そこそこの遠征を終えて、海軍の船は海軍本部に到着していた。ロシーくんのいた島のあとはぶっちゃけ帰路だったのでロシーくんもそんなに恐ろしい目に合わずに帰港できたと思う。……まあ、おれが思うだけだから本当のとこはわかんねーけど。
 海軍本部に着くとサカズキとは挨拶もなしに別れた。あいつ本当情緒とか死んでんじゃないの? もう会わないかもしれないんだし、別れの挨拶くらいしようよ? ねえ? そんなおれのうっとうしい視線もガン無視してサカズキは去っていった。つら。
 そのあとは大将であるセンゴクさんの部屋にお邪魔した。今回の依頼について報酬を支払ってくれるということらしい。金はあったほうがいいので、もらっておこうと思います。ソファに座ったロシーくんはすこしびくびくとしながらセンゴクさんの部屋を見渡している。原因はあのヤギではなかろうか。なんでセンゴクさん部屋で動物飼ってんだろ……あ、能力か! 仏陀的なあれか! 今まで全然気が付かなかった! 謎が一つ解決したところで視線をヤギからロシーくんに戻し、ヤギを指さした。


「大丈夫だよロシーくん。あのヤギは襲ってこないから」

「う、うん?」


 あ、別にロシーくんそんなこと心配してなかったっぽい。間違えちゃったてへへ、と脳内で可愛い子ぶっておいて、それからまたロシーくんのことを考える。ロシーくんはいい子だからきっとここの調度品が高そうなものばっかりだから緊張していただけだろう。おれもあんまり返済能力ないから壊されると体で返すことになるしな……色っぽい意味など何もないただの肉体労働である。


「チバ、報酬はこんなものでいいか」

「いや高いっすわ!?」

「サカズキにやられた慰謝料込だ」

「報酬内に慰謝料入ってんのおかしいって気づきましょう」


 予想を超えていた札束に戦々恐々とするおれと、そんなおれを意に介さず札束を押し付けて満足するセンゴクさん、そして札束をじっと見つめているロシーくん。海軍大将の執務室は今日も謎に満ちています。一文付け加えるとしたらそんな感じだろうか。
 センゴクさんはおれからロシーくんに目を向けて、それからもう一度おれを見た。


「それで、その子はどうするつもりだ?」

「どうするって?」


 おれが首をひねると、センゴクさんは呆れたように視線を寄越してきた。どこか非難するような目つきなのは、彼が正義感の強い人間だからだと思う。


「チバ、お前は根無し草の賞金稼ぎだろう。そんな幼い子を連れて船旅をする気か」


 そのつもりでした、とは言えない空気だった。考えなしだとセンゴクさんにどやされるだろう。実際、考えなしだったのだろうけれど。
 おれの旅を考えたとき、幼子には危険すぎる旅だった。適当な賞金首を捕まえるだけならまだしも、海賊船に乗せてもらうことも多々ある。おれは命を狙われても問題ないため海賊船でも平気で眠るし、海軍と戦うときには参加しないが自分が狙われそうなら戦うこともあり得るだろう。金がなかったり、うっかり漂流したりなんかすれば、サバイバルな生活を送ることもないわけじゃない。……いや、なんつーか、そんなおれの生活に付き合わせようとしていたあたり、おれの浅慮さが目立つっていうか?
 苦笑いになりつつも「あー」と呻いていると、ロシーくんがおれの服の裾を引っ張った。視線を落とすと、まんまるの目がおれを見上げている。まるで、捨てないでくれとでもいうような目だった。……こりゃあ、施設に置いてく、ってのはなしだな。ぽんぽんと頭を撫でてからセンゴクさんに向き直った。


「連れてきます」

「無謀だし、危険だぞ」

「一人くらいならおれでも守れますって。たぶん」

「その多分が不安なんだろうが……」


 はあ、とセンゴクさんがため息をつく。センゴクさんのいうことは最もだった。でもロシーくんも息をついている。ほっとしたような息だった。だからきっと、選択肢としてはこれが正解なんだと思いたい。


「センゴクさんの心配はわかるし、言いたいこともわかるんですけどね」


 ありがたいことにセンゴクさんはどこにでもいそうな孤児のロシーくんを気遣ってくれているし、本心から心配もしてくれているし、おれとロシーくんを引き離したいわけじゃないのもわかる。要するに、海軍に入らないか、ってお誘いなのだ。
 海軍本部に勤めれば実力だけなら大将クラス、いや元帥クラス? どっちにしろ高給取りになれる。力を知っている以上、初めからそれなりの待遇で引き入れてくれるのかもしれない。そしてきっと家も用意してくれるだろう。ロシーくんとおれが住むのに十分な、あるいは十二分すぎる家を。海軍本部のあるマリンフォードならどこの国よりも安全に住めることだろう。だから子育てするのには海軍に入った方がいいのだ。ロシーくんにとっても、おれにとっても、きっとそのほうがいい。


「……海軍に入る気はないか」

「ないですね」


 何度目かになる海軍大将直々のお誘いをきっぱりと断わる。一応聞いてみただけ、という体になってしまっているセンゴクさんはまたため息をついた。なんだか申し訳ない。


「個人的にセンゴクさんには世話になってますし、個々人が嫌いってんじゃないんですけどね」

「わかってる。合わないんだろう」


 合わないなんてただの言い訳だとセンゴクさんもわかっているが、そこらへん、センゴクさんも触れてはこない。センゴクさんが聞けば、誰も得をしないと薄々わかっているからだろう。ここらへんやっぱり海軍大将って感じがするよなぁ。まあ、ただパワーバランスを崩したくないって話なんだけどさ。答えづらいし、答えづらいからこそ聞いた人とは疎遠になりたくなる。本当誰も得しねえなこれ。
 報酬を鞄に放り投げるようにしまい、ソファから立ち上がった。右手は同じようにソファから降りたロシーくんと手をつなぐ。にっこり笑って左手をあげた。


「そんじゃあセンゴクさん、なんかあったらまた」

「ああ。間違っても海賊にはなるなよ」

「はははは! なりませんって。おれにはそんなん似合わないっすよ」


 ロシーくんもぺこりと頭を下げたのを確認して、おれたちは執務室を後にした。子連れは周りからじろじろと視線を向けられてなかなか辛いが、こんなもの本部を抜けてしまえばどうということはないので早々に本部を出てマリンフォードの町中に入った。


「さーてロシーくん。とりあえず今日の宿を決めよう。そのあと作戦会議な」

「作戦会議?」

「おう。行先、なんっにも決まってねーからな。ロシーくんの行きたいとこ行こうぜ」


 ロシーくんは目を大きく見開いて、それからちょっとだけ笑った。ずいぶん嬉しそうな顔を見せてくれてお兄さん一安心です。行きたいところがいろいろあるならしばらく行先には困らないだろう。あ、ラフテルとか言わないでね。マジで困っちゃうから。


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