アイゼルネ・ユングフラウifボルサリーノルート


 ナマエと付き合うという予想もしていなかったことになって初めてのバレンタインデー。ボルサリーノが気にしてなかったと言えば嘘になるだろう。当日の夜には遠征に出る予定が入っていたため、ディナーだのという恋人らしい雰囲気になることはほぼ不可能と言ってもいいだろうが、それでもチョコレートくらいはもらえるだろうと思っていたのだ。ナマエは基本的には気が利くし、自分以外の周りの男連中にも配るだろうとすら本気で思っていた──ナマエが男であるということをすっかり忘れて。

 バレンタインの日が訪れ、いつものように仕事に明け暮れるナマエをボルサリーノは目にしたが、本当にいつも通りで特にこれといって甘い匂いもさせていなかったし、バレンタインである雰囲気すら感じさせなかった。仕事中なのだから当然、と思っても、あの平静とした態度に嫌な予感を覚えなくはなかった。

 昼時、いつものようにクザンと食堂で食事を取っているナマエを見かけたボルサリーノは「チョコレート? ……ああ、バレンタインですか? そういえばチョコレート渡したりしますもんねぇ」という言葉を聞いて、内心意気消沈した。これは確実に用意していないからこそ出てくる台詞である。
 付き合っているという事実を知っているクザンはボルサリーノがいることに気づき、同情するような目を向けていた。やめてくれ、と思ったが、そこでようやくボルサリーノはナマエが箱入り娘ならぬ箱入り息子であることを思い出した。そもそもチョコレートをどうこうしようという気がまるでないのである。
 あらかじめ確認を取らなかった自分が悪いような、チョコレートが欲しいだなんていい年をして言い出せるわけもないような。
 少しだけ憂鬱な思いでそのあとの仕事を全うし、さてそろそろ港に向かうかというところでナマエが執務室にやって来た。なんだ、本当はチョコレートを用意していたんじゃないか、なんてお気楽な思考はさすがに持っていない。


「どうしたんだい?」

「そりゃあもちろん恋人の遠征のお見送りに」


 勤務時間を既に終えているからか、へらりと笑ったナマエの顔は仕事のときとは違い、すこしばかり甘ったるい。そんなふうに自分にだけ笑ってくれるのだからチョコレートだなんだと落ち込む必要はないだろう。
 ボルサリーノが礼を口にすれば、ナマエは当然だとばかりにゆるく首を振っていた。一つ一つの何気ないしぐさが嬉しくてボルサリーノも顔をほころばせていると、ナマエが後ろ手に隠していたらしい花を差し出してきた。明るいピンク色の葉っぱのようなものの真ん中に白い花が咲いている。花が二重になっているようにも見えるその花を見るのはボルサリーノにとって初めてのことだった。


「船室にでも飾ってください」

「……ありがとォ〜」

「あ、これ花瓶と水です。用意しておきました」

「おォ〜、準備がいいねェ」


 たしかに部屋に彩りがあるのはいいことだし、恋人からの贈り物を飾ればそれだけで華やぐだろうが、潮風に当たりすぐ傷んでしまうだろう。どうして花なのだろうか。あまりにも珍しいプレゼントに驚いている間にボルサリーノはナマエに急かされて、港まで送り届けられてしまった。それから互いが見えなくなるまで見送られて、やはり悪い気はしなかった。
 早速船室にでも飾ろうと振り返れば、部下の一人がじっとボルサリーノを見ていたことに気が付いた。普段花を愛でたりすることのないボルサリーノが花を持っているのがよほど珍しかったのだろう。


「気になるかい?」

「ええまあ、おお、ブーゲンビリア。珍しいっすね、大将が花なんて」

「いやァ、……恋人にもらってねェ」


 ナマエとの関係はごく一部の人間しか知らないものの、つい自慢したくなる気持ちが出てきて、相手が誰とはわからないようにそんな言葉がぽろりとこぼれ落ちた。部下はボルサリーノがそんな話をしたことに驚いたようだったが、すぐさまにやにやと上司に向けるべきではないからかうような表情を浮かべる。


「はァ〜、なんとも熱烈っすねェ」

「んん? どういうことだい?」


 花を渡されたくらいで熱烈とは言わないだろう。家族や恋人に何かをもらって遠征に向かう海兵は少なくないのだ。花のように実用性のないものを持っていく者はごくまれだろうが、そこまで熱烈と言えるものではないような気がしてボルサリーノは首をかしげた。そんなボルサリーノに部下はすこし自慢げな笑みを作った。


「ブーゲンビリアの最盛期は夏なんすよ。ってことはこの時期夏の島からそれをわざわざ手に入れて贈るんだから、当然意味があるってことで……ブーゲンビリアの花言葉って知ってますか?」

「いやァ、知らないねェ」


 花の名前さえわからなかったボルサリーノに花言葉などわかるわけもない。首をかしげたままのボルサリーノに部下はブーゲンビリアの花言葉を教えてくれた。その花言葉の数々にボルサリーノは口をぽかんと開け、それから船内に入り自分の部屋を目指した。これはナマエに一言申してやらなきゃあならないだろう。部下から教えられた花言葉は三つ。『情熱』『あなたは魅力に満ちている』、そして──『あなたしか見えない』。
 そこまで熱烈な意味のある言葉だとわかっていたら部下に聞いたりしなかった。おかげで顔がじんわりと熱を持っている。部下に恥ずかしいところを見られてしまった。言いたい文句は色々とあるが、電話をかけて一番に言うべき言葉は決まっている。部屋に着いて電伝虫を手に取り、すっかり覚えてしまった番号にかければ、数コールのうちにナマエに繋がった。


『はい、ナマエです』

「おォ〜、ナマエ」

『ふふ、ボルサリーノさんどうしました?』


 笑っているということはきっと分かっているのだろう。なんだか年若い恋人にいいようにされているような気がしてならなかった。実際してやられたのだから間違っていないのだけれど。
 ため息をつきながら、というよりも、深呼吸をして自分を落ち着かせてからボルサリーノは声を発した。


「わっしも、そう思ってる」

『あれ、直接言ってくれないんですか?』

「ナマエだって口にしたわけじゃあないだろォ?」

『好きすぎてボルサリーノさんしか見えないです』


 普通こういうのは言いづらいから花に託したというやつだろうに、どうしてこうもまっすぐ伝えてくるのか。『はい、ボルサリーノさんもどうぞ?』とナマエの声が流れると、電伝虫が意地悪い顔でにっこりと笑った。そんな楽しそうな顔をするのはボルサリーノと二人のときだけで、なんというか、ナマエは本当に、ずるい。

メアリちゃんと三大将の誰かとのバレンタイン話をお願いします。恋愛要素ありだと嬉しいです。メアリちゃんはもらう側なのかあげる側なのか、とても気になります。@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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