本筋から何から色々捏造でまったくの別人



 その男は、何かが違った。

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 “神の子”。それはスカイピアではエネルという男を指す言葉である。“神様”と呼称される地域の長の息子だから“神の子”と呼ばれている──わけではない。勿論、それがないとは言い切れないだろうが、エネルは人とは違う何かを持ち合わせているからだとワイパーは考えていた。
 “神の島”の先住民の子孫であるワイパーと、スカイピアの住人であるエネルの考え方や雰囲気というものが違うのは当たり前のことではあったが、それだけではない何かがそこにはあった。
 ワイパーの印象に焼き付いているエネルの姿は、すべて達観したような、まさに“神の子”と言えるようなものばかりなのである。とりわけ和解の場でのことは忘れられるわけもない。

 和解の場で緊張もなければ警戒もなく、いっそ横柄にすら見える態度で現れたエネルに、ワイパーは負の感情を持った。和解だなんだと言ったところで、どうせ無駄に終わると思っていた。けれど話し合いを始めて、うんざりするような平行線になりかけたとき、ワイパーは鬱陶しいとばかりに目を細めて、こう言った。

『明け渡してやればいい。向こうの物なんだろう?』

 ──睨むような視線は、身内に向けられたものだったのである。

『どうしても豊かな暮らしが欲しいのなら青海に降りたらどうだ。何故なんのリスクも犠牲も負わずに利益だけを欲するのか、はなはだ理解できん』

 ワイパーたちにも、そしてスカイピア側にも、理解できない出来事だった。

『妥協点が見つからぬのなら平行線、結局戦争をするだけではないか。何が第一かをはっきり決めろ阿呆共め。でなければ、さっさと滅びろ』

 口から出された言葉はするりと躊躇いのないものだった。顔や態度はいたって冷静、エネルにとってはなんてことのない、言葉だった。当事者でありながら他人事、というよりは、他人事でありながら当事者。──ぞわりとした何かが、背中を駆け抜けて行った。考えてはいけないことを考えてしまったようだった。まるで、神ではないか、と。

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 ワイパーは怖気が走ったことを認めたくなかったのだろう、和解したのちもエネルのことを敵視し続けた。それは周りの若い連中も同じことで、あるいはその内層も同じだったのかもしれない。恐怖に対抗するすべは、それしかなかったのだ。虚勢を張って、ぶつかることで逃げ続けた。
 人間には二つのタイプがいる。怖いものから目を離さずにはいられない人間と、怖いものから目を背ける人間だ。ワイパーたちは前者だった。それだけの話──では終わらない。
 敵視するということは、見続けることにほかならない。エネルを観察し続けた結果、エネルを知ってしまった。エネルは神などではなく、人間の男であるという当然のことを。しかもそれだけではない。エネルは交渉の場での一件以来、次期神様候補から外されたと言われているが、誰よりもスカイピアの住人からの信望が厚く、救いを求められればその手を決して拒むことはない人間なのである。
 ……その姿はワイパーにとって、非常に認めたくのない事実ではあったが、心を打つに相応しい行いだった。それが『見直した』からの『仲直り』で済めばよかったのだ。よかった、のだけれど、──よりにも寄って恋慕を寄せるほどまでになってしまったのである。性別は大した問題ではなかったが、相手は嫌悪を露にし続けた対象だ。今までやってきたことを考えれば、ワイパーからできることなど、何もなく。どの面下げて、好きだと言えるというのか。


「げ」


 しかもワイパーの染み付いた行動は、なかなか直らずにいた。街中で偶然、ワイパーはエネルの後ろ姿を見付けて、不快感を露にしたような声を出してしまった。当然その声に見合う嫌な顔をしている。こんなことでは、エネルのことが好きだなんて言ったとしても、たわごとにしか聞こえない。
 その声が届いたのか、エネルは緩慢な動作で振り返る。ばちりとあった視線から感情を読み取ることは難しい。


「カルガラの子孫か」


 軽く目を細め、エネルはそう言った。名前を覚えられていないのか、名前で呼ぶ価値すらないと思われているのか、なんにせよワイパーにとってカルガラの子孫と呼ばれるのはいい心地のするものではなかった。本来なら誇りに思うべきことのはずなのに、どうしてか受け入れがたいことのように思えてしまったのである。
 エネルはおれのように悪態をつくわけでもなく、だからと言って無視をするわけでもなかった。まっすぐな目に見つめられると、どうしてかこう、悪態のひとつでもつきそうになってしまって、ワイパーは口を閉じた。悪態をつくくらいなら沈黙の方がまだマシである。ふと思いついたようにエネルはポケットに手を伸ばし、しゃらりとアクセサリーを出してみせる。


「これを」

「……なんだ、これは」

「アイサに渡してくれ。約束の品だと」


 見るからに女物でサイズが小さくなければ、ワイパーはおそらく勘違いをしていたことだろう。それくらいに綺麗な石のついたアクセサリーだった。アイサのことを羨まないわけではなかったが、妬ましいというわけでもなかった。アイサは面と向かってエネルに好意を寄せている。だからこれは正当な権利なのだ。
 そう思ってはいても、手はなかなか前に出なかった。嫉妬ではないと信じたいが、己が目の前の男を好きだという時点でワイパーには否定しづらい状況だった。黙っているわけにはいかないため、適当な言葉を口にした。


「……高ェもんじゃねェのか」

「いや、そんなに大したものじゃない」


 そう言われればワイパーには受け取らない理由はなくなる。ためらいながらもアクセサリーを受け取れば、ほんのすこしだけ指先が触れて、そして離れた。何かを思うほどうぶというわけでもないが、妙にその温もりを意識してしまった。
 その後、会話になるようなことが二人の間に見つかるわけもなく、エネルは別れの挨拶とばかりに軽く頭を下げ「じゃあな」と立ち去ろうとしてしまう。その姿に、ワイパーは「……ああ、」という歯切れの悪い言葉しか発せない。何か話したいと思う。もう少し一緒に過ごしたいと思う。しかし、どうしていいかは、わからない。
 ワイパーの願いが通じたかのように、はたとエネルの足が止まる。そしてポケットから出されたのは何かの箱だった。目の前に差し出されて、それがようやく何であるかを理解した。煙草。ワイパーの吸っている銘柄ではなかったが、間違いなくそれは煙草だった。


「青海産の煙草だ。お前、喫煙者だろう。いるか?」

「っ、お前からもらうものなんてねェよ!」


 くれると言ったことが嬉しかったはずなのに、喫煙者であると覚えていてもらったことが嬉しかったはずなのに、ワイパーの口は反射的にそう答えていた。露骨に嫌いだと態度で表してしまえば、その言葉をひっこめることなどできず。エネルの顔がほんの一瞬、陰ったように見えた。けれどその陰りはすぐに身を潜め、「そうか」と言葉をこぼして、エネルは今度こそ本当に行ってしまった。エネルが歩けば人が集まる。他愛もない話に乗り、きちんと話を聞いてやる。その姿を、ただただ好ましいと思えなくなっていた。
 ──この先、エネルから好かれることも、自分の気持ちを伝える機会を得ることも、おそらく一生ないだろう。それでも、きっとワイパーはエネルに会うために空島のあちこちを行くだろう。そして見つけては声をかけ、悪態をつく。それがいい結果など生まないとわかっていても、憎まれたとしても、何も思われないよりは、よほどマシだった。

おれの生きる暗澹

エネル成り代わり主の「僕が生きる憂鬱」のワイパーSide@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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