──オオオン──ウオオン──ワオオン──アオオン── 断続的なサイレンのような遠吠えが響き渡り、ドフラミンゴは目を覚ました。まただ。また鳴いてやがる。 ここ数日間、ドレスローザでは夜になるとこの声がずっと声が聞こえている。ドレスローザの全土で響きわたるその遠吠えの主に心当たりがあったため放っておいたのだが、数日も続くと寝不足にもなるというものだ。このままでは国民にも不信感を与えるだろう。ため息をつきながら、ドフラミンゴはベッドを這い出でてサングラスをかけ番犬の元へ向かった。ドスドスと不機嫌に足音を立て、そうしてたどり着いた部屋のドアを開けて驚いた。番犬が、いない。わざわざ外に出て吠えに行っているということだろうか。 ドフラミンゴが首を傾げているうちにもサイレンのような遠吠えは続いている。舌打ちをひとつしていると、後ろから声がかかった。 「若様？ どうしてここに？」 「ナマエはどこにいる」 近くを通りかかったベビー５に声をかけられ、ドフラミンゴは思っていたことをそのまま口にした。本来部屋に居なければいけない番犬はどこへ行ったというのか。ベビー５は首を傾げながら答えた。 「ナマエならたしか一週間前から任務に」 予想だにしていなかった答えに、ドフラミンゴはサングラスの奥で瞠目し、キツい舌打ちをひとつ。 「さっさとナマエを呼び戻せ」 ・ ・ ・ 「ただいま帰ったぞ。それで若、急用とはなんだ」 黒いスーツを着た筋肉隆々の二足歩行の狼が人語をしゃべっているという妙な光景にも関わらず、騒ぎにならないのはこの国が玩具で満ちているからだろう。正真正銘希少な獣人であるというのに誰もが玩具であると、ぬいぐるみであると疑わない。自身の意思と思考能力を持つ本物の獣人であることがわかれば誰もが阿鼻叫喚するのだろうけれど。 落ち着き払った重厚な声色のナマエに対し、椅子に座ったままのドフラミンゴがサングラスの奥から睨みつけた。その目の下にうすらと隈が出来ていることにナマエは気が付いていないだろう。 「お前が少し留守にした間にドレスローザにお前のお仲間が紛れ込んだ。夜中に遠吠えしている以外に被害は出てねェが安眠妨害しやがる」 「新しいイヌを飼ったと思ったのだが違ったのか」 「あ？」 「他のイヌの臭いがこれだけしていれば気が付く」 ナマエが肩を竦めてそう言った。ドレスローザに帰ってきたときから他の獣人の気配を感じ取っていたらしい。ドフラミンゴはナマエを鼻で笑って「お前の他に飼う予定はねェ」と告げた。ナマエの大きな口が緩んだように見えた。 「それにしても人のテリトリーで遠吠えとは生意気なことをしてくれる」 「遠吠えになんの意味があるんだ」 「人恋しいか、あるいはここはおれのテリトリーだと主張してやがるのさ」 時たまナマエが遠吠えするときは果たしてどちらなのだろうか、とドフラミンゴは少しばかり余計なことを考えたが、今はナマエの遠吠えについて考えている場合ではない。目下、馬鹿みたいに夜中に吠える駄犬を始末しなければならない。 ナマエも自分の留守中にテリトリーに勝手に入ってきた新入りに対しいい感情はすこしも持っていないようで、いつもよりもキツい顔でドフラミンゴを見ていた。 「さて若、そいつは始末していいのか。売り捌くなら生かしたまま連れてくるぞ」 「フフ、同族だっていうのに売り捌いちまっていいのか？」 「当然だろう。若とてたかだが同じニンゲンというだけで気にかけまい」 「フッフッフ！ たしかに」 ナマエの言うことは最もだったが、人間と獣人では絶対数が違う。湧いても湧いても出てくる人間たちとは違い、獣人たちは気位の高い少数のものたちしかおらず、魚人たちのように人間に認知されているとも言い難い。同族を残すような思考に寄るのではないのだろうか、とドフラミンゴが考えていると、それが表情に出たのかまるで考えを読んだかのようにナマエが口を開いた。 「数が少なかろうが、他のオスなど子孫を残すのに邪魔なだけだからな」 その一言でぴしりとドフラミンゴは固まってしまった。それから「……フッフッフ！」とひとしきり大きな笑い声を上げてからニンマリと笑みを作ると、ナマエは眉間に皺を寄せて訝しむような表情に変わった。その顔を無視して、ドフラミンゴは命じた。 「ここはお前のテリトリーだ。オスだろうがメスだろうが、構わず殺せ」 「若がそう言うのならそうしよう」 ナマエはうなずいて部屋を出ていった。すこしすると遠吠えが聞こえてくる。昨日まで聞いていた遠吠えとは明らかに違う声に、ドフラミンゴはため息をついた。寝ぼけていたとはいえ、ナマエの声と他のイヌの声を聞き間違えるとは何事か。長く低く響く遠吠えにドフラミンゴはそっと目を閉じた。 狼人族(獣耳生えただけでもジャブラの獣人型レベルでも)の遠吠えに悩まされるドフラミンゴ＠匿名さん リクエストありがとうございました！ |