愛人契約番外編/頂上決戦後から一味再結成までの間


 どうしてこうなった。

 浮かんだのは、そんな被害妄想染みた考えであるが、大体おれのせいなので何も言えない。
 状況を説明しよう。珍しくクロコダイルと一緒に買い物をしていたら、まずロシナンテと遭遇した。新世界の高級スーツ店なので海軍将校と鉢合わせするのは、まあ、おかしくない事態である。だが、そのあとはどうだ。なんとドフラミンゴが入って来たのだ。お前昔ならともかく今スーツとか着たとこ見たことねえぞ。

 というわけで三竦みである。頭上を飛び交う視線が完全に殺意に塗れている。だが完全なる三竦みとも言えない。どちらかと言うとクロコダイルを一とした二対一である。おれを現在所有しているのはクロコダイルなので、全うな決断と言えよう。
 兄弟がクロコダイルと他愛もない悪口の応酬している。すげえアホみたい。ていうかおれも視界に入ってないのでは? ……少し離れて三人を眺めてみても反応が変わらなかったので、どうやら本当におれが見えていないようだ。
 そうやって観察していたら不意にロシナンテが時計を見て、そこから離脱した。どうやらあまり時間がないらしい。七武海と元七武海が相変わらずしょうもない口喧嘩をしているなか、ロシナンテはそこから離れ、本来の用事を済ませるようだった。ついでにおれがいないことにも気付いて一瞬挙動不審になったが、離れたところから見ているおれを見つけて少し遠回りをしてから寄って来た。賢い。


「……ナマエ、何やってんだ」

「いや、くだらない言い争いに巻き込まれたくないと思って」


 くだらない言い争いをしていた本人に言ってしまうのはなかなか酷な話ではあるが、実際本当にくだらないのだ。だっておれに相応しいのが誰かとかそんな話だぞ。おれに相応しいかどうかはおれが決めて、相手がそれを受け入れるか否かなのでお前らに決められる筋合いはまったくもってないのである。
 そんなおれの心情がわかっているからか、ロシナンテは少ししゅんとしてみせたが、すぐにその気持ちを立て直したようだった。


「あー、その……悪かった」

「別にいいよ。で? ロシナンテさんは何を見に来たの?」

「ん? ああ、スーツを新調しにな」

「ふーん、どんなやつ?」

「とりあえずスリーピースってことしか決めてなくてな……店に任せようかと」


 自分のセンスに自信のない人なら店に任せるっていうのはなかなか良いと思う。特にロシナンテはコラソン時代のことを考えるとな……。そんな目をしてしまったのがバレたのか、ロシナンテは苦笑いだ。


「まァ、うまく選べる自信もねェしな。なんならナマエが選んでくれても、……あ、いや、なんでもない」

「いいよ」


 冗談のつもりで言って、でも図々しいなと思って最後まで言わなかった──と明らかに顔に書いてあるロシナンテに頷いてオーケーを出すと、ロシナンテは露骨に驚いていた。なんで受け入れてくれたのかわからないといった顔だが、基本的にロシナンテには世話になったし、あのなかではかなりの常識人でおれなりにロシナンテのことは好意的に思っているのだ。恋愛的に好きになってくれとか、おれの愛人になれとか無茶な要望でない限り、断ることはないだろう。


「ロシナンテさん素材はいいし、自分の趣味に合う服着せたいなって」


 自分の考えを告げると、何故かロシナンテはやや照れながらも嬉しそうにしていた。初めはロシナンテの考えがよくわからなかったが、自分好みの服を着せるという言葉のいやらしさのようなものに思い当たって、我ながらどうかと思った。そうでなくともロシナンテにとっておれは『十年以上思いを拗らせた好きな人』という特別な存在なのだ。そんな人に服を選んでもらったらそりゃあ嬉しいだろうな、と……気まずい思いを内心抱えながら、生地から色から形からベルトや革靴、カフスに至るまで二着分ほどまるまる選んでしまったのは、自分の意思を押し通せる相手だったからだろう。
 何せ美的センスに関してなんの問題もない相手だ。独特な感性を持っているだとか、譲れない何かがあるだとか、そういうのももちろんそうだが、ロシナンテがおれの美的センスに合わせられる見た目をしているという点も大きい。そして何よりおれの意見を聞き入れる気があるのだ。

 これがクロコダイルだったら、趣味が合うが、基本的にあいつは全部自分で決めるし、おれの意見を取り入れる気はない。あとどっちかっていうとギラギラしてる服が多い。おれはどっちかっていうとシンプルな方が好きだ。ギラギラが嫌いなわけじゃないし、クロコダイルにも似合っていていいとは思う。クロコダイルの服装に満足はしているのだ。
 ついでに言うとドフラミンゴはあのドピンクのコートがとにかく納得いかない。全体のバランスはいいだろうし、本人にも似合っているし、おしゃれじゃないとは言わないんだが……好みではないんだよなァ。普通にスーツ着てた昔の方が趣味はまだ合うだろう。あとドフラミンゴも多分おれの意見なんか聞かないと思う。


「いいんじゃない? これは近年稀に見る大作なのでは? ね、そう思いません、オーナーさん」

「わかります。さすがはナマエ様……ロシナンテ様にお似合いの逸品を作り上げてしまいましたね」


 簡単に言えば一方は暖色系、もう一方は寒色系で、カフスはどっちもシルバー主体だ。クロコダイルもドフラミンゴもシルバーよりゴールドが似合うタイプだが、あれは失敗するとただの下品になる。ドフラミンゴに関して言えば仮に下品になってもそれなりに似合ってまとまるから逆にすごいと思うが、クロコダイルもドフラミンゴも悪いことしてる金持ちのおっさんだから似合うのであって、誠実さとか爽やかさとかそういった言葉が似合うロシナンテにはシルバーの方がよく似合う。


「ありがとな。大切にする」

「いいえ〜、おれも綺麗なものをカスタムするのは楽しかったし」

「ああ、やっぱりこういうとこのはひと味違うもんな」

「恐縮です」


 並べられている生地やら見ながらそんな会話をする。綺麗、と言ったのはロシナンテのことだったのだが、どうやら伝わらなかったらしい。元天竜人だけのことはあって、彼の顔は驚くほど整っている。サングラスを外すことがないのであまりわからないが、きっとドフラミンゴもそうなのだろう。
 とはいえ、伝わらない方が無難か。ロシナンテが、の部分は声には出さないでおく。伝わったら、おれがロシナンテのことを好きだと勘違いさせてしまうかもしれない。それはあんまりにもあんまりな事態だ。


「……やっぱ綺麗だな」

「うん? そうだな」


 見上げて言ったのにロシナンテは何もわかっていないような顔で、へらりと笑う。真っ赤な発色ではないものの、ピジョンブラッドを思い出すような深い赤みを持つ瞳は本当に美しい。だというのに美しさを微塵も感じさせないような人畜無害さ溢れるその顔に、つい安心感を覚えて、おれもへらりと笑った──ら、後ろから思い切り首を掴まれた。左手だ、クロコダイルじゃない。


「フッフッフ、二人でいい感じになってるじゃねェか。おれも入れてくれよ」

「……ドフラミンゴ、と、クロコダイル」


 見上げた視界にはたしかにドフラミンゴが映っていたのだが、その真横には腕を組んだクロコダイルの姿もある。ドフラミンゴもクロコダイルも不機嫌そうに笑っている。まずい。クロコダイルが怒りながら笑っているのは珍しい。ってことは相当怒っているのだろう。こいつの地雷ポイントは相変わらずまるでわからん。


「ナマエ、これ、お前が選んだんだってなァ」


 並べられた生地をクロコダイルの右手がするりと撫でる。ドフラミンゴからおれを奪還するわけでもなく、そんなことをする理由がわかってしまい、眉間に皺が寄った。


「そうだ。おれが、おれの好みで、ドンキホーテ・ロシナンテが映えるように選んだ」


 この場で生地や小物を壊したり、おれのセンスに文句をつけるというのなら最早戦争である。基本的におれとクロコダイルの美的センスは近いものがあるが、『直々に他の男に選んだ』という事実だけでこき下ろすようなことをするのなら、家出も辞さない覚悟である。クロコダイルを選ぶナンバーワンの理由が美的センスによるものなんだし、美的センスを否定されるようなことがあれば一緒に暮らしていくのは不可能だろう。
 クロコダイルと睨みあっていると意外なところから援護射撃が飛んで来た。にんまりと楽し気に笑ったドフラミンゴである。


「いいんじゃねェか。あんまり着ない色だが、実際ロシーにはよく似合うと思うぜ」

「な〜! だよなー!」


 調子に乗ってそう言ったのが悪かったのだろう。クロコダイルは最早笑みなど残っていないキレ顔で、いいとも悪いとも言わずに「いいからこっちへ来い」と舌打ちを噛ました。おれもとりあえずこれ以上は辞めておくことにして、歩を進め──られなかった。首から手が外れてないのだ。もちろんドフラミンゴである。


「あ〜ドフラミンゴさん? 手を離してもらえませんかね?」

「まァそう言うなよ。おれとお前の仲じゃねェか」

「誘拐犯と被害者?」

「誘拐? フフ、保護してやったの間違いだろ?」


 たしかにそういう言い分もあるだろう。おれは生活環境が整ってなかったし。ロシナンテがドフラミンゴに向かって口を開きかけたとき、おれの頭上をクロコダイルの攻撃が通過し、おれの首から見事に手が離れた。そしてすぐ鉤爪で引き寄せられる。慣れすぎて最早恐怖も感じない。ドフラミンゴはいつものように笑っていた。


「おい、迷惑かけたな。今日は帰る」

「いいえ、お気にならず。またのご来店をお待ちしております」


 他へは挨拶もなしにオーナーにだけそう言って、クロコダイルはおれを抱えたまま店を出た。きっともうこの店には来ないんだろうなァ、と思いながら、おれは黙っている。クロコダイルからの非難の視線がうるさい。……屋敷に帰ったらまた、なんか言われるんだろうなァ。

愛人契約主がクロコダイルとドンキホーテ兄弟に奪われ合うお話よろしくお願いいたします@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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