いつものように棺船の上で寝ながら海上をさまよっていたら、目の前を大きな船が通過していった。あわやぶつかりそうなほど接近していてすこし揺れたが、棺船はどこかおかしくなるようなこともなくおれを放り出すこともなく、ただ平然としていた。さすが世界一の船大工が作った船だよなァ、ボートみたいなレベルだけど。さあもう一眠りするか、と思ったら、さきほどの船が海上で停泊したのが見えた。ん、なんだ? やんのか……ってあれ、海軍の船か。もしかしておれになんか用でもあった感じなのかな、会議とか? だからと言っておれは近寄ることもせず、ただぼうっとその船を眺めていた、ら。


「えっ、なんじゃァ、マジか?」


 思わず方言が口から飛び出すくらい驚いた。なんと、船から海上に降りてきたのは青雉だったのである。青雉って仕事するんだ、じゃなくて……なんで青雉が降りてきたんだ? 海を凍らせた青雉が悠々とこちらに向かってくる……っておい、こっちまで凍りついてんじゃねえか。棺船が痛むだろうが。何してくれてんだこいつ。
 起き上がりこちらに歩いてくる青雉に一つ睨みを利かせると、両手を上げて降参とでも言いたげな顔をしていた。挙げ句、何も言わずに縁に腰掛けてくる。いったいなんだ。意味が分からん。何しに来たんだこいつは。


「よっ、久しぶり、鷹の目」

「……ああ、久しぶりだが……この氷、どうするつもりだ。船が動かん」

「んー? まあ二、三日経てば溶けるっしょ」


 舐めてんのかこいつ。おれに二、三日、こんな微妙に寒い海上にいろと? 特に予定があるわけでもないおれだからまだしも、クロコダイルやドフラミンゴだったらタコ殴りじゃすまされないだろうに……大将と七武海の戦いって面白そうだな。危なそうだから絶対に近くでは見たくないけど。
 それにしても青雉のやつ本当に面倒なことをしてくれたようだ。本気で凍らせたわけでもないだろうから、壊せないこともなさそうだが……。ん? じゃあ切っちゃえばいいんじゃね? 名案とばかりに刀を背中から引き抜き、船の周りと船の前方の氷を切って道を作った。……フフフ、我ながらなかなかよくできたんじゃないか。


「うわ、すっげェ」


 あ、すっかりこいつの存在忘れてた。刀を背負い直して振り返れば、やる気なさそうな顔をして青雉が拍手をしてきた。こいつ本当にすごいって思ってんのか? すっごい思ってなさそう。そういえば初めて青雉のこと見下ろしたかも。こいつも大概人間サイズではないと思う。センゴクさんやガープさんはまだ人間サイズだし、おつるさんなんかマイエンジェルだからそっちに会いたくなってきた。しかし海賊であるおれがそうほいほい会いに行くのもおかしいし、何より航海術のないおれには端っからたどり着けないのであった。完。
 おれの脳内で一通りの話が終わっても、青雉のやつは縁に座ったまま長い脚をプラプラさせている。何してんのこいつ。本当に何しに来たの。じろりと視線を向けても飄々とした表情を見せるだけでそれ以上のことは何もない。何考えてるのかさっぱりわかんない人ってこわいよね。


「……青雉、一体何の用だ」

「いや、別に? ただ鷹の目が見えたから珍しいなーって来てみただけ。仕事面倒だったし、今このまま逃げようか考えてるとこ」


 人間のクズめ……あ、いやそもそも定職に就いてすらいないおれの言えることではなかったな。うわ、自分で考えたことだけどすっごい刺さるね、定職に就いてないってのは! そうだよな……おれって海を漂流した挙げ句、そこらへんの海賊狩って金稼いだり、あるいは適当に自給自足してるだけだもんな。いや、自給自足してんだから別に定職とかいらねえよ、うん……そうに決まってる。とりあえずそんなことを考えさせた目の前の青雉には早々に帰ってもらおうじゃないか。


「ならさっさと船から降りろ」

「えー、そういう冷たいこと言っちゃう? 乗せてってやるぜ、みたいなのないの?」

「船は一人用だ」


 この男アホなのか。可愛い猫とか犬とか鳥なら拾ってやることもやぶさかではないが、なぜ自分よりでかい男なんぞを船に乗せてやらねばならないのか。おれは絶対に嫌だ。可愛い子供や女の子なら構わないけど、それに関しては逆にこの船に乗せるのが申し訳ないし。百歩譲ってシャンクスのやつなら乗せてやってもいいが青雉は完全に赤の他人だ。シャンクスは一応、友達みたいなもんだと思うし……友達だよな? あれは友達だよな? ちょっと不安になってきた。
 おれが自分の交友関係について悩んでいると、青雉の乗っていた船から何かが飛び出してきたのが見えて、あれ、なんだろうな、と思っている間におれは刀を抜いていた。がきぃん! と甲高い音がして何かと思ったら、目の前に黄猿がいた。……えー!? なんでおれ攻撃されたの!? 驚いているおれとは反対に黄猿はいたって穏やかに笑みを作っている。


「オー、久しぶりだねェ、鷹の目」

「……久しぶりだが……いったいなんなんだ、お前らは」

「んー? いやァ、わっしら三人、ちょぉっとマリージョアに用があってねェ」


 ならさっさとマリージョア行けよ。そう思うおれの横で青雉がうえーっという顔をした。マリージョアという土地柄、なにかの面倒事なのだろうが、まったくもっておれには関係のない事だ。できれば巻き込まないでほしい。……ん? ていうか、三人? 今三人って言わなかったか?
 思っている間に実にいい音がしてそちらを見ると氷がマグマにやられいた。うわああああああそれはダメだわ! 氷だって船痛むけど、マグマは全焼しちゃう! やめてください赤犬さん!
 おれが脳内で真剣にお願いをしたせいか、ある程度溶かしたところでマグマは勢いを止め、見覚えのあるシルエットがこちらへ歩いてくるのが見えた。うわあ、……海上で三大将がそろっちゃったよ……。おれは関係ないんだから早々に開放してもらえないだろうか。


「さっさと戻ってこんか、こん馬鹿者が!」


 赤犬が大声で怒鳴る。主に、青雉に向かって。青雉はうんざりというかぐったりとしたような顔をしていたが、赤犬の言葉がどう考えても正論なので項垂れる背中に蹴りを入れて船から蹴り落した。「うわいってェっ!」と文句が聞こえたが、そりゃあ覇気込みなんでね、痛いでしょうよ。青雉は凍った海面の上に着地をしてから何やらおれに対する文句を言い始めたが、無視だ無視。青雉の乗っていたところをあからさまに手ではらえば、黄猿が楽しそうに笑っていた。けれどそんな空気は唐突に熱せられた──物理的に。わァ……赤犬がぐつぐつ言ってる……。


「お前らァ……! わしの話を聞いとらんのか……!」

「さっさと戻れ。このままじゃおれの船まで燃やされる」

「えー? ここは心配すべきところでしょ」

「薄情だねェ、鷹の目」


 悠長にへらへらしている二人の大将を見ていると赤犬が気の毒にすらなってくるが、そんなことを言っている場合ではない。仮にもし赤犬が攻撃をしてきたら、おれはともかくとして棺船のことは守りきれないのである。仕方がないので覇気を込めて刀の背で青雉の頭を思いっきり強打した。「いッ──!」と結構マジな声を上げたので余程痛かったのだろう。それから刀の先で襟の後ろにひっかけ、ぐつぐつに煮立っている赤犬がキャッチしやすい方へぶん投げた。赤犬は見事キャッチをするとおれに鋭い目線を寄越してから、そのままずるずると青雉を引きずって行ってしまった。……相変わらず好かれてはいないようだ。これで危機もなくなったし、また漂流を再開しようか──と考えて目の前にまだ黄猿がいることに気が付いた。黄猿はまだ凍っている海上に立って、にこにこと笑っている。


「……なんだ」

「いやァ、別に? じゃあねェ〜」


 言って、黄猿は去っていった。……相変わらず何を考えてるのか一番わからない人だった。おれは思いっきりため息を吐いて、椅子に腰を下ろした。久しぶりに他人に会ったが、こんなことになるのならしばらくは人に会いたくないものだ。

青は進め、黄は注意、赤は止まらないと死ぬぞ
ミホーク成り代わり主で三大将@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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