おれは普通の、どこにでもいそうな、オタク大学生だった。

 容姿は中肉中背の平々凡々。不細工でもなければイケメンでもない普通すぎる顔の特徴といえば、男のくせに眉が薄めで垂れ目ってことくらいだと思う。どっちかっていうと女顔に分類されたのかもしれない。
 中学じゃ漫画の影響でバスケ部に入ってたし、高校じゃアニメの影響で軽音学部に入っていた。そんなやつは多分そこらへんに掃いて捨てるほどいたと思う。おれもその中の一人だけだっただけのこと。
 別にバスケ部は強豪でもなければ中堅でもなく、どこにでもある弱小校だったからやらないやつよりは上手い程度で高校の球技大会でしか役に立ったことはない。軽音学部だってリア充の集まりの中、見た目気持ち悪くはないだけの地味なオタクで集まってバンド組んでガチガチに緊張しながら新歓と文化祭で発表したことがあるだけだ。特別何かできるってわけでもなかった。
 もちろん、勉強だって普通。でもオタクというか、ゲームしたりオタク友だちと遊んでいたりしていたら徐々に成績は下がって、そのまま友だち諸共新設大学という名の三流大に進学することになった。Fランじゃないだけマシ、と言ったら失礼だが、遊んでいてもおそらく卒業できる大学だった。

 そんな大学の三年生になったとある日、おれはウェブ漫画を読んでいた。某、ワンパンチで全て終わらせる系のヒーローものである。

 原作も好きだが、他の漫画家さんが作画を担当しているバージョンもなかなか好きで、更新を確認してから読み直していたとき、ふと主人公の台詞が目についた。
 ──腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10km。三食必ず取って、夏冬にエアコンを使わない。これを毎日欠かさず続けて一年半行うと禿げて最強レベルになれるらしい。


「いや本当これはねーよな」


 だらけきったおれの身体には辛いだろうが、それだけだ。ヒーローだとかそんなふうに呼ばれるものにはなれるわけもない。多分、普通のスポーツ選手の方がよっぽどキツいメニューをこなしていることだろう。
 でもまあ、おれにはいいのかもしれない、となんとなく思ってしまった。最近生活がだらけきってて、正直太ってきているのである。今はまだ平気だが、結構よろしくはない。多少年を取ったり、来年から行う就活に影響が出るんじゃないかと思ったりしたりして。となれば、ちょっとやってみてもいいんじゃないかなと。そんなふうに思ってしまったのだ。

 そうして一ヶ月目。キツかった。

 そうして二ヶ月目。毎日やるのはさすがに辛かった。

 そうして三ヶ月目。いい加減慣れてきた。

 そうして四ヶ月目、五ヶ月目、六ヶ月目と過ぎ、ちょうどきっかり半年が経ったある日のことだった。

 朝起きて、ふあ、と欠伸をして、グッと伸びをして、なにか引っかかりを感じて首を傾げた。それでも特に思いつかなくて、とりあえず歯を磨こうと洗面所に行ったら。


「…………え?」


 禿げてた。鏡の中のおれは、たしかにしっかり禿げていた。震える手で触ってみると、ぺたぺたとした感触。間違いなく、皮膚である。おれの頭が、禿げている?


「は、ははは……ゆ、夢、だよな?」


 昨日まではしっかり生えていた髪が一切なくなってるなんてことは、普通ありえない。バリカン使ったってんならまだわかるがジョリジョリは一切していないし、枕の上に髪の毛が大量に抜けていたなんてこともなかった。そうなってたら寝起きがいまいちなおれでもわかる。


「え、ちょっと待ってくれおかしいおかしい」


 禿げた頭を抱えながら愕然としていると足を滑らせた。おい誰だ、床濡れてんじゃねえか! というツッコミをする前に頭を打った。床とか、壁とか、ではなく、大木に。「へ……?」と震えた声が出たおれはなんも悪くない。だっておれ、家にいたんだぜ? こんな大木のある場所にいたわけじゃないんだぜ?
 ぐるりと辺りを一周見渡し見れば、どう見ても密林でした。おれの家じゃない。おれは禿げた挙げ句パジャマでトリップしたというのか? 意味がわからなすぎる。危ないかもしれないという意識はどこかに行ってしまって、つるつるになってしまった頭を抱えながら、地面に蹲った。


「これヤバいどういうことおれ頭おかしくなっちゃった? もしかしてあれかな幻覚とか妄想とかの中にいるのかなおれいつの間にか薬中にでもなってたのかなこれ醒める夢だよなそうに決まってるそうに、決まって、」


 目の前がぐるぐる回っているような気がする。下しか向いていないのに、頭がぐわんぐわんするのだ。ああこれ、吐くときに、似てる。
 そう思ってもおれの身体は吐こうとしなかった。土とよくわからない植物の臭いに紛れて、獣のような臭いがした。動物園で嗅いだことあるような、そんな臭いだ。ゆっくり顔を上げてみると、遠くに、でっかい、猛獣みたいな、何かがいた。


「……うそだろ?」


 引きつった笑いを浮かべたら、ばちりと目が合ってしまって、猛獣がおれ目掛けて走り出してきた。逃げたほうがいいとはわかっていたが、恐怖で腰が抜けて立てやしない。


「嘘だろ違うだろ幻覚か妄想に決まってるだってこんなの有り得ない普通じゃないどうにかしてくれいいから早く、早く覚めろ、早く覚めろってんだよッ!!」


 間近に迫ったそれを目を瞑りながらも振り払うように思いっきり手を振るうと、なんだかものすごい音がした。よくわからなくて、でもびちゃびちゃと液がおれに降り注いで、たまらなく嫌な予感がした。怖くて、ずっと目を瞑っていられればよかったんだけれど、そういうわけにはいかなくて。そろりと目を開けて、知りたくもなかった状況を把握した。
 潰れた、というよりは消し飛んでしまったような猛獣の頭から、体液がおれに降り注いでいた。多分、誰かが助けてくれたなんて都合のいいことはない。そんな人はどこにもいないし、おれの手が一番、真っ赤に染まっていたからだ。これは、要するに、そういうことだろ? このバケモノ並みにデカい猛獣を、殺しちまったのは、おれなんだろう? 顔から、血の気が引いていく。無残に猛獣を殺した利き手が視認できるほどに震えていた。


「いや、違う、違うんだって……おれが努力したのはいわゆるダイエットのためっていうかあわよくば女の子にモテたいっていう下心のためであって、……こういうふうに強くなりたかったわけじゃねえんだよッ!!」


 大体、あの話の主人公は一年半でああなったんだし、おれは半年だし変なとこに来ちゃってるし、全体的におかしいじゃん。それともおかしいのはおれなのか?
 目の前がぐるぐるとまた回り始めた。ばたんと倒れても背中にはそれなりに固い土の感触。未だ降り注いでいる温かい猛獣の血がひどく気持ち悪かった。それでも動くのが億劫で、目元を覆って、少しだけ泣いた。

 ──ここに来て一日目に動物たちの王になり、二日目に島を一周して無人島だと知り、三日目に流れてきた新聞で人のいる世界なのだと知って海に飛び込み、四日目に隣の島に着き隠れながら探索し、五日目に海賊の存在を知り軽くボコして服とちょっとした金品を奪い、六日目にようやく人間らしく宿屋を取って、七日目に通りがかった海軍のやつらの制服を見て、ここがワンピースの世界だと知りました。

 あ、ここ暴力必須の世界じゃん……。


脇役さん
身体能力だけチート並みだけど、頭は弱めでお人好しのため騙されやすい。身体が強くなったせいか、メンタルも年々強くなってる。喜怒哀楽がはっきりしている。
こんな身体で帰っても困るので帰るのは早々に諦めたが、原作が好きなので介入しないように立ち回るつもりがなんだかんだお節介なので結局ハッピーエンド製造器と化す。

mae:tsugi

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -