ナマエという人間はもっぱら世俗に疎い。別にお偉いさんの家系であるとか、どこかに幽閉されていたということはない。ただ単にストイックに生きてきて世間に興味を向けなかっただけのことだ。そこらへんサカズキとはよく似ているが、ナマエは根本的に弱者を守りたい性質なので二人の仲は悪いくらいだ。
 とまあ、そんなナマエだがハロウィンを知らなかった。ハロウィンで盛り上がっている部下たちを前に首をかしげていたので、真実を知らされる前に引っ張ってきたのだ。バラされちゃったら面白くないからな。


「クザン、いきなりどうして連れ出したんだ?」


 おれが足を止めれば困惑した様子のナマエが首を傾げながら聞いてきた。こうした姿を見ていればどこにでもいる人のいい男にしか見えないのに、本当は鬼神のごとき強さを誇るのだからほとんど詐欺である。
 そんなナマエにおれは真剣な表情を作って小さな声で警告するように告げた。


「ハロウィンだからだ」

「な、何か危険なことでもあるのか? ハロウィンとはなんなんだ」

「ああ、とてもな。十月三一日には相手によってはトリック・オア・トリートと聞いて、相手が菓子を持っていないときは必ず悪戯をしなきゃならないんだ」

「それがそんなに危険なのか?」


 たかが悪戯だろう、という顔をしているナマエに小声で話しかける。ナマエも耳を寄せて、周りに聞こえないようにしようとしてきた。本当に真面目なやつである。だからこそからかい甲斐があるというものなんだけど。


「菓子を持っているときは問題ないんだが、持っていないときは悪魔が憑いてるとされて悪戯することで祓えるって話だ。部下に慕われてるナマエならどんな目に合うかわからないだろ。年々過激になってるって聞くしな」

「そうだったのか……ありがとうクザン、すまないな」


 信じきったらしいナマエに、内心でにんまりとほくそ笑む。これでナマエは執務室に戻ったら部下たちにいたずらをしでかすだろう。普段真面目なナマエがそんなことをするとなれば、それはそれは騒ぎになることだろう。いやァ、いいことをし、


「よし、ならばクザン、トリック・オア・トリートだ」

「へ?」

「お前には世話になっているからな、悪魔がいないのか確認しておかないとまずいだろ?」


 …………あ、これまずいんじゃねェの? ぽんぽん、と身体を叩いてみるが当然どこかに菓子を入れているほど甘いものが好きなわけでもなければ、子どもが近くにいるわけでもない。本気でこれはまずい。へらりと笑って誤魔化せないだろうか。


「持っていないんだな」


 即行でバレた。これはもう逃げるしかない。「はははは」と笑って走り出すと、後ろからナマエが追いかけてくる音がした。ヤバい! なんであいつ本気で走ってんの!? ナマエは能力者でない分、役職が上がった今もおれなんかよりずっと真面目に身体を鍛えている。おそらくこのままでは追いつかれることだろう。


「待て! 何故逃げるんだクザン!」


 そりゃあ真面目なナマエに捕まったら間違いなくえらいことになるからだよ! 嘘だったと言ってみても信じてくれるかわからない。なんせそれは違うと他のやつに言われてもきっと悪魔がついてるからだと思い込んで悪戯を続行すると思ってわざわざそうやって言ったんだから。ナマエの悪戯なんぞ受けたくない! 頭固くて真面目なやつの厚意なだけに絶対マズいって!
 走りながら見つけたのはサカズキの姿だったから余計にヤバいと思って窓から飛び降りて逃げた。そのあと後ろから「サカズキ、クザンが悪魔に憑かれて大変なことに!」と叫ぶナマエの声と「あァ? 悪魔なんぞおるわけが──そういうことか。手伝っちゃるぞ」というサカズキの声が聞こえてきた。……今日に限ってどうしてお前ら仲がいいのか。いや、確実にサカズキがおれのしたことを理解したんだろうけど。やべェな、おれ死ぬかも。

ハロウィンをイマイチよく分かっていない海兵同期主にいたずらしようとして1本取られたクザンさん@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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