屋上でフェンスに寄りかかり、ぼんやりと景色を眺めていた。
錆付いた扉の金具が音を立てたのに振り向けばそこには赤ん坊を頭に乗せた生意気な後輩の姿。

「あれ、神崎お前学校来てたのかよ」

ロン毛の奴が心配してた、と続けながらこちらに歩いてくる男鹿にそういえば携帯に何件か着信があったなと思い出したが、取り出して返信する気にもなれずそのまま放っておくことにする。
少し離れた隣に男鹿がフェンスを背もたれに座り込むのを最後まで眺めてから、景色に視線を戻した。



「なんで教室こねぇの、」

しばらくして男鹿の口から出たのは俺への質問。
しかし俺はそれに答えなかった。

「おい、聞いてんのか」

答えない俺に苛立ったような口振り、相変わらず生意気な奴。
聞いてはいるが答えるかどうかなんてのは俺次第で、答えなかったのはその気になれなかったからだということに何故気づかないのだろうか。

「……神崎、何か言え」

随分とはっきり苛立ちを露にした声色で言われた。
だからてめえは後輩だろうが、"さん"か"先輩"をつけやがれくそ野郎、とでも言ってやろうかと思ったが、やはり「言葉を声に出す」という行為が酷く面倒で気が乗らない。
そんなに俺が何考えてるか知りたいなら頭かっ捌いて脳ミソ引きずり出してかち割ってでも見てくれればいいのに、そう思う。
それが出来ないのが現実なのだけれど。
意思を相手に伝えるには言葉や声が必要不可欠で、それがなければどんな手を使っても伝わるものは僅かにしかならない。
人間てのはどうしてこんなにも面倒なんだろうな。

「神崎!!」

とうとう痺れを切らした男鹿が立ち上がって、フェンスに手をかけ凭れる俺の身体を引っ張り無理矢理自分の方に向けた。
掴まれた腕が痛いと思ったし、あまりにも強引で傲慢な態度に正直、気の長くない俺はカチンときた。
肩を掴む男鹿の手を引き剥がして睨み付ける。

「睨むんじゃなくて何か言えっての、ムカついたんだろ俺に」

「…………。」

「……何でずっと黙ってんだよ、お前」

俺が頑なに口を閉ざしたままなので苛立った様子から一変し不安そうな顔と声でそう問われる。
こいつも不安に思ったりすることがあるんだな。
いくら馬鹿みたいに強くて喧嘩しか頭にない化け物みてぇなヤツもやっぱり人間らしい。
しかし何度聞かれようと答えは同じ、俺の中で先程からくるくる反芻している。
あまりにしつこいからそれだけ言ってやろうと仕方なしに軽く口を開いたが、心の奥底でやはり声に出すのは面倒だと思っているのかもしれない、どんなに出してみようかと思っても喉で詰まって出てこなかった。

「神崎……?」

うるせえな、ちょっと待てよそんな顔すんじゃねえっての馬鹿野郎。
何でこいつが泣きそうな顔する必要があるんだ、意味がわからない。

(泣きたいのは、)

声に出せない言葉を目の前のヤツにどう伝えられるだろうか、そう考えていたら偶然携帯の着信が鳴ったのにこれがあったと気付く。
おもむろに取り出して、メールの機能を立ち上げた。
着信は無視した。
夏目からだったし、出たって何も言えないから。
カチカチと言葉を打ち込む俺を、男鹿はさっきと変わらない顔で見ていた。

こんなこと伝えたら、こいつでも泣くのだろうか。

(こっちだ。)



『声が出ない』





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本当すいませんでした。
たぶんこの男鹿は神崎くんが好きなんだと思う。




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