@130727〜130921


「なァにをやっちょんじゃあもう……」


 思わずそうしてがっつりと訛りが出てしまうほどには、おれは落ち込んでいた。水を吸って重くなった服を引き摺るようにして座りながら、寝ている間にものすごく船が揺れる海域にインしていたらしいことを悔やんだ。雨はザアザア降ってくるわ、波がドンキホーテ・ドフラミンゴやバーソロミュー・くま並みにでかいわと、完全に嵐の中に入ってしまったみたいだ。視界不良すぎて笑えない。もはや人力のオールでどうこうなるとかそういう問題じゃないレベルなんですけども。波とか大きくうねってますし。なんなのこれヤバくね? おれの身体……というかジュラキュール・ミホークの身体なら海に落ちたって死ぬことはないと思うけど。丈夫だし、あとまだゾロとどうこうなってないし……。こんなに性格や行動の違いそうなおれが原作みたいに七武海やら世界一の剣豪として名を馳せているのだから、おそらく原作補正的な力があるのだろうし、少なくともおれの知っている巻までは生き延びることはできると思う。しかしまあ揺れる揺れる。驚異のバランス感覚を持つおれでもマジで船から落とされそう。さすがのおれも船なしで漂流はしたくないし……刀のことがあるから遠泳もごめん被りたい。塩水にさらすとかマジ邪道。今嵐の真っ只中だから既にヤバいことになってるけどな! どっかに島ないもんかね、そろそろおれの夜が錆びちまうよ……いや錆びないとは思うけど……錆びない……錆びないよな? 頼むぞ、夜──ぐらっ。


「あ」


 船から手を離して夜に手をかけた瞬間に船体が大きく揺れ、慌ててバランスを取ろうとするもむなしく海にダイブした。あかん! 船! おれの棺船ーっ!

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 どうにかして泳ぎ着いた場所は、ゴミの山のような場所だった。鉄屑やらなにやら、なんだここは。とりあえず嵐は止んでいたので嬉しいのだが、ぜんっぜんどこだかわからない。それはいつものことなのでいいとしても、……棺船はやはりここにはなさそうだ。落ちてから海面に顔を出すまでの間にすっかり棺船の姿はなくなっていたので、もしかしたらと思ったのだが……。元々あんな嵐の中をボートってのはさすがにあんまりにもあんまりだったのだろうか。いや、でも棺船なら……ってことはおれが手を離したのが悪かったんだろう。海のクズめ! ごめんな棺船!!
 船どうすっかなァ。棺船には愛着も思い出もあったし、それ以前におれには結構あってたんだけど……どうせどこに行くとかおれにはできないし、漂ってるくらいがちょうどいい。操舵とかできないと思う、面倒だし。一人旅だから確実に寝るし。あーあー、もう、どうしたもんかな。


「──大丈夫か!」


 考えるのが嫌になってばたんと倒れこんでいると後方から声が聞こえてきた。随分と心配そうな声だ。きっとこの嵐でいなくなった誰かを探していたとかそんなんだろう大変だな、まったく。「おい!」。至近距離からの声。ちらりと目線を向けるとバッチリ目があった。え? ……もしかしてこの人、おれのこと心配して声かけてくれてたの? ヤバい、ものすごく久しぶりに他人から心配されてにわかに心が踊った。あきらかに男だけどこのままじゃあ惚れかねない──なんて変な方向に考え始めた頭が急に冷静になる。男なんか好きになるか。つーか……おれ、この人のこと知ってる気がする。気のせいか? 人との関わりが少なすぎてついに人間の顔をうまく認識できなくなったのだろうか。目の前の男はおれの顔をまっすぐ見るなり、とても驚いた様子を見せた。


「……お前、鷹の目のミホークか」

「……そうだ」


 一瞬、やっぱり知り合いか! なんて思ったけどすぐに自分が有名人だったことを思い出した。じゃあ、当然っちゃあ当然か。一般人がそこまでおれの顔を知ってるとは思えないから、もしかしたら賞金稼ぎとかなのか、身体細いけど。……ていうかこの人、おれが鷹の目ってわかったのに警戒してないぞ。あれ、普通、七武海を知ってるんならおれが寝転がってても怖がるよな? じゃあマジで知り合いか。でもその可能性はないと思うんだよなァ、基本的におれ友人も知り合いも片手で事足りるし。……自分で思ったのにどうしてこうもぶっ刺さるんだろうか。つら。


「なんで廃船島にお前が……」

「……廃船島?」


 起き上がり辺りをぐるりと見回せば、たしかにただのゴミ山というよりは船だったものの集まりのように見えた。この男のように、何故か見覚えのある場所。ううん……? たくさんの橋、でかい扉に書かれた番号、──廃船島。わかった。ここはW7だ、最高の船大工トムのいた造船所の島。そして目の前の男を、おれは知っている。正確に言うと、この男と同じ青い髪と意志の強そうな瞳を持つ少年を、ということになるのだろうか。


「……トムの弟子──アイスバーグか」

「!」


 これでもかと言うほど目を見開いて驚いた男──アイスバーグは、とても泣きそうに顔を歪めていた。「トムさんの名前を、呼んでくれるか」。小さな声で呟かれたその言葉はひどく重く突き刺さった。
 ……去年、トムはオーロ・ジャクソン号を作った罪で死刑宣告、司法機関に引き渡されたと報道されていた。おれは世情に疎いのでたまたま聞いた話だったが、知らぬ相手ではないのでかなりショックだった。おれがいたらなにか変わっただとか助けられただとかそんな大それたことも、どうにかするつもりがあったとか迷っていたとかそんな言い訳を言うつもりもない。だっておれは、トムが死ぬあの事件のことなんてすっかり忘れていたのだから。
 だからそんな気は全くないのだが、それでもおれだって普通の感性を持った人間だ。知っていたのに何もしなかったことに関して罪悪感を覚える。しかも、それなりに、……恩人。
 おれが旅に出たばかりの頃は棺船もなく、ただのボートであっちこっちに行っていたわけだが、たかがボートで乗り越えられるほどグランドラインは簡単な場所じゃあない。おかげで何度も何度も買い換えるはめになったし、ボートに乗っている時間よりも遠泳してる時間の方が長かったくらいだ。けれどロジャーが海賊王になる頃、おれはW7に辿り着いて、トムとアイスバーグに棺船を作ってもらった。以後十五年おれが生きられたこれたのも二人のおかげと言っても過言ではない。そんな恩人を軽く見殺しにした挙げ句十五年も乗っていた大切な棺船をどこかにやってしまったというダブルパンチがおれの心にクリーンヒット。身体は強いけど心は弱いのよおれ……。
 泣きそうなアイスバーグを見ると、おれまで泣きそうになる。おれの方には若干意味違う意味も入ってるけど。相手が子供だったらおれの目付きが鋭すぎてようがキャラじゃなかろうが抱き締めてやるくらいのことはするのだが、おっさん同士だ、アイスバーグだってそんなことは望んでいないだろう。……何か、言わなくては。罪悪感がおれを駆り立てていた。


「……惜しい人間を亡くした。トムは、懐の大きい、世界一の船大工だった」


 おれの言葉でアイスバーグの顔がこれ以上にないくらい歪んだ。泣くのを必死に堪えていると言った顔だった。それがざくざくとおれの心に刺さる。……おれはそんな辛そうな顔をさせようと思ったわけじゃないんだよ。見ているこっちの方が苦しくなるような顔をしているもんだから、思わずおれは手を伸ばしていた。手のひらで隠すように目元を覆った。


「泣け。どうせここにはおれしかいない。そのおれも、見てはいない」


 言って、ものの数秒で涙が流れてきた。口を歪め、身体を震わせたアイスバーグからは小さな嗚咽が漏れ始める。本格的に泣くのには適すとは言えない体勢だということは重々承知していたので、アイスバーグが握り拳を作った時点で手を離した。代わりにすぐに後頭部をつかんでおれの肩に顔を埋めさせる。
 アイスバーグが女の子だったら問答無用で抱き締めたんだが、おっさん同士なのでさすがにそれはまずい。……こうやってる光景も、さぞやうすら寒いことだろうけれど。


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