登校してきた神崎くんにはいつものチェーンがなく、代わりに唇と耳たぶにガーゼが宛がわれている。
どうしたの、と聞くと、殴り合いの喧嘩した、と喋る度に痛むのか眉間に皺を寄せて拗ねたように呟いた。
あいつが悪いと不機嫌な顔をする神崎くんに更に聞き出してみると、どうやら神崎くんがとっておいた桃のゼリーを姫ちゃんが勝手に食べてしまったらしい。
何で話の前提が一緒の部屋にいることなのかとかあるけど、たったそれだけで殴り合いの喧嘩に発展しなくてもいいと思う。
確かに食べ物の恨みは恐ろしいとはいうけどさ、そんな酷い喧嘩をする程のことでもないじゃない。
それに姫ちゃんならゼリーくらい言えばいくらでも買ってくれるよ。
それを言ったら神崎くんはそのゼリーがただその辺のコンビニやスーパーで買ったものじゃなくて、お兄さんが旅行のお土産で買ってきてくれた地域限定の(しかも販売個数の少ない)お高いゼリーだったことを教えてくれた。
なら神崎くんも何でお家の冷蔵庫に持って帰らなかったのかなあ。何、最近二人で姫ちゃんが借りてるマンションの部屋に住んでるからってそんな俺達ラブラブですよアピール??
うわー胸ヤケしちゃうよ!

神崎くんは拗ねたまま、机に突っ伏してとうとうふて寝を始めた。
姫ちゃんと喧嘩した後の神崎くんは俺と城ちゃんがどう頑張っても機嫌を直してはくれない。(ヨーグルッチを与えるとほんの少しだけ、よくなるけど。でもほんと、ちょっとだけだ。)
下手したら余計に悪化することもあるから迂闊にものも言えない。
張本人の姫ちゃんじゃないと駄目なのだ。
なのにその肝心の姫ちゃんはまだ学校に来てないみたいで、それが殊更神崎くんの機嫌を悪くさせている。
まったく、何してんだか。


時間は進んで昼休み。教室で俺と城ちゃんの机を向かい合わせにしてくっつけて、それを3人で囲う。
そうやって昼御飯を食べるのがここ聖石矢魔に来てからの日課になった。
今日もそれは変わらず、机の上に思い思いの昼食を広げて食べていた、そんな時だった。
ガラリと教室の扉が開いてぬっと銀のフランスパン、間違えたリーゼントが姿を見せる。
姫ちゃんだ。遅い、遅すぎるよ。神崎くんの機嫌は最悪だよ。怒ってるのもあるけど姫ちゃんがいなくて寂しかったんだから。え?神崎くんのことなら俺は何でもわかるよ?
とにかく、姫ちゃんは今すぐ神崎くんに構うべきだ。昼御飯なんか食べるな。食べたら殺す。
俺の念が伝わったのかそれとも最初からそのつもりだったのか、本人にしかわからないが、入ってきてすぐ俺らに近寄ってきた。
無言でもぐもぐと生クリームたっぷりのチョコシフォンロールを頬張る神崎くんの少し後ろで止まる。

「神崎、」

「…………。」

呼びかけても神崎くんは知らんぷりだ。
一心に口を動かしている。
それから何度か姫ちゃんが名前を呼んだけどそれも全部無視。
さすがに姫ちゃんもしびれを切らして、声を荒げて神崎くんの肩を掴んだ。

「おい無視すんな!」

「……うっせえ話かけてくるなクソメガネそれぶち折んぞこらぁ!!」

神崎くんも蓄まってた鬱憤が爆発したようで、姫ちゃんが肩を掴んだのが引き金となったらしい。
そのまま口喧嘩を始めてしまった。

「昨日折っただろうが!!
あれレア物だったのに容赦なく真ん中でぱっきり折って踏みつけたのはどこのどいつだよ!!」

「そういうてめえはチェーン思いっきり引きちぎりやがったじゃねえか!そのせいで唇と耳たぶ切れてすげえ血出ただろ!!」

「ちゃんと手当てしてやっただろうが!!」

「うっせえバカッ!!だいたいなあ……!!」

ぎゃんぎゃんと昨日のことからちょっと前のことまで引っ張りだしてきて言い合いを続ける二人。
目の前で繰り広げられる痴話喧嘩に相変わらずよくやるなーなんて思いながらその光景を眺めていたら、ふと姫ちゃんの左手が何か持っているのに気付いた。
その手には高そうなお店のショップバックがさがっていて、そこから見覚えのある青いパックがちらちら覗いている。幾つかあるパックの隙間からは、きっとそのショップバックのお店で買ったんだろう商品の入った箱があって……
ああ、姫ちゃんが遅れてきたのはそういう理由だったんだね。
このままじゃ悪化するだけで切り出せずに終わってしまいそうな状態に、もういい加減助け船を出してあげようと声をかけた。

「姫ちゃんそれ何?」

「あ゙?……っああ、これは、その、」

俺の割り込みに邪魔をするなとばかりに二人揃って嫌そうな顔を向けてきたけど、その次には視線は姫ちゃんの左手のショップバックに動いた。
一瞬の沈黙の後、途端姫ちゃんは気まずそうになり、神崎くんも何なのかをなんとなく察したのか目を左右に動かして落ち着かない様子をみせる。
今度の沈黙は一瞬よりも長かった。これは姫ちゃんが切り出さないといつまでたっても気まずいままなんじゃないのかな。仕方ない、もう一押ししてあげよう。

「ほら、姫ちゃん」

「あー、その、昨日の詫びにと思ってだな、同じの、買ってきた……
あとヨーグルッチ」

ずいっと神崎くんの目の前に差し出されたショップバック。
それを受け取って中を見た神崎くんがほんのり頬を赤く染めて姫ちゃんを見上げた。あ、嬉しそう。

「姫川、」

「悪かったな……これで機嫌直せよ、けっこう探すの苦労したんだぞ?」

「っ、……お、おう、」

この後神崎くんも昨日のことを謝って一件落着。
仲直りした二人はこちらなんてお構い無しに連れ立って教室を出ていってしまった。うん、別にいいんだけどね。いつものことだし。
この間の目玉焼きにかける調味料のことで喧嘩してた時もその前の喧嘩もその前もこうだった。
毎回毎回飽きないよね。
きっとどこかで姫ちゃんが買ってきたゼリーでも食べるんだろうと、ぽつんと机の上に残された神崎くんの食べ掛けのシフォンロールを見て、神崎くんの機嫌が直ったことへの安堵とそれに勝る胸ヤケに自然とため息が溢れた。
本当ラブラブなことで。

「何か、もう昼ご飯いらないや。お腹いっぱい」

ごちそうさま。





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長いことお待たせしてすいませんでした!!
ケンカップルな姫神というリクエストでしたが、これケンカップル?と疑うような出来に、というか違いますよね本当ごめんなさいケンカップルを理解していない私にどうぞ踵落としの制裁を……!!
そして夏目先輩が二人のキューピッド的存在なのは姫神は喧嘩の度に夏目先輩にお世話になっていればいいのにという私の願望のせいです。
二人が喧嘩するのは楽しいからいいけどその後のラブラブな空気にはうんざりな夏目先輩。じゃあほっとけばいいのに、やっぱ神崎くんが寂しそうにしてるのが一番つまらないから結局助けちゃう夏目先輩。
そんな神崎くん大好きな夏目先輩おいしいです。
長々と申し訳ありませんしかも至るところでズレてて本当すいませんさくっと土星に飛ばされてきまs

リクエストありがとうございました!!




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