国王コブラの息子、王女ビビの弟、次期国王である王子ナマエがクロコダイルのところにやってきたのは突然のことだった。コブラからなんの前触れもなく連絡が来たかと思えば、「息子がそっちへ行ったらしい! すまないがそれ以上うろちょろしないように迎えに行くまで引き止めておいてくれないか!」という予想もしないものだった。たしかにナマエという王子はアラバスタの英雄とも言えるクロコダイルによく懐いている。しかしだからといって勝手に出歩くような真似はしない、躾の行き届いた子どもであるはずだ。
 面倒なことになったと執務室からカジノの方へ向かうと、店の中がにわかに騒がしかった。カジノ特有のうるささではない。はあ、とため息をついてしまうのも仕方のないことだろう。


「王子」

「おお、クロコダイル! 会いに来たぞ!」


 そんなことは知っているが、さっさと帰れと追い払えるわけもない。身分というのは本当に厄介なものだ。心の中でだけ舌打ちをして、クロコダイルは「ここじゃあなんです、奥にどうぞ」とナマエを案内した。VIPルームには今誰も通していないため、そこに案内すればナマエは「おお!」とまた感嘆の声を上げた。


「すごい部屋だなァ」

「王宮に比べたら大したことはないでしょうに」

「いやいや、謙遜することはない。とてもいい部屋だ」


 ナマエはまだ十にもならないであろう子どものくせにまったく子どもらしくない発言をしてくる。そんな態度に嫌気がさしながらも「それで?」と問いかけた。何故わざわざクロコダイルのもとを訪れるような真似をしたのか。そこまで言葉にせずとも十分に通じたらしいナマエはニッコリと笑って手を差し出した。


「クロコダイル! トリックオアトリート!」

「……は?」


 普段ならば隠し通したであろう素の感情が声を伴ってクロコダイルの口から漏れた。たしかに日付を考えればその言葉は正しいだろう。しかし、たかだかそんなことでナマエがここに現れたことが不思議でならなかった。


「ん? 知らぬか? どうやらハロウィンという文化があるらしいのだ」

「知ってはいますが……」

「ならばトリックオアトリートだ。是非何か甘いものをくれ!」


 そこでようやく聡明であるはずのナマエがここを訪れたわけがわかった。ナマエは以前クロコダイルに出された他の国の菓子の味を忘れられないのだろう。なにせナマエは異様なまでの甘味好きとしてこの国では有名なのだ。だからたかだかそれだけのために来た。
 馬鹿らしいとは思いながらも、ナマエのために菓子を用意させると本当に馬鹿のように喜んだ。ご機嫌取りをしてやるのもあとほんの少しのことである。まだ計画は動き出していないのだ。我慢せねばならない。


「クロコダイル、本当にありがとう」


 きっちりと下げられた頭が上げられ、その目の奥にくすぶる純粋な憧れの感情に、クロコダイルはどこかむず痒さを感じた。いつもならば何も知らずにそんな目を向けるだなんて阿呆だと思うはずなのにも関わらず、である。
 気にしていないという意思を込めて首を横に振ると、ナマエはにこにこと頷いて何かを待っているようであった。まさか。思い当たることがないわけではなかったが、それは失礼にあたる行為である。もしどこかから話が漏れれば、本当に面倒なことになりかねない。そう思う反面、ナマエからのキラキラとした目線に耐え切れなくなったのもまた事実で。


「……王子」

「うむ、なんだ!」

「…………トリックオアトリート」

「うむ! 受け取ってくれ!」


 そうして渡されたナツメヤシの実をテーブルの上に置こうとすると、ナマエがどこか落ち込んだような仕草を取ってみせる。こいつはわざとやってるんじゃあないだろうか。苦虫を噛み潰したような顔になりながらもクロコダイルは口にナツメヤシの実を放り込んだ。甘すぎるそれに思いきり唇が歪んだが、ナマエの手前どうにか笑ってみせた。
 これはサービスだ。相手が王子だから機嫌を取ってやらねばならぬだけ。あと数年後にはこいつは自分に殺される。ただ、それだけの相手なのだ。嬉しそうに笑みをこぼす子どもを見ながら、クロコダイルは自分にそう言い聞かせた。

お菓子大好きな少年男主がクロコダイルを振り回す感じのお話@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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