我が『イヴ』の魂を持つ器が、各柱の御仁と血の盟約を結ぶ。この魂が滅びるその日まで、『禁術』の封印をここに宣言する」
 柱の全員がそれぞれ同じ魔方陣をつくりだし、七つの陣が天音のそれに重なってひとつになった瞬間、真っ白なひかりが室内を照らした。
「はい、契約完了! おっと、さっそく禁を犯しているやつらを発見しちゃったけど……いいんだよね? アマネ」
「彼らにも準備が必要でしょう。セイオス、一日、お時間をいただけませんか」
「あまいなあ。ま、アタシはいーけど!」
 異論ない、とうなずき合う三柱こそが慈悲深いのだと天音は微笑み、「ありがとうございます」と
告げ周りに聞こえるよう大きな声を放つ。
「明日から、禁術を使用した者は属性がなくなり魔法が使えなくなる。三柱の皆さまがくださった猶予に感謝し、さっさと火消しに走るんだな」
 それ以上はもう話すことはないと、画面の向こうで慌てふためく代表らを無視し、通信を切ってふたたび柱たちのほうに向きなおり、改めて礼を口にした。
「今回は、ほんとうにありがとうございました。あなたたちのおかげで、魔法界の秩序が保たれます」
「気にするな。これが我らの役目。おぬしが大々的に動かなければ、よりめんどうなことになっていたのだ。我らとて、勝手に人間どもの世界に干渉し、混乱を招くのは本位ではない。遅かれはやかれ、結局はこうなっていたのだ」
「……ヴェドニーダ、貴殿に関してはわたしの願いに応える義務はないというのに、呼びかけに応じ、さらには協力していただき、ほんとうに感謝しています。ないとはおもいますが、わたしの力が必要になったときはいつでもお申しつけください。なにがあっても、必ず駆けつけます」
 ゆるりとおとこが首肯すると、ここにとどまっている理由がなくなった七人が天音に声をかけてから、ひとりずつ姿を消していく。一回一回丁寧にお辞儀をしてそれを見送り、いつも通りの空間が戻ってきたところで剛毅に話しかけた。
「あなたも、はやく動いたほうがいいのでは」
「そうですね。ですが、天音さまはまだここに用があるのでしょう?」
「……案内していただけるんですか」
「はい。まあ、わたしも彼には謝罪をしておきたいですし」
 彼は天音のもうひとつの目的を正確に把握していたようで、あっさりそこに入ることをゆるしてくれた。



prev / next


bookmark
back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -