突然だが、エースには好きな人がいる。好きな女ではなく、好きな男だ。陸で育てられたせいか、男同士というのが初めは非常に悩ましいところだったが、深く考えるのはやめて好きだから仕方ないということに落ち着いた。
 そんなエースの好きな男──ナマエというのだが、そのナマエは一番隊に所属する男だった。一番初めにエースに優しくしてくれた戦闘員で、そのあとも何かと世話を焼いてくれた人だった。それが自分だけに特別なものではなかったと知ったときが、エースの中で最大の修羅場だったかもしれない。
 だが世話焼きな彼のことが好きになったのだから、今はそんなことどうだっていいのだ。目下の問題は、一番隊隊長、不死鳥マルコの存在である。二人並んで食事を取っていたテーブルの反対側を陣取って、エースは普段から言おう言おうと思っていたことを口にした。


「なあ、二人ってデキてねェの」

「やめろ気持ち悪ィ!!」

「おえ……」


 エースからのド直球の言葉に、マルコは声を荒らげ、ナマエは鳥肌を立てて吐きそうな顔をしていた。この反応を見るにどこからどう見ても付き合っているふうではない二人だが、それでもエースはまだ疑っていた。
 なにせこの二人、相部屋なのである。この広い船の中、隊長たちは個室が普通だというのに何故かマルコの部屋にはナマエが一緒に暮らしている。それが恋人でなくてなんだというのか。
 ナマエはエースからの疑いの視線に気がついたようで、ぶんぶんと首を横に振りながら事のあらましを教えてくれた。曰く、ナマエは屈強な海の男に見合わず虫という虫がダメで虫を殺せるマルコと同室にしてもらったらしい。マルコもマルコで、かなりズボラで虫嫌いなナマエならどれだけ部屋を散らかしても勝手に綺麗にしてくれるから一緒にいるだけとのことだった。そう語ったナマエは普段のマルコの行いを思い出して腹が立ったのか、ついつい言葉に力がこもっていた。


「ほんっと、全然好みじゃねェし! おれ年下可愛い元気っ子がタイプなんだよ! こんな気だるい顔ノーセンキューだわ! だいたいこいつ自分がやらねェくせに変なこだわりあるから、ぐっちぐちうるせェんだよ!」

「ああ!? そりゃあおれの台詞だよい! おれはお前みたいに馬鹿じゃなくて落ち着きと色気のある美人が好みだし、お前が部屋にいると女も呼べねェ挙げ句、夜中虫が出たって起こされるこっちのが大変だろうが!」

「んなこと言いながらたまに勝手に連れ込んでんだろ!? そのときおれは医務室に逃げ込んで扱き使われんだぞ!?」

「知らねェよ!!」


 最終的につかみ合いになるほど、言葉は喧嘩腰だった。どうやら本当にお互い妥協して一緒にいるらしい。メリットとデメリットを天秤にかけて、メリットを取ったということなのだろう。デメリットが大きすぎるような気もしなくはないが、虫というのはナマエにとってそれほど脅威を覚えるものなのだろう。


「ならおれんとこ来れば?」


 安心してしまったからだろうか、つい、エースの口からはそんな言葉が飛び出した。ナマエもマルコも驚いていた。ついでにエースも驚いていた。そんなことをいうつもりはこれっぽっちもなかったというのに。
 このあとになんと言葉を続けたらいいのかとエースは懸命に思案したが、何も出てはこなかった。好きなやつと同じ部屋になれたらそりゃあ嬉しいけどもっと踏むべき段階があったと思う。
 エースが黙り込んだことでマルコにはおおよそエースの内情がわかってしまったらしい。マルコがにんまりと笑っていた。


「いいじゃねェか、出てけ」

「え!? 冷てェなお前!?」


 マルコのからかっているような表情に一瞬怯んだものの、ナマエのあまり芳しいとは言えない反応にエースはハッとして考えを改めた。からかっているかもしれないが、それでもマルコは多分自分の味方である。ならばエースのすべきことはひとつだけだ。自分のことを売り込んでナマエにエースの部屋に来たほうがいいと思わせるのである。


「ほら、ナマエの好みって元気があって年下なんだろ? 可愛くはねェかもしんないけどさ、おれのがいいんじゃね?」

「いやエースは可愛いけど! いや、そうじゃなくて、いや違うか、だからっていうか、ほら、あの、好みの方が、問題っていうかなんていうか……」


 いつもハキハキと話すナマエにしては珍しく、ごにょごにょと言葉尻が消えていった。マルコが馬鹿にした顔でナマエを見て、それからエースを見て口パクで『告白しちまえ』と言った。好みの方が、とナマエは言った。あれ、これはもしかしたらもしかしてしまうのではないか。
 少しでもそう思ってしまったらもうエースの気持ちは止まらなかった。がたんと立ち上がって周りから注目を集めても気にすることなく、大声で叫んでしまった。


「ナマエ、おれはお前のこと好きだぞ! あと虫も殺せる! だからおれの部屋来いよ!」

「エース……!」


 感極まった顔でナマエがエースを見る。そしてすこし涙ぐむと「おれも好き!! もう結婚しよ!!」と馬鹿みたいな告白をして抱きついてきた。エースがそれに頷きながら抱きしめ返すと、食堂にいた連中からは驚きと共に祝福の声が送られていた。ただ間近で見ていたマルコだけは二人に馬鹿を見るような視線を向けている。だがそれを気にするものはどこにもいなかった。

嫌いなところは見つからない

エース@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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