キッドたちを見送ってから少し早いけれど仕事に戻った。五時前後は微妙に人がいないのだが、自分の使っていたテーブルを片付けるなど、やることがないわけではない。清掃道具を持って先ほどのテーブルに戻ると、近くの席でトラファルガーと呼ばれていた常連さんが勉強しているのが見えた。うーん、やっぱりよくわかんないものをやっている。おれの視線に気が付いたのか、常連さんが顔を上げてそれからじっとおれの顔を見てきた。


「あれだな」

「……どれですか?」

「さっきと印象が違う」


 休憩中にダレていた姿と仕事している姿の印象が同じだったらむしろ困るしそれはそれでいいのだが、鋭そうなこの人がそう言うということはよほど印象が違うということなのだろうか。討論を重ねる時間はないので「へえ、そうなんですか」とアホっぽい返事しかできなかった。常連さんもアホっぽいと思ったのか、目を点にしておれのことを見ていたかと思えば、クククと喉の奥で笑い始めた。アホっぽかったのは認めるが笑うほど面白いことを言ったつもりはない。……今日はなんかよくわからん人の多い日だなあ……ルッチさんとか……あの人ほんと怖かったわ、なんだったんだろう。できればもう会いたくない。


「なあ」

「はい?」

「ユースタス屋と仲良いんだろ?」

「ええ、まあ」


 学科は違うから一緒に授業受けたりとかはしないし、昼飯も違う友人たちと食べる。キッドはバンド組んでるけどおれはなんもしてないし、家だって遠い。それでも一緒にいるようになったから仲が良いんだろうし、キッドも仲良いって思ってくれてるはず。改めて考えたことはなかっただけの話だ。
 頷くと「じゃあおれとも仲良くしようぜ」なんて意外なお誘い。キッドのこと嫌いならおれも芋づる式に嫌われそうなものだと思っていたのに……っていうかここでおれがイエスって答えたらキッド怒りそうだなあ……なんか沸々とすげー嫌な顔でもして。でも常連さん自体は悪い人じゃなさそうだし、仲良くしませんって言うのもなあ。


「……嫌か?」

「え、あ、嫌じゃないですよ、全然」


 むしろ色々話してみたいとか思ったりするという本音をそのままぽろっと言ってしまえば、笑顔でさらさらと紙にアドレスを書かれて渡された。……わーい、なんか彼女に黙って浮気しかせてる男の気持ちを体感中。これ、修羅場とかにならないよね? おれ挟んで喧嘩されるとかマジで勘弁。そう思うなら受け取らなければいいんだけど受け取っちゃうよね! 常連さんがいい人っぽいこと知ってるから断れない性格が発揮されてしまう。チキンじゃないです、ええ。……家帰ったら真っ先にアドレスもらったって言おう。そしたら破られるかもしれないけど、黙ってるよりはよっぽどいい。


「おれはローだ。お前は?」

「あ、イード、よろしくな」


 さらっとよろしくという言葉を出してしまった自分が憎い。アホか。完全にアホだ。頭を抱えたいところだったが、今のおれは仕事中。自分の使っていたテーブルを素早く片付けて戻ることにした。そうこうしていると来店を知らせる音がして、おれはローに軽く挨拶してから入り口に向かう。入り口には見知った顔の連中が来ていた。


「お、イードだ!」

「おー、お前ら来たのか」


 ルフィとゾロ、ナミにウソップ、そんでもってサンジの高校生五人組だ。本来なら後輩でもない彼らと仲良くなることはまずなかっただろうが、中学生の時に引っ越した年下幼馴染みのサンジがいたので、こうして会えば話すまでに至った。それでなくともよく食うルフィはボニーを彷彿とさせてとてつもない印象として残っていたのだが……。
 仲のいい五人組を案内して、水を持ってきてやるとルフィが死ぬほど頼み始めた。聞いているだけで嫌になる量である。今日の厨房メンバーは悲惨だな……ボニーとルフィの二人分だなんて……。


「イード、これ返しとくぜ」

「ん? ああ、っておい今返すなよ。仕事中だぞおれは」

「いいだろ、重いんだから受け取れ」

「お前が勝手に持ってきたんだろ……」


 貸していた漫画を取り出してサンジが突き出してくるもんだから、おれも突き返した。仕事中に何度返すなと言えばわかるのか……。するとサンジがしれっとした顔で言った。


「じゃあ終わりまでいるから持って帰れ」

「終わりまで? バイトの? ダメ、帰んな」

「なんでだよ」


 ムッとしたサンジに「今日夜中までだからダメ。高校生は帰んなさい」と返せば、余計にサンジがムッとした。子供扱いすると怒るのは昔から変わらない。て言うかおれがどう思ってるとかじゃなくて、法律的に高校生はその時間に外にいたらまずいだろ。


「じゃあサンジくん、直接イードさんの家に行ったら?」

「えっ、ナミさんそれは……」

「別にそれは構わないけど……お前、おれん家わかる? 一回しか来てないからわかんないんじゃ」

「いや、わかる!」


 なぜそんなに声を大にしたし。サンジから一番遠いところに座っているゾロが「張り切りすぎだろキメェ」と呟いていた。それに突っかかりそうになるサンジをナミとウソップが止めている。いい子だなーなんて思いつつ、おれは仕事に戻ることにした。


「じゃあ家にキッドいるから渡しといて」


 この言葉がどうやらかなり余計だったらしいことは、仕事に戻っていったおれには知るよしもなかった。


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