休憩だと言って昼飯を持って現れたクザンを、ボルサリーノは「なんでわざわざわっしの部屋に?」と言いながらも受け入れた。いわく、自分の部屋はいままで見たことのないような量の書類がありとても食べられるような状態じゃなく食堂まで行く気力もないとのこと。馴れ合うことの少ない大将同士がこうして仲良く昼食を取っている光景はなかなかに妙なものだった。


「知らなかったんだけどさあ、仕事ってあんな量になるんだね」


 どこかで買ったのであろうパンをもしゃもしゃと食べながらそう言ったクザンは、げっそりとしている。そりゃあそうだろう。なにせ今のクザンの仕事量は通常時の何倍もあるとボルサリーノはセンゴクから聞いて知っていた。知ってはいたが、教えてやるという親切心は一切なかった。バラせばどうせ止めてしまうだろうからという最もな理由が一つと、それとは全く関係のない面白そうだからという理由がもう一つ。
 「そりゃ大変だァ、頑張れよォ」だなんて適当なことを言ってプリンを一口。ああ、美味しい。ボルサリーノの机の上に並ぶプリンの空き容器を見て、クザンは顔をしかめた。


「げえ、よくそんなに甘いもの食えるな……見てるだけで吐きそ」

「人が食ってるのに失っ礼しちゃうねェ〜。そんなこと言ってるクザンにはあげなァい」

「いらねェよ」


 いらないと言われたため、ボルサリーノは口の中に最後の一口を放り込んだ。大層甘いこのプリンがボルサリーノはお気に入りで、その壮絶とも言える甘さを理解しているのか、クザンは食べたいとも思わないようだ。残念だ、クザンが食べたいと言えば一つあげようと思ったのに。
 思いながらボルサリーノは新しいプリンを開けてさっさと食べてしまった。それを見ていたクザンはため息をついて、プリンの空き容器を片付けているボルサリーノに厳しい顔で言った。


「食いすぎだってーの」

「いやァ、ガルムが持ってきてくれたからつい」

「ガルム!?」


 ボルサリーノがガルムの名前を出すとクザンが驚いて大きな声を出した。クザンは自分が慌てて口元を押さえたが、今更押さえたところで既に出てしまった言葉をなかったことにすることはできない。ボルサリーノは「そうだけど、どうかしたかい?」なんてわざとらしく聞いてみる。クザンが「いや、なんでもない」と本当になんでもないように返してきたが、ボルサリーノは勿論のようになんでもないわけがないことを知っている。
 ガルムともクザンとも馴れ合っているわけではなかったが、ガルムといるときのクザンを見れば一発でわかる。いい年をした男がまるで初恋に揺れる乙女のようなのだ。だからこそ食べ終わってからガルムにもらったなどと言って反応をうかがった。予想よりも派手に反応したクザンに、思わずボルサリーノの笑みが深くなる。本当に面白い。そうして軽く落ち込んだクザンをボルサリーノがニヤニヤと眺めているとノックもなく扉が開いた。


「ガルムはいるかッ!」


 入ってきたのはセンゴクで、もう既に怒っているような顔をしていた。出入り禁止を言い渡したはずのガルムがその命令の二日後だというのにこの部屋に訪れたことが耳に入ったせいだろう。センゴクに驚いたのはクザンだけでボルサリーノは「さっきまでここにいましたよォ」などと飄々と答えていた。センゴクの眉間にぐっと皺が寄る。


「ガルムはどこへ行った」

「さっき出港しましたねェ。ちなみにセンゴクさんに許可とったと言って呼び出したのもわっしなんで許してやってください」

「出港だと!?」

「出港って何!?」


 ボルサリーノが事実を伝えればセンゴクもクザンも大きな声を上げた。おそらくセンゴクは仕事をしていると思っているからこそ、語尾を強めて怒っているのだろう。クザンはと言えば、先ほどわざわざなんでもないような顔をして誤魔化したことなど最早意味をなさなくなるくらいに驚いている。そんなクザンをにやにやとした笑みで見そうになってボルサリーノは口元を押さえた。そして怒っているセンゴクに視線を向け直して事情を説明する。


「いやね、旅に出たんですよォ、旅行」

「旅行だと? あのガルムがか?」


 センゴクがそう疑うのも無理はないとボルサリーノも思った。実際、ガルムはボルサリーノから提案されるまで、一度たりともマリンフォードから離れようと考えなかったようであったし、そもそもガルムは旅行を娯楽だとは思っていない。旅に出たのは修行するためか、己の見聞を広げるためか、あるいはただ猛烈に暇だからのどれかに間違いないだろう。けれどそれでも仕事をしたりはしないはずだ。仕事をしてはいけないという、仕事であるからこそ、あの仕事人間は仕事をしない。ボルサリーノはセンゴクの疑いを晴らすように言葉を続けた。


「わっしが勧めたんですよォ、することがないなら旅でもしてみたらどうかってねェ。あのままじゃァ結局センゴクさんが望んでるような状況にはならんだろうと思いましてね?」

「……どういう意味だ、私が望む状況にならんとは」

「出禁食らったガルムが何してたか知らんのでしょう。ガルムは二日で図書館所蔵の本を半分以上読み込んだらしくって、あのままいれば噂になったでしょうねェ」


 図書館の司書がお喋りだったら今頃町中で噂になっていただろうが、あの司書なら誰彼構わず話すようなタイプではないだろうし、とりあえずは噂にはならないはずだ。ただそれとは別に、素敵な海兵を最近見かけるだとかいう噂は奥様方の間で広がっているらしいが。
 「……またあいつは」とセンゴクが額に手を当てて呻いてしまった。ならば仕方ないとばかりに頷いたセンゴクを見て、これでガルムが怒られることもないだろうとボルサリーノは満足した。その横からクザンが上擦ったような声で言葉を発した。


「ね、ねえ、なんでボルサリーノがそんなこと知ってんの?」

「昨日の夜、飯食いに行ったからねェ〜」

「……マジで?」

「大マジだよォ」


 分かりやすく落ち込んだクザンに、ボルサリーノは内心笑いが止まらなくなる。クザンの胸中はさぞや荒れまくっていることだろう。なんでボルサリーノがだとか、なんで自分は声をかけなかったのかだとか、そういったことばかりを考えているに違いない。
 クザンはそのうちにぐだりと身体を横たわらせて「あー……なんか全部どうでもよくなってきた」などと言い始めたものだから、まだ帰っていなかったセンゴクがじろりと睨みを利かせる。それを見ていたら、ボルサリーノは噴き出しそうになってしまった。──世の中にはこんなにも面白いことで溢れているのだ、ガルムもそういうふうになれればいいのに。


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