天竜人に拒否された帰り道、ドフィの荒れ様はそれはそれはすごかった。おれはどうせ無理だろうと高をくくっていたこともあったし、天竜人というプライドもなかったので、ドフィとロシーと三人で無事にここまで逃げ延びただけでもよくて、ドフィの荒れ様に怯えるロシーのフォロー役に徹した。
 その甲斐あってなんとか帰ってきたおれたちを迎えたのはトレーボルだった。トレーボルは、以前のドフィの話からドフィが“覇王色の覇気”というものを持っていると考えていたようだ。なんだかよくわからないが、とにかく王になるのに相応しいものらしく、もし戻ってくるようなことがあればドフィを王にするつもりだったのだとおれはそこで知った。
 ドフィは王であることを否定するような男ではない。自らが王以上の神であると知っているし、それこそ当然のように受け入れるはずだった。しかし、ドフィは頑なに首を縦には振らなかった。


「おれが王なら、アリィも王だ」

「……だが王は二人もいらないだろう」

「アリィはおれで、おれはアリィだッ! これは決して覆らねェ!」


 ヴェルゴの言葉に、じわりとドフィの殺気が漏れ出した。おれたちは優劣も上下もない双子だ。片方が王なら、もう片方も王でなければいけない。ドフィにとっておれが認められないのはドフィが認められないのと同義なのだから。
 しかしおれは王になるような器の人間じゃあない。生まれながらにして神であるドフィがその座にいるべきだ。ドフィはああ言ったが、ドフィとおれは決して同じ人間ではない。
 せっかくドフィが信頼できるやつを見つけられたのだし、喧嘩別れのようなことになるのは困る。ヴェルゴにつかみかかろうとしたドフィの腕をつかみ、制した。


「アリィ、離せ!」

「ドフィ、おれはお前に足りないところを埋める。おれたちは二人でひとつだろ?」

「……アリィ」

「表で王をやるのはお前の仕事でいいじゃねェか」


 おれの言葉にドフィはため息をついてから、半ば納得しかねたような顔で、しかしはっきりとうなずいた。おれたち双子は二人でひとつだ。それで完璧な王を作ればいい。
 ドフィはおれたち双子が同格ということは譲らなかったが、他の連中も王がドフィならと納得してくれた。これから先は海賊になるだろうということで、実質船長はドフィ、副船長がおれということだろう。ならばロシーはどういう立ち位置になるのだろう。可愛い弟は争い事には向かないだろう。姫のような扱いでもしておけばいいのだろうか。
 拠点よりは幾分かマシになった住処で、ロシーの部屋に向かった。マリージョアからの行き来の長旅で疲れていたロシーは、心労もあってか随分塞ぎ込んでいた。受け入れてくれるとは思っていなかったが、受け入れてくれたほうがロシーの身体にとってはよかったはずだ。


「ロシー、入るぞ」


 ノックをして、返事を待たずにドアを開ける。そこには──誰もいなかった。


「ロシー……?」


 トイレだろうか、と一瞬だけ思って、すぐに違うと確信した。ない。ロシーの荷物がないのだ。大した量はなかったが、たしかにロシーのものがなくなっている。ロシー。まさか。ロシー。そんな、そんなまさか!
 顔から血の気が引いておれは駆け出した。ロシー、どこにいるんだ。一人でどこかに行くなんて危ないじゃないか。まだあいつらには粛清途中なんだ。まだ殺しきってない。そんななかでロシーが見つかったら何をされるかわかったもんじゃない。走っている途中、声がかかった。


「おいアリィ、どうした」

「ディアマンテ、ロシーを、ロシーを見なかったか!」


 勢いよくつかんだ手に力を込めすぎてたのか、ディアマンテがびくりと身体を揺らした。これ以上力を込めてはいけないとわかっていたはずなのに、もう何がなんだかわからなくなって気を回せない。爪が、ディアマンテの腕に食い込む感触がした。


「部屋にいないんだ、荷物もない、あの子は弱いというのに!」

「お、落ち着けアリィ! みなで探そう、そのほうが早い!」

「ああ、……そうだ、そうだな、悪いがお前がほかに声をかけてくれ。おれは外を見てくる。もし外に行ったのなら、まだそう遠くには、行ってないはずだ」


 言い聞かせるような言葉を口にして、おれはまた駆け出した。ロシーを見つけなくては。まだ幼い弟は酷い目にあったらきっと殺してくれと言ってしまうほど心が弱っている。優しい子なんだ。人を傷つけられる性格じゃあない。何かあれば、傷つくのはロシーなんだ。ああ、どうして。どうしてだロシー。

 一晩中探し回っても、ロシーの姿はもうどこにもなかった。荷物がないのなら、自分から出ていったのだろうと誰かが言った。ドフィもおれも、否定することはできなかった。

 理由ならいくらでも思いつく。たとえばドフィが父を殺したこと、たとえばおれが父の首を切り落としたこと、たとえばこうしてドフィを王に祭り上げていること、たとえば──おれが迫害してきた連中を片端から拷問して死に追いやっていること。ロシーのすがる先がおれたちしかなかっただけで、それを上回る嫌悪や恐怖が生まれたのだろう。それだけのことをしてきたことは、わかっている。わかっている、けれど。

 ・
 ・
 ・

 ──ごめんなさい、と書かれた紙がおれの部屋で一枚だけ見つかった。ああやはり、ロシーは自分で出ていったのだ。そうか、もう、ここにはいられないと。そういう、ことなのか。
 頭が痛い。どうしておれの大切な愛しいものがこうも減っていくんだ。不条理だ。どうして。おれが悪いのか。おれが悪いんだろうな。腐りきっているおれの性根や思考が、悪いのだろう。
 ロシーの使っていたベッドに寝転がる。帰ってくるわけがないとわかっていたのに、そうせずにはいられなかった。がちゃりと、扉が開く。


「アリィもか」

「ドフィもか」


 二人で声を揃えて名を呼び合って、おれたちは本当に馬鹿みたいだ。ドフィもベッドの上に寝転がり、何も言葉を発さなかった。ここにはドフィと、おれしかいない。ああ、とても、さみしい。故意的に置いて行かれたのは、これが初めてだ。


「……相談もなかったなァ」

「あの馬鹿……」


 いつの日かと同じように、ドフィとおれは肩を寄せ合い二人で眠った。当然、起きてもロシーはどこにもいなかった。父も母も、もういない。ドフィと、たった二人だけ。地獄の先に待っていたのは、そんなどうしようもない答えだった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -