外食産業というのは基本的に季節やイベントには敏感な業界だ。それもそのはず、その季節に美味しい旬のものを出すのは当然として、人間という生き物は大層限定品に弱い生き物なのである。それを狙わずして何がファミリーレストランか。
 そういったわけでおれの勤め先のバロックワークスでも今回また新商品の提案がなされている。問題はなんでおれがその試食会に参加させられてるかなんだけどね? 社員じゃねーんだけどな……ただのバイトに仕事させ過ぎじゃないのオーナー。そのうち超過時間でしょっぴかれるんじゃねーだろうか。金払いはいいからブラックと言い切れないんだろうけど完全に黒寄りの灰色だからな。
 見慣れたシェフの人たちが緊張の面持ちで並んでいる。多分今頃胃でも破裂しそうなんだろうな。わかるわかる。オーナー妥協を知らないからめっちゃ怖いよな。


「今から試食会を始める」


 ギラギラとした爬虫類の目で見た目にも華やかなバレンタインスイーツを見下ろしている光景はなんかおかしいような気もするが、ツッコミを入れてはいけない。
 オーナーの一声で試食会は始まった。スイーツが並べられていて全部美味しそうにも見えるが、正直そこまでたくさん並んでいると食べてもいないのに胃がもたれそうな気がしてくる。量って大事だと思うの。
 社員さんの中に混じってバイトはおれ一人という疎外感を味わいながら試食会に専念し、食っては感想を記入し食っては感想を記入しを繰り返していると、いつの間にか秘書さんが隣に立っていた。あ〜マジで美人……頭よさそう……おれのような三流大とはとても釣り合わなそう……めっちゃいい匂いする。


「あら、オーナーのお気に入りくん」

「いつも思うんですが、その呼び方長くないですか」


 この際お気に入りなのは否定しない。使い勝手のいいバイトとして、仕事のできるバイトとして気に入られている自覚はおれにもある。そうじゃなかったらあの嫌いなやつはとことん嫌って社会的に追い詰める系オーナーにここまで自分の店で働かされないんですよね〜!


「大変ね、バイトなのに」

「あー、でも金もらって美味いもん食わせてもらってると思えば」

「前向きなのね」

「どっちかって言うと割りとポジティブですね」


 食いながら関係のない話を続けていたら、オーナーからギロリと睨まれた。びくっと怯えるおれとは違い、秘書さんは柔らかい笑顔でオーナーに手を振っている。秘書さんのメンタルちょっと強過ぎません?


「で、イードくん、一通り食べてどう思う?」


 睨まれても気にしないでおれに話しかけてくるあたり、本当に秘書さん心が強い。仕事の話に切り替えたからということもあるだろうけど、笑顔が一切崩れないのでこの人の笑顔が綺麗であると同時に恐ろしいところがある。ていうかおれが全部食べ終えたこと気が付いてたんだ、さすがオーナーが秘書にするだけのことはあってめっちゃ仕事ができるな……格好いい……。


「んー、この中でおれが金払って食うもんはないですかね」

「あらそうなの?」

「おれが甘いもん大量に食うタイプじゃないからってのもありますが、全体的にどれも量多くないですか。バレンタイン向けならデートってことになるんで、もうちょっとこう、量少なめでお洒落な感じっていうんですか? そんな感じにした方がいいと思います」


 高級感が売りのうちのファミレスにしては全体的に量が多めというか、食べたらそれで満足してしまうような感じというか。また食べようという気にはならない量だ。もうちょっと後をひかせるために少なくしていいと思う。デートなんだからちょっと高かろうが美味しそうなら食うしなあ……。


「あと大人向けでビターが多いじゃないですか」

「そうね、背伸びしたい子どもにもぴったりだと思うけど」

「それはそうかもしれないんですけど、洋酒系のチョコレートがないですよね。ブランデーとかウイスキーとかなんかのリキュールとか、あとシャンパンとかそういうのが」


 ガッチガチの大人向けのがほしいの……。年齢確認してもいいからそこらへんのウイスキーボンボンより酒が濃いものがほしいの……。商品開発にかこつけて自分の食べたいものを入れていく、それがおれです。酒入りのチョコレートはそこまで甘くない上に普段飲まない酒の味まで楽しめていいと思うんだよね。ブランデー飲まない人でもブランデー入りのチョコレートはそんなに抵抗なく食えるし。


「たしかに酒入りも、酒に合うものもねェな」

「ですよね。って、オーナー……いきなり背後に立つのはやめてくださいよ……」


 さっきまであっちから睨んでたはずのオーナーは気が付いたらおれの背後に立っていたようで、そうやって声をかけてきた。ちょっとびびった。なんだおれが悪いって言うのか? おれに楯突こうってのか? あ? みたいな雰囲気を感じて「いや、オーナーが悪いって言ってるわけじゃないです」と思わず言い訳じみたことを言ってしまったけど仕方ないと思う。
 オーナーはおれの言葉で睨むような目付きをやめて、秘書さんに指示して色々と書かせていた。パティシエだの材料だのどっかの店の名前だのが出てきて、自分の意見がおおよそ通ったらしいことはわかったが、正直なんのこっちゃわからない。かといってオーナーを無視して何かをするわけにもいかないのでじっと待っていると、ちらりと視線が向けられた。


「お前、洋酒系のチョコレートが好きなのか」

「へ? ああ、そうですね。バレンタインに自分で買いにくのは恥ずかしすぎるんで女友達に金出して買ってきてもらうという虚しい思い出もありますよ……」


 自分が食べたいから買ってきてもらったというのに、買いに行かせるための食料費の方がかかってしまったことはボニーならではの悲しさである。おれの話に秘書さんは「ふふふ」と笑ってくれたが、オーナーは可哀想なものを見るような目でおれを見ていた。やめて! オーナーのような見るからにモテる男とは違うんだぞ!

バイトさん主とクロコダイルで新作チョコスイーツの実食会@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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