おれたちをまた追ってきたらしいつる中将とやりあっているうちに、ロシーとローの姿がないことに気が付いた。ディアマンテがどこにいると叫んでいる。一度乗ったのを確認したがいないと誰かが言って、荷物を持って出ていったと誰かが返した。
 そのうちにセニョールが紙を一枚持ってきた。『ローの ビョーキを なおしてくる』と書かれた文字は、見間違えるわけもない、愛する弟の字だった。


「若、アルドンサさん……コラソンのハンモックに」

「…………何のマネだ……!」


 砲撃が止まない中、ドフィの苛立った声が聞こえる。おれは、怒る気にもなれなくてため息をつく。いつかこうなるんじゃあないかと思っていたのだ。
 つる中将を撒き、ドフィがロシーの電伝虫に何度も連絡を入れたが電話に出ることはなかった。ドフィはロシーの勝手な行動に頭に来ている。ローはドフィが選んだドフィのための右腕だ。昔は誰に対しても尖っていたが、今やローはファミリーとしてドフィにもなついていた。そんなローを勝手に連れ出して、引きずり回したらいい目では見られないだろう。


「あの馬鹿出やがらねェ……」

「フフ、怒鳴られるとわかって電話取るようなやつじゃねェだろ?」

「笑ってる場合じゃねェぞ!」

「なに、心配することはねェさ。コラソンはお前の右腕を助けるために外に出たんだ。海賊しながら探すよりいい方法だと思ったんだろうよ」

「馬鹿言うな。おれたちみたいに裏にいたほうが情報はよっぽど入りやすいだろうが」

「それが今回のドジだろうな。とにかく探してやろうって腹だろ」


 お前のためにだ、とドフィを誤魔化しておく。治してくるということは、戻ってくるということだ。ロシーはドジっ子だがローがそれをカバーしてくれるだろうし、おれたちがいなかった十四年間もどうにか生きてこれたのだ。だったら、死んだりはしないだろう。──治療法など見つかるはずもないから、きっと酷く心を痛めるだろうけれど。
 おれの言葉にドフィはなんとか苛立ちをおさめ、どうにか納得してくれたようだ。勝手なことをしても、ロシーは弟だから可愛くないわけがないし、あんなにいじめていたロシーがローを治そうという気を持ってくれたことは悪いことではない。
 ファミリーの連中は納得がいかぬような顔をしている者も多かったが、ドフィの決定に従わぬ者などいない。ロシーの件は血眼になって探すのではなく、どこかで目撃情報が出て見つかるか連絡が取れるまで、余計な詮索をしないことになった。

 部屋に戻ると、あの日のように紙が一枚。──ごめんなさい。ロシーの字だった。ああ、またか。あの日とまったく同じそれに、顔が歪むのがわかった。理由などわかっているのにロシーに問い詰めたくなる。どうして、と。


「……やっぱり、あのとき殺しとくべきだったか」


 ロシーは優しい子だから、目に見えて悪化しはじめたローを救わずにはいられなかったのだろう。おれたちからどういう目で見られようとも、苦しんでいる子どもを放っておけなかったに違いない。こんなことになるのなら、ロシーが刺された二年前に殺しておいたらよかった。ドフィが認めたから、ロシーが許したからと言わず、怒りのままに殺してしまえばよかったのだ。そうしたらきっと、ロシーはまだここにいたのに。ああ、家族が遠い。とても、さみしい。
 ──こんこん、と控えめなノック音。ロシーからの置き手紙をポケットにしまって「どうぞ」と声をかければドアが開く。そこにはベビー5の姿があった。


「どうしたベビー5、何かあったか?」

「若様が、アリィさんがコラさんいなくなって気にしてるだろうから行ってこいって」

「……なるほど。わざわざ悪いな、ありがとう」


 頭を撫でるとベビー5はへにゃりと嬉しそうに笑った。どうやらドフィに気を使わせてしまったらしい。多分ドフィは以前ロシーがいなくなったあの日におれがいたく落ち込んだことを覚えているのだろう。自分だって落ち込んでいたくせに、と内心で悪態をつきながらも唇は正直に笑みを作った。ドフィの心遣いはありがたい。一人でいると、よくない思考に向かっていってしまう。ベビー5はにこにこといつものように笑いながら、おれを見上げていた。


「アリィさん、私、何すればいい?」

「何もしないでいい」

「えっ、で、でも、それじゃあ私……」

「ああ、違うベビー5、そうじゃない」


 ベビー5は笑顔を曇らせ、じんわりと涙を浮かべる。おれはベビー5を、どうもうまく扱えずにいた。別に、ただの便利なガキとして扱うのならそう難しいことではない。いい見目と従順すぎる性格をしているのだから、口に出すのもはばかられるようなことを色々と仕込んでやれば、それはそれは便利だろう、とは思う。だがドフィの認めたファミリーにそんなことはさせられないし、ドフィも望んじゃあいない。そんな便利な女ならいくらでも代わりがいるが、ベビー5は他に代わりがいないのだから。


「誰がやってもいいことをしなくていい。お前は自分を安売りしすぎだ」

「や、安売りじゃないわ、必要と、してくれるなら、」

「それはお前を必要としてるんじゃない、してほしいことをしてくれるやつを必要としてるだけだ。便利だと思われているだけなんて悲しいだろ」

「……アリィさん、よくわかんないよ」

「そうだな、とても難しい話だ」


 正直、話しながらおれも難しいというか、言い様の問題、屁理屈のようなものに近いのではと思っている。だが、都合のいい女や便利な女は、誰でもいいという事実には変わりない。不安げな顔を浮かべるベビー5に視線を合わせるように屈み、彼女の頭の上に手を置いた。


「なら言い方を変えよう。お前はここにいてくれるだけでいいんだ」

「いるだけで、いいの? どうして? おかしいわ」


 ここでおかしい、と断言してしまうあたり、ベビー5の出自が色濃く現れていると思った。ある意味ベビー5は誰も信頼していない。母親が役に立たないから必要ないと自分を捨てたのだから、誰も信じられなくなって当然と言えば、当然なのだが。
 しかし信じてくれないやつを信じるやつはいないのだ。優しくされたかったら優しくするのが当然であるように、必要とされたかったら必要としなければならない。ベビー5自身、必要としてくれるのなら誰でもいいから、誰でもいいことでしか必要とされないのである。それを口にしてもきっと、ベビー5にはわからないだろう。


「おれも昔はそう思っていたがな、おかしかろうがこういうものは理屈じゃない」

「……わかんないよ、アリィさん、難しい話ばっかり」

「フフ、これは難しく考える必要はねェさ。ベビー5が好きだから傍にいてほしいだけだ」


 ドフィやロシーには到底及ばないが、ベビー5のことは好意的に思っている。あるいはこれは同情なのかもしれない。ただ可哀想という言葉だけでは片付けられない気持ちが、胸を巣食うのだ。どうしてやりたいのかはわからない。だが、利用されるだけの女になるのは、ひどく哀れな結末しか生まないのは火を見るよりも明らかだ。そうさせてはならないと、何かが訴えかけている。


「えっ!」

「あ?」


 おれの言葉に目を丸くさせたベビー5は顔を真っ赤にさせ、わなわなと震えたかと思うと走っておれの部屋を出ていった。おいおい、なんだってんだ、一体。追うこともないとは思ったのだが、部屋にいてもすることはないためベビー5の後を追ってみると、すぐにその姿は見つかった。
 なぜだか、ぽ、と顔を赤くしてドフィの後ろに隠れているのだ。その前にいるドフィも、隣にいたトレーボルもニヤニヤと笑っている。──猛烈に、嫌な予感がした。


「フッフッフ! アリィ、知らなかったぜ! お前がロリコンだったなんてな!」

「べっへへへ〜! 変態じゃねェか、アリィ!」


 そうやって笑う二人はふざけているからまだいいが、ピーカからじっとりとした責めるような目線をもらってひくりと唇が引きつった。ピーカが信じてるじゃねェか、巻き込むんじゃねェよ……。ため息をつきながら二人を見て首を振る。


「語弊のある言い方はやめろ。断じてロリコンじゃねェ」

「そうだよなァ、フフ、お前馬鹿な女が好きだもんなァ! ベビー5は賢いからタイプじゃねェはずだ!」

「待て、馬鹿な女が好きなんじゃねェ、馬鹿な女の方が後が楽なだけだ」


 処理がな、とは言わなかったが、それだけでもはっきり伝わったようでジョーラとラオGに内緒話をされてしまった。それを見てドフィとトレーボルが笑い声を上げる。楽しげな空気におれの唇も笑う。──ロシーのことを頭の片隅に残したまま。


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