朝、ルッチが言ってくれたことをぼんやりしながら考える。おれのことを気にかけて言ってくれたのなら嬉しかったが、そんなわけにはいかなかった。仲がいいとはいえ、ただの同僚でしかないのだ。本当にいくらかの金ならまだしも親族でもない誰かに借りる値段ではなくなっている。それにだ、よく考えなくてもあれはおれのことを気遣ったわけじゃなくて取り入るためのご機嫌うかがいである。要するにあの言葉は仕事の一環だった。とても悲しいことだけど、それ以外にルッチがおれに優しくする理由なんてないのだ。
 断ったら断ったで不機嫌になるだろうがここはきちんと断っておかねばならない。昼時になってルッチのところまで行くと先にハットリが振り返った。なんだ、とばかりにハットリが首をかしげる。


「あー、朝の話なんだけどよ」


 おれの雰囲気を察知したルッチがおれの腕を引っ張り奥へと連れていく。聞かれたくないだろうと気を使ってくれたんだろうが、その優しさがおれのストレスになっているとは思ってもないはずだ。お前が優しくしてくれればしてくれるだけ、疑いと被害者意識が増していく。どうせ仕事なんだろ、って嫌な言葉が浮かんでは消えるのだ。途中で足を止めれば、ルッチが振り返った。


「やっぱあれ、受け取れねェわ」


 ハットリが不可解だとでも言いたげな顔でおれを見ていた。ルッチの表情にはこれといった変化がない。その空気を誤魔化すようにいつものようにへらへらと笑っていたらハットリが嘴を開いた。


「“なんでだっポー”」

「よく考えてみろ、借入先が変わっただけなんだからお前に返せねェよ」

「“別にゆっくり返したらいいクルッポー”」


 その言葉に、ふ、とつい笑ってしまった。……ゆっくり? ゆっくりってどれくらいだよ。まるでおれの傍にずっと一緒にいるみたいなこと言ってるが、お前はいなくなるじゃないか。一年もしないうちに麦わらたちが来て、そうしたらすぐさまいなくなるじゃないか。アイスバーグさんに酷いことをして、ガレーラをぐちゃぐちゃにして、おれの居場所も何もかも壊して、いなくなっちまうじゃねえか。だというのにおれに金なんか貸して、なんの意味があるってんだ。返せねえよ。忘れられなくなるだろうが。やめてくれよ。そんなことをしなくたっていいんだ。そんなことは、ほんのすこしだっておれのためにならない。


「ありがとな」

「“じゃあ”」

「やっぱり受け取れねェよ、気持ちだけ受け取っておく」


 今度はハットリではなくルッチが不快そうに顔を歪めた。ここ最近のルッチは、表情を顔に出すことが多くなった。心を開いているというアピールなのだろうか。本当、そんなことしなくたっていいのにな。嬉しさを感じる度に虚しくなるからもうやめてほしい。目を細めたルッチがおれをじいと見た。


「“どうするつもりだッポー”」

「とりあえず借金は返す。んで一年以内にギャンブルはやめる! な、それなら安心だろ」

「“今までずっとギャンブルをやり続けてたのに今更やめられるわけねェだろうが”」


 そりゃあそんなふうに思っても仕方ないだろう。なんせルッチはギャンブル好きなおれの姿しか知らないんだから。お前が来てからギャンブルばっかりしてたからな。また唇が笑ってしまった。何も楽しいことなんてないのに、おかしくて。なんでこいつはおれのことを知った気になっているのだろう、そしておれもルッチの何を知った気になっているのだろう。漫画を思い出して悩んで葛藤して馬鹿みたいじゃないか。おれは、馬鹿だ。


「大丈夫だって、今までやめるなんて宣言したの初めてのことだろ? おれはやるときはやるんだよ!」


 お前がいなくなったら全て終わりだ。悩むことすらできなくなる。切ない思いも何もかもなくなって、おれはギャンブルをやめるだろう。ジゴロ、というか女に金をもらうこともなくなるだろう。アイスバーグさんを手伝ってガレーラの復興をして、そうしてまっとうに生きていくことになるんだろう。きっとすごく寂しいだろうな。泣くかもしれない。でもきっといつか忘れる。それでおれは女を作って、家族になって、ある程度幸せに暮らせると思う。だから、もうちょっとの間辛くてもいいじゃねえか。


「だからルッチも手伝ってくれよ。ギャンブルしそうになったら止めてくれ!」

「“……結局ルッチ任せだクルッポー”」

「おいおい、金貸すより簡単だろ?」

「“むしろその方が面倒だっポー”」

「冷てェこと言うなよ〜!」


 おれがルッチのことを好きなのは本当だ。それは、本物のルッチではないのだと思う。演技している彼のことが好きなのだろう。でも、それでも、好きなことに嘘はないから。過剰なストレスをふっかけてきたやつだったけど、それ以上に何かをくれた人だと思うからおれも何かを返すべきだ。そう、もう一年もないんだから、うだうだしてんのはやめだ。想いを伝えることなんかできないけど、やれることは色々ある。
 ルッチやカクたちといっぱい遊ぼう。カリファの暴言も甘んじて受けよう。ブルーノのとこで酒を飲もう。ガレーラも原作ほどは壊させない。アイスバーグさんも、少しでもいいから守ってみせる。ちょっとでも、いい思い出にしよう。

最後まで笑うと決めたから

「もうすぐけものがやってくるのに」続編@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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