アイゼルネ・ユングフラウでif番外、ロシナンテ生誕の続き


 ロシーを助けに入った、まではよかった。酷い怪我をしていたロシーを片手に、もう片手に人質お兄さん、となり、とりあえずそのまま逃げようとした子どもがいると言われてその子を回収することになった。手が余ってないですねえ!?となったのも束の間、調子の悪そうな子を置いていくという選択肢はおれにもなく、口で襟首を銜えて走ると言う……野生児のような行動を取ってしまった。

 そのまま走って逃げだして、海楼石製の武器に覇気を纏わせてなんかよくわからない鉄格子的なものを切り捨てた。ふ……また下らぬものを切ってしまった……。
 とかまあなんとか、そんなことをしている暇はないので、お兄さんはそこで解放。走って逃げることにした。ロシーが解放することに関して何か言っているような気がしたが、ロシーの怪我を鑑みてお兄さんなんか抱えてる場合じゃないと判断した。一刻も早く船に着くべきだ。死なせて堪るか。

 船に着いて、子どもとロシーを預けて、代わりにおつるさんたちが島へと乗り込んでいった。船医に診てもらい、一命は取り留めたが、ロシーはしばらく寝たままの状態になってしまい、目を覚まさなかった。
 隣に座っていることくらいしかできないおれに、子どもがやって来て色々と経緯を教えてくれた。こまっしゃくれた子どもはローと名乗った。白鉛病という病を患っていたらしい。もう治ったらしいけど、あの病気って致死率百パーだと勝手に思ってたわ。一時期、流行病だとか戦争だとか、そんなことがあった記憶はあるが、おれは修行で忙しく詳しいことは知らなかった。どうやら白鉛病患者は政府に嵌められたらしい。その話を聞いてとても悲しくなった。おれの恩人とも言えるセンゴクさんも知っていたのだろうか。あんないい人でも、民を見殺しにしなきゃいけない世界なんて、本当にひどいじゃないか。


「……あんたもお人好しみてェだな」

「そうかな。大事なものしか大事じゃないと思うけど」


 おれは大悪党かもしれないお兄さんを捕まえることより、ロシーの命を優先した。海兵なら逆の立場を取るべきだっただろう。一介の海兵と、これから弑されるかもしれないたくさんの命。おれにとってはロシーほど助けてあげたい人はいなかった。許されないことだろう。それをお人好しとは言わないはずだ。
 けれどローくんは小さく首を横に振った。そういうことではないと言いたげだった。こんなにも小さい身体でおれよりたくさんつらい経験をしてきたローくんの言うことなら、間違っていないのかもしれないと思った。


「ドフラミンゴを、捕まえないでくれてありがとう」


 いきなり話が変わったように感じ、驚いて目をぱちぱちとしてしまう。お礼を言われるようなこと、してないと思うんですけど。


「……なんでまた」

「コラさんを殺そうとしたけど、おれを利用してたけど、それでも、助けてくれたのはドフラミンゴだったから……」


 ちょっとこの少年、心広すぎない? ていうかやっぱりあのお兄さん本当にヤバい人だったっぽいね? もしかしてだけど、千載一遇のチャンスを逃したりとか……しちゃってる? ヤバいよね? 詳しく話を聞いたら不老不死的なものになるために、ローくんの命を使おうとしていたらしい。本当にやべえじゃん!
 まあそれで解放したことを後悔はしていないんだけども。それでロシーが助からないなら、おれが来た意味なくなっちゃうし。三年半も頑張って耐えたんだぞ? 報われないとか間に合わなかったとか、そんなの辛すぎるだろ。


「ローくんやい。まだここにいる?」

「恋人同士の逢瀬を邪魔したか?」

「難しい言葉知ってんね? いや、そうじゃないんだけど、もしいるんならちょっと仮眠取ってもいいかな。ソファで寝るだけだからさ」


 後方にあったソファを指さすと、ローくんはうなずいてくれた。ありがたくソファの方へ移って、腰を下ろす。
 ぼうっとした頭で、ローくんの台詞回しについて考える。逢瀬ってお前。たしかにデートではないから他の言葉にするのって難しいけど、それでもそのチョイスは渋くない? 子どもとは思えない賢そうなしゃべり方といい、ローくんって実はすごい人なのでは?
 しょうもないことを考えている間に、本格的に眠くなってきたので、何かあったら起こしてくれと告げてから、おれは眠りについた。

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 ナマエが眠ってしまってから十五分ほど経って、ロシナンテは目を覚ました。地面が揺れているように感じて、今自分がいる場所が船であることを理解する。起き上がろうとして身体に痛みが走ったが、あの時味わった死の感覚は既に遠ざかっていた。


「コラさん、目ェ覚めたのか」

「……ロー。お前っ、大丈夫か!? それに……肌が、」

「オペオペの実、上手く使えたみてェで、船に来る頃には大体治ってた」


 まだよくわかってはいないようだったが、それでもローは命を繋げたということだ。そのことがわかると、ロシナンテは自分の怪我も忘れて号泣した。ローは迷惑そうな顔をしていたが、ロシナンテの涙はなかなか止まらなかった。
 鼻水をずずと啜って、それから顔を上げるとローからハンカチが手渡された。綺麗なハンカチだった。


「それからコラさんの怪我だが、とりあえず死ぬことはねェみたいだ」

「……そうか」


 そこまで会話がいって、ようやく先ほどの惨劇染みた出来事を思い出した。ナマエが助けに来てくれなかったら、こうして再びローと話すこともなかっただろう。


「そういえば、ナマエは」

「聞くのが遅ェよ。助けに来てくれた恋人なんだろ」

「うっ、……ああ、すまん」


 ローの言うことももっともだった。三年半も待たせた恋人を助けに来てくれたナマエ。戦えもしなかったのに気が付けば自分よりも強くなっていたナマエは、ロシナンテのためだけに鍛えて来たのだ。口約束でしかなくていつ捨てても文句など言われないのに、他の男や女に見向きもしなかったのだろうとわかるほど、強くなっていた。
 ため息をついたローが、ソファを指さした。ソファの上で、ナマエが丸くなって眠っていた。三年半前にはまだ可愛らしさが残っていたはずなのに、あまりにも美しい人に育ってしまった。


「寝ねェで看病してたみたいだぞ」

「そうか……」

「コラさん、ちゃんと礼言っとけよ」

「そうだな」


 ナマエの傍に行きたくて、痛む身体を無視してゆっくり起き上がる。ローからは咎められるような視線を向けられても、ロシナンテはそれも無視して、ナマエのところまで歩いた。ソファまでの距離がやけに遠くて、嫌な汗をかいた。
 眠るナマエを見つめる。白い肌。長い睫毛。閉じられた目蓋の下の瞳を見たいと、無性に思った。


「……ナマエ」


 顔に触れて名前を呼ぶと、目蓋がうっすらと開いて、美しい瞳がロシナンテを捉えた。ゆっくりと伸びて来た手のひらが頬に触れ、近づいてきた唇が唇に触れる。三年半ぶりのキスが唇と唇がくっつくだけで済むはずもなく、怪我のことも忘れ、貪るようなものになっていた。
 上顎、舌、口腔粘膜、下顎、歯列、とナマエとのキスでよくなってしまう場所をあちらこちら責められる。だが幸いにも、今日ばかりはナマエが下だった。ロシナンテの口腔内にあった唾液は、すべてナマエへと流れていく。零れる前に口を離すと、ナマエが唾液を飲み込んだ。その仕草が、たまらなくいやらしかった。
 唾液で汚れた唇に笑みを乗せて、ナマエが目を細める。瞳にゆらゆらと揺れている情欲が、ロシナンテの知っているナマエそのもので、妙に安心してしまった。


「……キス、また下手になった?」

「……うるせェ」


 三年半もしていなかったのだから当たり前だ、と言いたい気持ちとは裏腹に、ナマエのキスは相変わらず気持ちよすぎるのだから始末に負えない。というか、なんだか上手くなっているような気がするのだが……気のせいだろうか。
 確かめるべくもう一度唇を寄せようとすると「口紅移っちゃうよ」と言われ、なんだか知らないがロシナンテの中でムラムラとした気持ちが湧き上がってくる。なんだかこう、自分の痕を残せるというのはいい。口紅で汚しているような気持ちにもなるし、なんだろうか、とにかくたまらなかったのだ。


「お、お前ら! 子どもがいる前でそういうことすんな!! このバカップル!!」


 そう声がかからなければ、どうなっていたことやら、と思うような雰囲気だったことは認めよう。ロシナンテは慌ててナマエから離れようとして、身体を痛めた。傷が塞がっていないのに身体を逸らしたことが原因だ。
 痛みに悶えているロシナンテを、心配そうな目でナマエが、呆れるような目でローが見ていた。

アイゼルネ・ユングフラウでメアリちゃんがサカズキさんとお付き合いするお話か、ifのロシナンテさんとお付き合いしてる時のお話@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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