あわや交戦か、と思ったおれをフランキーさんは綺麗に裏切ってくれた。こちらでできたばかりの知人と初めて飲みに行くのだという話をしたら、すぐさま納得しておれを解放してくれたのだ。「そういうのは初めが肝心だからな!」と兄貴風を吹かせてくれたのだが、多分彼はおれが女と出かけると勘違いしているのだろう。言ったらこっちに参加しろと言われそうなので、相手が男だというのは言わないでおいた。その後名前と連絡先を教えてもらって、明日飲みに行くことになった。
 海賊を引き渡しに行くと言うフランキーさんたちと別れ、おれはまた裏町をうろつく。「一緒に行くか?」なんて聞かれたものの、丁重にお断りしておいた。駐屯所なんて行ったら海兵だということがばれる可能性があるし、フランキーさんは政府とか海兵とかそういうものを嫌っていそうな人の気がする。あの人、素直だからすぐにぶん殴ってきそうだしな。
 裏町をうろついても特に面白いことは起こっていない。ちらりと腕時計を見れば、まだそれなりに時間があった。ふう、とため息をついても解決しない。ふらふら歩きながら何かないかを探す。何かしら、やれることを見つけなければ。

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 結局本屋に行って本を買って時間を潰した。おれが思いつく方法ってそんなものだけか、バリエーションのないやつめ……。四時半になったのでヤガラレース場に行くことにした。夕方になったせいか人通りの多い道を歩く。この街は活気に満ちている。それも海列車のお蔭だろう。ヤガラレース場は今日も盛況のようで、たくさんの人で溢れかえっていた。するすると道を抜け、ヤガラ券を販売している受付に向かった。昨日見た顔の女性を見つけて、頭を軽く下げながら話し掛ける。彼女は露骨に驚いてみせる。


「き、昨日の……」

「ええ、その件でお話ししたいことが。パウリーさんから既にうかがっていることとは思いますが、あの券は自分が彼にあげたものでして」

「しょ、少々、お待ちください」


 受付の女性は立ち上がると奥へと消えていった。一分もしないうちにお偉いさんと思われる男が出てきた。横の扉から出てきた男は丁寧におれへ挨拶すると、中へ入るように促してきた。高額当選ともなればその場では渡せないということなのだろう。中に入って事情を説明すると共に詫びを入れれば、仕方なしとばかりに項垂れた男が金を持ってきた。しかもわざわざアタッシュケースまでつけてくれるらしい。準備が整ってるな、と思ったら、その代わりに今日はヤガラ券を買わないでくれと泣きつかれてしまった。たしかに五千万ベリーも支払わされて、その金でヤガラ券でも買われようものなら地獄だろう。それを了承して、おれは外へ出た。
 特に注目を集めるわけでもなく、その場を抜けてどこか適当な場所に座ることにした。ギャンブルをしているわけでもないので、他の人の迷惑にならぬうよう後ろの方に腰を下ろす。ここならば全体を見渡せて人間観察で時間を潰すことができるし、少し斜めの位置に座っているから入り口も見える。パウリーが来たときに簡単に見つけることができるはずだ。
 することもないので観客席をぼうっと見て何か変な人間がいないかと見ていたら、こちらの様子をうかがっている人間がいることに気が付いた。敵意を持っているようではないし、気配も挙動不審というほどではないので放っておこうと思ったのだが、なぜかその人たちはゆっくりと近づいてきた。


「あの……、すみません」

「なんでしょうか?」


 かけられた声に反応してゆっくりとそちらを向くと、女性三人組が立っていた。ギャンブルという言葉が似合わないようなまだ若いお嬢さん方だ、どうしてこんなところにいるのだろうか。目線を向けていると、ほんのりと頬を赤く染めた彼女たちはしばらく黙り込んだ後、はっとしておれにもう一度話かけてきた。


「あ、あの、私たちサン・ファルドからきた旅行者で、ここのことよくわからないんですけど……教えてもらえませんか?」

「申し訳ありませんが、自分も昨日初めて来たばかりで詳しくは存じ上げません」

「あ……そ、そうなんですか、え、えっと、」

「それでもよろしいのなら軽くお教えしますよ」

「……是非! お願いします!」

「お願いしまーす!」


 そう言われたので軽く頭を下げてからここの仕組みついて説明することにした。レースが一つ始まっていたのでそのヤガラを見ながら、レースが始まる前にヤガラの様子を見に行ってその中でよさそうな番号の子を選び受付で券を買う、ということを説明する。また、見ているだけでも構わないらしいということも一応教えておく。実際観光で見に来ているだけという人からパウリーのように泥沼にはまるギャンブラーまでここの人間は様々だ。


「あなたはやってるんですか?」

「今日はやっていませんが、昨日は何回か。……もし記念にお買いになられるのなら、次のレースで五番がおすすめです」

「えー、そうなんですか?」

「買ってみちゃう?」

「やるー?」


 きゃあきゃあと言っていた彼女たちは一緒に買いにいこうとおれを誘ってくる。待ち合わせをしているため受付の方に行くことはできないとお断りを入れるとすこし残念そうだったが、誰が買いに行くかをじゃんけんで決めて負けた子が一人で買いに行った。
 他の子もいってやればいいのに、と思っていると何故かおれの両側に腰を下ろした。……なんでおれは囲まれているんだ? にこにことしているが、おれはこのあと予定があるからそんなふうに座られても次のレースにはお付き合いできないかもしれないのだが。ぺったりと腕に胸を押し付けてくるなんて色気を振りまく娼婦のようである。ぺちゃくちゃと好き放題に話してくる彼女たちの言葉を聞いていると、買いに行った子が戻ってきて「あーッ!」と大きな声で叫んだ。


「ちょっとぉ、ずるいわよ! あたしが一番最初に彼のこと見つけたのに!」

「順番なんて関係ないでしょ?」

「ていうかじゃんけんに負けたあんたが悪いのよ」


 何を喧嘩しているのかイマイチ見えてこない……もしかしておれの隣に座りたいとか考えているのか? もしかして本当に娼婦で客にしようとしているのか、それともおれの顔が気に入ってすこしお近づきになろうということなのか。おれが変態や危ないやつだったらどうするつもりなのだろうか。女性の心理はわからない。腰に武器をぶら下げているのは座っていてもわかるだろうに……お節介だろうとは思うが軽く注意はしておいた方がいいかもしれない。
 ぎゃんぎゃんと言い合いをしていたので黙っていると、前からパウリーとその他船大工の面々が歩いてくるのが見えた。その中にはロブ・ルッチとカクの姿もある。ならばおれが退けばこの争いもなくなるはずなので、もう行くからと彼女たちに声をかけようとした瞬間、パウリーと目があった。そんなに遠くない距離でもはっきりとわかるほど顔を真っ赤にさせて、唇をぱくぱくと酸欠状態の魚のように開いて、それからぶるぶると身体を震わせたかと思うと、とんでもなくどでかい声を発した。


「ハレンチーッ!!」



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