センゴクが朝からマリンフォードの本部に出勤して、書類仕事に追われていると控えめなノック音が部屋に響いた。「入れ」と声をかければ、「失礼します」という言葉と共に部下が頼んでいた資料を持ってきてくれた。置き場所を指示し、礼を言って書類に視線を戻すと、「あの」と声がかかる。顔を上げれば邪魔して申し訳ないとばかりの表情をした部下が話し始めた。


「一応ご報告を、と思いまして」

「何の話だ?」

「今日も大将青雉は真面目に仕事をなさっていました。昨日、元帥は気にしていらっしゃったようでしたので」


 そういえば、とセンゴクはクザンのことを思い出した。いつもならば仕事をしろと言ってもまったくしない男なのに、昨日に限って何故か仕事を張り切ってやり始めたので、天変地異でも起きたかとセンゴクは思ったのだ。どうせまともに続きはしないと考えていたのだが、昨日に引き続き今日もきちんと来ていると聞いて素直に驚いた。メガネをかけ直して、センゴクは部下に言う。


「ならばクザンのやる気があるうちに仕事を目一杯回しておけ」

「は、はい!」


 いつ切れるかわからないやる気だ、できる限りのことはさせておこう。そうセンゴクが思ってしまったのも致し方のないと言えるほど、クザンの普段の態度はよろしいものではなかった。暇さえあればあっちへこっちへ。いや、暇などなくとも好き勝手やり放題が正しい。無論、その先で海賊を退治することもあるのだから無駄な行動とは言えないのだが、海兵である以上最低限のことはこなす義務があるだろう。
 これで少しはまともになればいいのだが……と考えながらもすぐに飽きるのだろうということは今までの経験則から嫌というほどわかっていた。ため息をついたセンゴクは目の前の部下がまだ部屋を去っていないことに気が付いた。


「まだ何かあるのか?」

「……余計なことなのかもしれませんが、ガルム大佐が、ですね、」

「ガルム? まさか仕事をしているのか?」


 まだ二日目だぞ、と眉間に皺を寄せれば「そういうことではなくて……」と歯切れの悪い返事が戻ってきた。言いづらそうにしていた部下だったが、報告義務があると思ったのかセンゴクにガルムのことを報告した。それを聞いてセンゴクは机を叩きながら立ち上がる。そして部屋を飛び出して鍛錬場に向かった。
 部下曰く、二度ほど鍛錬場の前を通った時に端で淡々と鍛錬をするガルムの姿があり、周りの連中に聞いてみたところ自分たちが来た時には既にいたと聞いた、ただ鍛錬をしているだけならば報告する必要もないとも思ったのだが、五、六時間も連続で鍛錬を続けていることから周りがその空気に飲まれてしまうのではないかと心配した、ということだ。まったく、その通りだとセンゴクは思った。
 鍛錬場に着いてみると、予想していたよりも熱気に包まれていた。ガルムの張りつめた空気が伝染したかのようにいつもよりも新人たちの訓練に熱が入っているし、休憩しているものはガルムの行っている体術の鍛錬を見て勉強しようとしているように見えた。良い影響もある、わかってはいるが、──


「ガルムッ!!」

「……は、い」


 センゴクの声が鍛錬場に響けば、ガルムは振り回していた拳をおろし、まっすぐにセンゴクを見つめてきた。ぽたりと汗が落ちる。何時間も休憩を入れずに鍛錬をすれば歴戦の経験とかなりの体力を持つガルムでも汗をかくのだろう。センゴクはガルムを見て、怒っているというアピールを崩さない。


「ガルム、私はお前に仕事をするなと言ったな」

「仰られましたね。ですから仕事はしておりません」


 いつもの無表情でしれっと言うガルムは汗はたらしても息は切らしていないようだ。一つも疚しいところなどないとばかりの態度に、センゴクの握った拳がわなわなと震えた。わかっている。本来ならば怒られる謂れなどないことだ。しかし今回ばかりは勝手が違う。


「一緒だ、馬鹿者! いいから来い!」


 そう怒鳴りつけてセンゴクは先に歩き出す。怒り心頭とまではいかずとも、休暇の件についてあまり理解しているとも言えないらしいガルムに頭が痛くなる。ガルムが悪いと言い切れないところが余計に頭を悩ませた。
 鍛練場を出たところで、センゴクは振り返りガルムを見た。「貴様の隊を休暇にした理由はわかっているな」。言えばガルムは頷き、少しの間ののち、おおよその正解を述べた。わかっているじゃないか。「……ならば」とセンゴクは言葉を続ける。


「ここでお前が鍛練することで、下のやつらがどう行動するかを考えろ。お前が仕事をしていると休めないと思う連中だぞ? 上官が休暇二日目の早朝から本部の鍛練場で何時間も鍛えていると知ったら真面目なお前の部下はどう思う?」


 正直、ガルムには上司として部下に対する理解というものが乏しい。他人を自分と違うものとわかっていながらもあとほんのすこし至らない。気遣っていないわけではない。可愛がっていないわけでもない。
 けれど、どこか上司としては欠陥がある。どちらかと言えば理想の部下なのだ。仕事ができて、労働を惜しまず、文句の一つも言わず任務を遂行してみせる。戦闘の指揮官としてならば超一流だというのに……。基本的に微動だにしない無表情もいけないのだろう、部下にはすこしばかり重荷だ。
 ……あまりにも問題があるようならば、他の隊に一海兵として入れることを考えなければならない。けれどガルムはセンゴクに「申し訳ございません。考えが足りませんでした」と言って頭を下げた。
 センゴクにはわかっている。本人に悪気はなく、悪いところがあるのなら改善しようという気概はある。ただすこし、仕事に一直線すぎて周りを理解しえないだけなのだ。ならば教え込まねばならない。センゴクは覚悟を決め、厳しい顔を保ったまま命令を出した。


「ガルム、お前には少なくとも三週間は本部への立ち入りを禁ずる」


 言った瞬間、ガルムはほんのすこしだけ目を見開いてそれからしっかりと頷いた。「承りました」。そうして再度頭を下げて謝ってからガルムは踵を返してセンゴクの前から立ち去った。ガルムはサカズキが海賊に捕まって命が危ない、など有り得ないほどの余程のことがなければ命令を守る男だ。頭がいいので抜け道があれば屁理屈を使ってくる可能性はあったが、今回のセンゴクの命令は抜け道を捜せるような内容でもないはずだ。どんなに理不尽であろうが、どんなに気に入らなかろうが、ガルムには無関係に守るべき命令なのである。……長く付き合わなければその感情の機微さえまったくわからないのだが。そう考えてセンゴクは深いため息をついた。


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