死ネタ


 昔からサカズキには休暇を取る日が一日だけあった。どんな仕事が入っていても休むその日がハロウィンなものだから、口さがない部下たちは浮かれてやがるとサカズキを笑ったり、あるいは鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに本部でイベントを堪能した。
 サカズキはそんな連中のことなど心底どうでもよかったが、事情を知っている一部の者たちから気の毒そうな顔をされるのは腹に据えかねた。まだ引きずっているのかと言われた際に激昂して以来、誰も話題にしなくなっただけ、これでもマシになってはいる。だが、腹が立つものは立つのだ。

 放っておいてほしい。
 周りが言わずともわかっている。

 サカズキは、とても哀れで、愚かだ。

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「……帰ったぞ」

 家に帰宅して、そう言った。一人暮らしの家に返事をくれるものは勿論いない。もうすぐ日を跨ごうという時間だった。荷物も上着もそこらへんに投げ捨て、電灯をつけることもなく廊下を進んでいく。
 とある部屋に入ると、サカズキのお目当てがそこにいた。少し皺くちゃになった服を着た男が、畳の上に腰を下ろして俯いている。

「ナマエ」

 声をかけても男は反応しない。近づいても顔を上げることも返事をすることもない。

「ナマエ……」

 年若い男だ。サカズキの半分ほどしか生きていないような、息子といってもおかしくないほど年若い海兵は、目をつむって俯いている。まるで、眠っているように。

 眠っていたのなら、どれほどよかったことか。

 触れようとのばしたサカズキの手は今年も空を切った。ここには何もないのだとサカズキに言い聞かせるようだった。
 サカズキにだってわかっている。今見えているこの男は、ずいぶん前に死んでいる。能力者のサカズキを庇って、腹に大穴を開けた馬鹿な男だ。化け物でしかないサカズキを最初から最後までただの人間として扱った類稀なる阿呆だった。

 幻覚なのか、幽霊なのか、サカズキにはわからない。できれば、幽霊であればいいと思っているが、サカズキは神も悪魔も、霊魂も死後の世界も信じてはいなかった。だからきっとこれは、サカズキの幻覚なのだろう。

 見知った顔の幻覚が見えるようになったのは、翌年の命日のことだった。たまたま休みだったサカズキの前に現れたそれは、何も言わず、動くこともなく、ただサカズキの家に現れて翌日になれば消える。ただそれだけ。空気のように存在しているだけというのが、この男には実に似合わない所業だった。

 サカズキは寝転がって男の顔を見る。見慣れた顔だ。毎年毎年、よく飽きもせずに同じ顔をしている。

 目をつむった男の表情は、泣いているわけではないが悲しそうで、笑っているわけではないが嬉しそうだった。

 思わずサカズキは笑ってしまう。なんて情けない顔だろうか。きっとそれは己の考えを反映しているのだ。一緒にいられて嬉しい。もう二度と会えないと思っていたから顔を見ることができて嬉しい。だがもうこれは現実ではない。死んでいるのだ。だから、悲しい。なんて馬鹿らしい思考回路だろうか。

「……ナマエ」

 もう声が思い出せない。瞳の色もわからなくなった。匂いなら尚更、わからない。

「早く、迎えに来んか」

 苛烈なお前の代わりに見つける海賊を片っ端から殺してるぞ。何十年もこんなに頑張ってるんだからさっさと迎えに来い。
 サカズキが内心で呟いた言葉に対して笑い声が聞こえたような気がしたが、所詮気のせいだ。目の前の男は沈黙を貫いている。一生変わることはない。いや、サカズキがその一生を終えれば、この男も消えるだろう。この幽霊はサカズキの願望でしかないのだから。

サカズキで、ハロウィンのときにだけ現れる喋ることも表情が変わることもない死んだ同僚(思いびと)と、そんな同僚といるためだけにハロウィンはどんな手を使ってでも休んで一緒にいるお話お願いします。同僚の表情はお任せします。できればシリアスでお願いします。@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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