本能的に『あ、これは思ってたよりヤバい』と思った。自分より圧倒的な強者というのはそう珍しいものではなかったが、目の前に現れた彼はその度合いを著しく超えていた。今まで出会った中で間違いなく一番強い人間だった。
 その彼、というのはCP9という暗殺機関で一番強い男だった。組まされた自分を本当に哀れに思ったものだ。なんでCP9と組むことになるかね、と自分の運のなさも呪った。自分という人間は矮小な人間である。力もそんなにない。顔が可愛くまともな第二次性徴も訪れていなさそうな体格と頭の回転の速さを買われてスパイに成り下がっただけの男だ。一般人と比べてもそう強くはない。それが、自分の売りである。間違ってもスパイには見えない。それが大事だった。
 のだが、そのため上が暴力沙汰必須と判断した任務でCP9と組まされるはめになったのである。


「えーと、ロブ・ルッチさん? よろしく、おれは」

「ナマエだろう、聞いている」


 そして予想通りよろしくするつもりは毛頭ないらしい。笑顔もなく、興味もなく、ただただ任務を遂行するのだろうと思う反面、おれは確信した。任務が終わればおれもろとも殺すだろう、と。
 天下のCP9様とちょっと幼い容貌を生かしたスパイなど、どっちの方が価値が高いかなどわかりきった事実である。要するに、おれをうっかり殺したところで彼にとってはなんの損害も起こり得ないのだ。言わばアリンコ。言わばゴミクズ。おれというのはそういう存在なのである。ロブ・ルッチと組まされると言われたときからわかりきっていたことだ。
 だがそんなことに怒りを覚えるほどおれはプライドのある強い人間ではない。弱い人間は弱い人間なりに生きていけるだけの力を持っている。例えば、媚の売り方だとか、危険察知能力だとか、もっと絶望的な話をするのなら運の良さだとか。おれは自分の弱さを卑下することはしない。おれの弱さは武器なのだから。


「それじゃあサクサクっと任務こなそうか」


 あらかじめ手に入れておいた見取り図を取り出すと、ロブ・ルッチの顔つきがほんのすこしだけ変わった。この任務はまずおれが取り入って宮中に入り込み、友好関係を築き上げ、そこからロブ・ルッチを招き入れる算段になっている。


「あ、もうはじめの方は終わってるから。あとはきみを招き入れて書類取って終了」


 正直なことを言えばこの任務はおれだけの力でどうにでもなった。暴力的で頭の悪い連中など力を持たずとも簡単に懐柔できた。むしろおれが見るからに弱い人間であるとわかってくれるだけの力を持っていた人間であったため、油断しきって簡単に懐柔できたとも言える。あまりにも懐柔しすぎてしまったものだから、ロブ・ルッチが必要とされていたボディガードたちを倒さないと入れない部屋への出入りも難しくないのだ。
 おれの口調からロブ・ルッチにもなんとなしにそれがわかったのだろう。すこし不快そうに眉間に皺を寄せて、おれを見てきた。


「おれは必要なさそうだが、何故そう政府に報告しなかった?」

「いやいや報告はしたよ。でもきみにとっても政府にとっても、そしてぼくにとってもイイことをして欲しくってね」


 勿論、事実は報告した。だが任務の報告にたかだかスパイごときの考えを混ぜることを政府の連中は望まない。だから今回もそのように報告した。その上でロブ・ルッチを投入すると決めたのだ。逆らえるわけもない。


「今回、きみの任務はこう変更された──宮中にいる兵士の皆殺し」


 報告に意見は混ぜなかったが、ロブ・ルッチを投入することが決定されたあと、上司に聞かれたのだ。おまえならロブ・ルッチをどう使うか、と。だから答えた。全員殺します、と。
 ロブ・ルッチは聞いていなかったのだろう。獰猛とも言えた目をほんのわずかに丸くさせて、驚いているようだった。こうして見ると愛嬌があって可愛いなァとなんとも場違いなことを考えながら、人差し指を一本立てた。


「顔を知られているぼくと余計なことを知られた政府は彼らに生き残って欲しくない、そしてきみはそれなりに強い相手を殺したい。ね? 利害の一致だ」


 にこにことしながら言えば、ロブ・ルッチは目を細めておれを観察するようにして見てきた。なんとも心地の悪い眼差しである。端から端まですべてお見通しかのような目だ。だがこちらも見た目に反してスパイ歴十云年。若造に悟られるほど心は弱くない。


「というわけで仲良くしよう。ぼくにはきみの望む戦場を作れるという利用価値があったりなかったりするよ?」


 おれの言葉にロブ・ルッチはニヤリとたしかに笑っていた。利用価値のある人間は好きだろう。弱いやつは好かないだろうが、自分の価値や力を間違えない人間は悪くないだろう。そして何より。異常とも言われる自分を理解し、認めて、挙げ句場を提供してくれる存在は希少だろう。──よし、少なくともこの場では殺される心配はないだろう。そう判断しておれも目を細めて笑った。

見た目ショタ可愛い系男子がルッチに気に入られようとする話@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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