健全な時間に食事会を終えて家に帰り、とりあえず旅行用の荷物を纏め、風呂に入って眠りについた。起きてから、おれはもしかすると浮かれていたのかもしれない、と思った。子どもじゃあるまいし、とも思ったが、そもそもおれは子どものときにそんな経験をした覚えはなかった。
 当然のように日が昇る前に目が覚めたので、海まで軽い走り込みをしてから昨日借りた本に目を通した。読み終わった頃にようやく夜が明けたので、朝食を取ってから武器の手入れを行う。武器はやっぱり毎日の手入れが大切だ。そして頃合いを見計らって武器も含めた荷物と本、電伝虫を持って図書館に向かった。歩いていると昨日より多くの人に挨拶を受けた。今日は何かあるのだろうか? 町のことには疎いのでわかりはしない。


「あ、おはようございます。……今日はお荷物をお持ちなんですね、このあとお出掛けですか?」

「ええ。しばらくの間、旅行ということになりまして」


 図書館に行けば見慣れた司書さんがいつもとの違いに気が付いてくれたようだ。本と共にそう言葉を返すと、受け取った彼女は笑顔ではあったがどこか暗い……悲しそう、寂しそうと表現するような顔色に見えた。「どうかされましたか?」。聞けばすこし言いよどみながらも話してくれる。


「その、いつもいらしていた方がいなくなるのは、なんと言いますか、……さみしい、かな、と」


 おれが来なくなるのが寂しいということか、とにわかに驚いた。まだ二日じゃないかというようなツッコミを入れるのはさすがに憚られて、「そう仰っていただけてありがたいです」とだけ社交辞令で返しておいた。司書さんは感受性が強すぎるのだろうか。おれには理解できかねる心情だ。
 内心首をかしげながら、外見上頭を下げながら図書館を後にする。本当は出航までの時間を図書館で潰したかったのだが、中で電伝虫が鳴ったら迷惑をかける。別に家で待っていてもいいのだが、家は家ですることがない。することが目前に迫っている今、精神集中しているのも悪くはないが……とりあえずボルサリーノさんやモモンガさんに手土産でも買おうか?


「あ、……いいこと考えた」


 そうだ、友達の家に行こう。遠征のため本部にほとんどいない友達は当然のように今もいないだろうが、今は当人に用があるわけではないのだから問題はない。手土産を買ってから家で勝手に暇を潰させてもらおう。

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 友達の家でだらだらと過ごしていると電伝虫が鳴った。それはボルサリーノさんからのもので、あと一時間後くらいに出航するから本部のボルサリーノさんの部屋に来てほしいとのこと。しかもモモンガさんだけでなくセンゴクさんからもちゃんと許可を取ってくれたらしい。さすが大将、仕事ができる。
 一日ぶりに本部に向かえば、やけに見知らぬ海兵たちから挨拶を受けた。わざわざ遠くからこっちへ来て挨拶をしてきたりして、やたら礼儀正しい。何故だかまったくわからないが町でもやたらと挨拶を受けたので、もしかしたら挨拶週間のようなものなのかもしれない。
 首を傾げながら歩いているうちにボルサリーノさんの部屋の前についた。服装に乱れがないことを確認し、木目の美しい扉にノックをする。


「はいはァーい、どうぞォ」

「失礼します」


 挨拶をしてからボルサリーノさんの執務室へとお邪魔する。「オー、昨日ぶりだねェ」なんて手をひらひらと振ってくれるボルサリーノさんに頭を下げて、買ってきた手土産を差し出した。


「今回の件でお世話になりますので、よろしければどうぞ。お口にあうかわかりませんが」


 一瞬不思議そうな顔をしたボルサリーノさんだったが、「ガルムって本っ当に生真面目だねェ」とすぐにいつもの笑顔に戻った。ボルサリーノさんは早速がさごそと手土産の紙袋を開けて、中にあったプリンを取り出す。定番のシンプルなものから焼きプリンにくどいかもしれないチョコレート、後味のいい抹茶などその他たくさん。甘いものが好きだったと記憶していたが間違っていたらどうするか、と心配してみたものの、ボルサリーノさんの笑顔がすこし明るいものになったように感じたので、不要な心配だったようだ。


「美味しそうじゃァないか、ありがとう」


 気に入ってくれたようでひとまず安心した。お礼の気持ちを表すために持ってきたのに嫌いなものだったら悲惨なことになっていたところだ。そんな居たたまれない空気の中にはいたくない。ボルサリーノさんは立ち上がって隣の部屋へ引っ込んでいった。
 ……隣の部屋は、と考えたところでおれは慌ててボルサリーノさんのあとを追った。あまり来ることのない大将の部屋だが、サカズキさんの部屋と似たような構造をしているとしたら、隣の部屋は給湯室だ。隣の部屋に入ってみれば予想通りで、ボルサリーノさんががさごそと何かやっていた。


「ボルサリーノさん、自分がやりますので」

「いやいや、客人にやらせられないよォ」

「客人ではありません」

「でも今は休暇中でしょう。ならやらせられないねェ」

「休暇中でも海軍に所属していることには変わりません。そしてボルサリーノさんが上官であることも変わらないのです」


 いまだ手を止めず何かを探している背中にそう言えば、振り返りながら「……そこまで言うんなら仕方ないかァ、じゃあ、お願いしようかなァ」とボルサリーノさんは言ってくれた。ボルサリーノさんに戻ってもらい、プリンに合うように紅茶を入れてスプーンを持って執務室へ戻る。


「おお、ありがとねェ」

「いえ、お待たせしてすみません」


 おれから受け取った紅茶とプリンを食べたボルサリーノさんはニコニコと上機嫌で喜び、おれにも勧めてくれた。そういうつもりで色々買ってきたわけではなかったのだが、ありがたくいただくことにした。……ボルサリーノさんのことを疑うつもりはないが、お世辞で美味しいと言ったんじゃないかと思うくらいには甘かった。


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