ロブ・ルッチ。成績優秀、品行方正、眉目秀麗、文武両道と四字熟語を四つ並べてもまだ足りないくらいの完璧超人である。おれが彼と同じ学生で、クラスにロブくんがいたらおれは絶対に彼を妬んでいただろう。いや、妬むことすらできずに卑屈へとまっしぐらだったかもしれない。今は教師だからまるでそんなことは思わないけれど、おれのときにはあんなに色気のある高校生なんていたっけ、という感じだ。……もしかして、高校生に色気を感じたおれの方に問題があるのだろうか。ちょっとそんなことを思わなくもない。
 しかし当面の問題はそんなことではない。ロブくんをおれの住処と化している理科準備室に呼び出して、机を挟んで座らせる。背筋をきちんと伸ばして座ったロブくんは、なんとも優等生にしか見えない。おれも猫背のままではいかないだろうと少しだけ背筋を伸ばしたらよろしくない音がした。もう年かな……。


「で、ロブくん、これ、どういうことかな?」


 ぴら、と見せつけたテスト用紙に書かれたのはロブ・ルッチという綺麗な文字の名前と、おれの採点した零点の文字。何も記入しないところがいっそ潔いと言えるだろう。おれがテストの見回りに来たときは既に裏返していて、さすがロブくんもう全部できたのか、なんて思っていたのに……採点してみればこのざまだった。どういうことだよこれ本当に。採点してたらこんなん出てきて、成績を提出したら採点ミスじゃないのかとどやされて、挙げ句お前がなんかしたんじゃないかと詰られて、もう、散々だった。
 だからこうしてロブくんを直接呼び出してお話を聞かなきゃいけなくなったのだが、当の本人はと言えばしれっとした顔をしている。ぐぬぬ、顔が整っているところが特に小憎たらしい……。


「零点ですね」

「そうだね、零点だね。でもそこじゃなくてね、なんで零点なんて取ったのか聞いてるんだけどなあ、僕は」

「それしか取れなかったもので」

「いや、きみ化学得意だよね? 他の先生から聞いてるし、何より授業中にきみより真剣に授業受けてくれてる子いないの知ってるからね」


 今年からロブくんたち三年の担当になったとはいえ、前任の先生からはしっかりと情報を得ている。しかも目立つ生徒だから授業中に真面目にやっているのがロブくんだけだったりして、ああ、あの子か、なんて思ったりもした。かなり好意的に思っていた生徒がこんなことをやらかしてくるから教師はつらい。好意的だとか真面目だとか、そんなものは教師の一方的な考えにすぎないのだ。
 若干、落ち込んでいるおれの言葉を聞いてはいるようで、ロブくんは軽く目を開いておれのことを見つめてくる。それがどういう意味かは、わからなかった。高校生という生き物が難解でため息が出る。


「で、どういうつもりかな、ロブくん。解けるのに解かない、書こうともしてくれないってのは、結構困るんだけど」


 おれのせいでロブくんの成績があぼんなことになったら間違いなくおれはクビになって路頭に迷う。給料がいいからという理由で私立校に来たのが完全に裏目に出た形だ。マジでヤバい。おれの未来はどっちだってな感じで、明日には交通整理でもしてる可能性だってある。知ってるか、教師ってのは他の職にはつけない職だって。一年目から生徒という下がいる環境で仕事をしてきたやつらは使えないんだと。クビになったらどうしようか、という逆に現実逃避なことをしてると、ロブくんはまっすぐにおれを見て言った。


「わからないんですか?」

「うん? あのね、わかんないから呼んでるんだけども?」

「鈍い人だ」

「に、鈍い……」


 鈍いって言われても困る。教師はエスパーじゃないんだぞ? せめて担任ならよく見ているからわかるかもしれないけど、おれはただの化学教諭で、彼はその授業を受けるだけの生徒だ。まあそれでも今の受け答えでわかったことはある。ロブくんは完全に悪意でやってる。わかんないんですか? とかおれ超煽られてんじゃん。意味わかんね。おれが何をしたというのか。思わず頭を抱えて項垂れてしまう。うっすら頭痛がしてきたような気がする。


「先生」

「はいは、……い?」


 声をかけられて顔をあげれば、目の前に端正な顔のどアップ。……は? と思っている間に、唇が触れて離れていった。ちゅ、と可愛らしい音付きでだ。……は? 意味がわからなすぎてフリーズした。口と口がくっ付いたんだ、よな? ということはイコール、キス? 口づけ? 接吻? ちゅー?


「こういうのは、一つしかないでしょう」


 あなたのことが好きなんですよ。ロブくんはそう言って笑った。それが色気のある笑い方で、うっかりドキッとしそうになったが、すぐさまその考えを振り払う。
 ……今度は違う意味で思う。おれが、何を、した? 何もしてないよな? 親しくしていた覚えもなければ、たとえばどこぞの不良のように仔猫を拾ったりだとか、どこぞの王道少女マンガのように絡まれていたところを助けた、とか、あるわけもない。おれは動物は実験動物しか触ったことがないし、人が絡まれててもおれには無関係だと無視を決め込むタイプだ。それに、本当にロブくんとの接点は授業だけ。あったとしても廊下でのあいさつ程度で、それ以上のことは今まで何もなかった。ていうかそもそもおれら男同士だよね? ロブくんって何、男が好きなの? 頭ん中が色んな考えでまとまらなくなって、破裂しそうになる。キャパシティオーバーだ。やっとのことで絞り出した声は大人とは思えないほど残念な感じだった。


「……え、ごめん、意味がわかんないんだけど」

「ただの一目惚れです」

「一目惚れされるような面じゃねえよ!」


 やばい、本格的に頭痛がしてきた。思わず素で叫んでしまうくらい動揺と困惑に襲われている。マジで意味がわからない。おれはたしかに不細工ってほどじゃあないが、イケメンでもないフツメン野郎だ。唯一の取柄は身長が高いくらいだ。でも筋肉質っていうよりはもやし。挙げ句着痩せもするので生徒からのあだ名はごぼうだ。そんなおれのどこに好きになる要素があるんだ。
 ていうか男だとか女だとかそういうのは関係なく、生徒と関係でも持とうものならおれは警察に捕まっちまうだろう。そしてロリコンショタコンホモ野郎と言われて生きていくのだ。怖すぎる。
 とてもじゃないが信じられないというのと、とてもじゃないが信じたくないという二つの理由から総合して、目の前のロブくんはおれをからかっているんじゃないかという結論に達した。そうであってほしかったからだ。


「あー、からかってんなら、もうやめろ、な? 罰ゲームにしたってあんまりだろ?」


 苦笑いでそう言ったら、ロブくん、すっげー顔になっちゃったよ……はあ? って感じ。もしくは話聞いてなかったのかぶん殴るぞって顔。めっちゃ怖い。おれの方がよっぽど大人なのに、完全に気圧されていた。ヒイ。ずいっと怒った顔のまま近寄ってくるものだから、おれは思わず引いてしまった。けれど後ろには壁しかない。軽く頭がぶつかると、それを好機と見たのかなんなのか、ロブくんは俊敏な動きで机を乗り越えおれの膝の上に跨った。叫びそうになって開いた唇はロブくんの手でふさがれて、余計にパニックだ。や、やられるー!?


「叫んだらおれを足の上に乗せてる変態教師ってことになるがいいのか?」

「!!」


 冷静な声にあてられて、おれも冷静さを取り戻した。ちぎれんばかりに首を横に振るおれを見て満足そうに笑ったロブくんはどう見ても悪魔だ。怖い。おれの人生握ってる感じが半端じゃない。もうどう転がってもおれの人生、ロブくんにどうかされちゃうことは確実だった。おれは明日の新聞に変態教師として載ってしまうのだろうか。優等生の男の子を手籠めにしたくてわざわざ答案を捏造したとか報道されちゃうのだろうか。世間怖すぎて笑えないぞそれ。暴行未遂? それとも準強姦? ロブくんならなんでも捏造できそうでめっちゃ怖かった。
 零点取ったのはこういう事か……とおれががくがくと怯えているというのに、ロブくんはとても色っぽい顔をして笑っている。超がつくほどの至近距離での笑顔だったせいか、背中がぞくぞくしてしまった。や、やばい。このままでいたら多分……勃っちまう。やばいやばいやばいそれだけはヤバい! 男で勃つとか屈辱的だけどそれ以上に言い逃れできない! 焦って顔から血の気が引くおれとは裏腹にロブくんは人の手を取ってキスをしたり舐めたりしている。いや結構マジでやばい。映像的にヤバい。とりあえず視界から見えなきゃあどうにかなるんじゃないかと思って目線を下げたら目が点になった。はっきりとわかるほどにズボンが膨らんでいたからだ。おれのがじゃない、ロブくんのが、だ。


「え、なに、なんで勃ってんのお前」

「……バカヤロウ、言っただろうが」


 ロブくんだんだん口調荒くなってねえか、おれもだけど。って、いまはそんなことどうでもいい。違う違う。ロブくんが言ったこと? 言ったことって、え、そりゃあ、あれです、よね? 人の手をつかんだままおれのことをじっと見つめてくる。おそらく興奮しているみたいで、目はちょっとうるんでいた。


「……マジでおれのこと好きなの?」

「さっきからそう言っている」

「ああ、うん、そうだね、そうだけどね……」


 でも普通信じないでしょ……男同士だぞ。でもまあ勃ってるとこ見ちゃったらそれ以上何も言えない。さておれはどうするべきか。生徒の心に傷をつけるのはまずいけれど、仮におれのケツが狙われているとしたらそれは別だ。突き飛ばして逃げるか? 人生に傷がつくよりケツに傷がつく方がよっぽど怖い。


「ちなみに、あなたに抱かれたいという意味だ」

「へー……ちょ、えええええ!?」


 さすが高校生、欲に素直だ! って、いや、ケツ狙われるよりはいいけども! 男に突っ込まれたいと思えるその精神構造が甚だ理解に苦しむ。え、だってこいつおれに突っ込まれたくて興奮して勃起してるんでしょ? うっそぉ、なにそれ。そんなふうに思うのに、気持ち悪いからと突き飛ばすようなことをしなかったおれも大概間違っている。おそらくノンケではありえない思考回路だ。おれがノンケだという前提から間違っていたのだろうか。でもどっちにしたって関係なかった。おれは一つ頷いてからロブくんを見上げる。


「おれはまだ捕まりたくない! 無理!」

「うるせェ口だな」

「ん、っ!?」


 話していたわけだから当然のように開いていた口に、ロブくんの舌がねじ込まれた。ロブくんの息が熱い。イケメンの割に経験はそうでもないのかあまりキスがうまいとは思えなかったが、それは興奮しきっているせいかもしれない。がむしゃらって感じで、なんか可愛い。完全に興奮しきっているみたいで、息も上がって漏れる声がえろかった。それを聞いていたら……なんか、もう、どうにでもなれ、みたいな? 乗せられてしまったと言わざるをえないおれは、ついロブくんの腰に手を置いてしまったのである。腰に触れただけでびくりと跳ねたのを見て、なんだかこう、征服欲、みたいなものがむくむくと湧き上がる。唾液でべとべとになってしまった唇が離れていった。


「……ってちげえよ! 乗せられてる場合か!」

「いてェ……生徒に手を上げていいと思ってるのか?」

「生徒に手ぇ出す方がまずいんだよ!」


 思わずロブくんの頭を叩いたら睨まれたが、おれとキスしてがちがちに勃ってるようなやつに睨まれても今は怖くない。傷害暴行より性犯罪者への目が厳しい世の中なんだぞ。ロブくんは被害者で通るからいいけど、おれはどうなる。下手したら塀の中だ。あかん、駄目絶対。


「バレなきゃあいいんだろう。鍵なら閉めてきた」

「ロブくんマジで何やってんの」


 たしかにここの鍵は一つしかなくて、今ここにあるのだからそりゃあ開かないかもしれないけど、防音じゃあないし、第一この部屋がイカ臭くなったら誤魔化しきれない。一人でオナってましたってそれもそれでどうなのって感じだ。おれはそんなほとんどアウトと言えるようなスリリングなことしたくない。顔を近付けてきたロブくんの口を、手で覆うようにして止める。不満気な顔をしているがおれの立場も汲み取ってほしい。


「よし、じゃあこうしよう。次のテストで満点取ったらこの部屋でキスまでは許可する」

「聞いてなかったのか? 抱かれたいと言ったんだが」

「聞いたけど現実的に考えろ、今この場でとか無理だから」


 ロブくんがものっそい顔をしてる。いや、わかるよ、そんだけがっちがちになってたらそりゃあつらいだろうよ。さっさと出しちゃいたいよな。でもここではやめて、本当に。おれの言葉に妥協はできないらしく、ロブくんは退こうとしない。困った……が、こうなりゃ自棄だ。ため息をついてから、ロブくんを見る。


「わかった。じゃあお前が声出さないってんなら手でヌいてやる。そこまでしか譲歩できないぞ」

「……仕方ねェか」

「上から目線だけどまあいいってことにしとくよ」


 頷いたロブくんが早速ベルトを外そうとしたのでその手を制し、そのまま抱え上げる。軽くはない。驚いたらしいロブくんがすこしだけ暴れそうになったのを押さえながらドアの方へ向かっていくと、抗議の声が上がった。さっき言ったことは嘘だったのかみたいなことだ。おれは容赦なくロブくんのケツを一回叩いて黙らせる。そうして誰もいないことを確認してから近くの男子便所の個室に入り込んだ。狭い個室に二人。そのうちの一人がガチガチに勃たせてるなんて、なんともシュールな光景だ。


「……頼むから、マジで声出すなよ」


 精液をかけられたら嫌なので便器に向かって立たせ、後ろから手を回してズボンを下ろしてやる。ごくりと息を飲む音が耳の近くで聞こえてちょっと楽しくなってきたり、顔が見えないのがちょっと残念だとか思ってしまって、なんだかなあ、という感じだ。これじゃあ結局変態教師じゃねえか……。

認めちゃえば?



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