「“実はルッチとゼクスは兄弟なんだポッポー”」

「へ?」


 夕飯を二人で食っていたらそんなことを言われておれはきょとんだ。いきなりそんなこと言われて信じるやつがどこにいる。突拍子もなく変な冗談を言い出したルッチに、おれは苦笑いだ。だってまったく意味がわかんないし。ていうか恋人が血の繋がった兄弟だったら困るじゃないか。おれが苦笑いだったせいか、「“本当だクルッポー”」と言った。まだ冗談を続けるらしい。仕方ないのでその冗談に乗ってやることにする。


「ふうん、どんな兄弟なんだ?」

「“生き別れの兄弟だポッポー”」

「生き別れぇ? じゃあおれが兄ちゃんで、お前が弟?」


 勿論のことながらおれに弟なんてものがいたことはない。というか、海賊だった父親も母親もおれが二歳のときに死んでるから、絶対にありえないのだけれど。弟がいなかったという記憶はある。そこらへんの事情を知っているのに話してきたということは、家族になろうというプロポーズと受け取ってもいいのだろうか。男同士って結婚できないから養子縁組で家族になるしなあ……い、いや、深読みするのはやめよう。もし違ったら恥ずかしすぎる。とりあえず、もう少し話に乗ってみようと思った。


「それにしちゃ全然似てないけどな」

「“ルッチは父親似でゼクスは母親似。ルッチも全然気が付かなかったポッポー”」

「そっか、どこで気が付いたんだ?」

「“電話がかかってきた”」

「電話?」


 たしかルッチも家族はいないと言っていたし、どこぞの知人から、という設定なのだろうか。ちょっとこの冗談、手が込んでるなあ。電話の相手がカクとかパウリーの仕込みで、マジのプロポーズだったらどうしよう、どきどきしてきた……。こくり、ルッチが頷くと肩からハットリが飛んでいく。どうしたのだろう、とハットリに視線を向ければ窓のところにハトが来ていた。彼女か?


「赤ん坊のときにさらわれた兄の名前はゼクス、調べたらお前の話とすべて一致した」


 おれがハットリを見ている間に、ルッチはそう言った。普段は一切出さないその声で、まるで死刑宣告のように。緩慢な動作で振り向いたおれがどんな顔をしているのかはわからない。けれどあまり動かされることのない表情筋が動いて、ルッチの眉間に皺が寄ったからおれはひどい顔をしているのかもしれない。それでも何も言わないわけにはいかなくて、ゆっくりと呼吸をしてからルッチに聞いた。


「おれが両親だと思ってる人は、誘拐犯?」

「ああ、ゲス野郎だ。だが本当の親もクズだ。どっちも大して変わらん」

「……そっか」


 わざわざ地声を出して話すくらいだ、きっと本当なのだろう。それを聞いてしまえば、なんとなくそうだったのかと思い当たる節もある。たとえば二歳のおれを雑用と使っていたこと、たとえば今のおれとどちらも似ていないこと、たとえば夜半外に放り出されたこと、たとえば面白半分に海に放り捨てられたこと、たとえば、たとえば。言い出したらキリがない。親のくせにそんなことやるなんて最低だとずっと思っていた。どこかに本当の両親がいて辛い生活なんてなかったものだとしてくれることを、ほんのすこし期待していた時期があった。そんなものもとっくに終えたおれに言い渡されたのが本当の両親もクズ宣言、ちょっぴり切なかった。


「ルッチ、おれと別れたいって思ってる?」


 そんなことよりも大事なことがあって、おれは口を開く。両親なんて今更どうでもいいことだ。それよりも大事なのは、目の前の恋人。似ていない弟らしき男。ルッチはおれの問いに対して何も言わなかった。それでもよかった。寧ろその方が好都合だった。血の繋がりだのなんだの、もう今更なのだ。男と女ならまだしも、おれたちは男同士。こどもなんて作れないのだからそこに問題はない。それに二年も付き合っているのに、こんなことで別れたくなんかない。


「おれは卑怯だから、先に言う。──好きだ。お前がなんだっていい、おれのことを少しでも好きだって思ってくれるのなら、置いていかないでくれ」


 兄弟として生きていたら幸せだっただろうか? クズだと言われた本当の両親のもとで二人で傷をなめ合って生きていれば、まだマシだっただろうか? ルッチの背中にあんな傷がつくことはなかっただろうか? そんなもしもは、まったくの無駄だ。おれは目の前の男が好きだ。ルッチじゃなきゃダメだということはこの二年間で嫌というほど思い知らされた。この二年間、幸せじゃなかったことなんて一日もない。ルッチは僅かに視線を落として、ぽつりと言った。


「後悔するぞ」

「しないよ」

「何故わかる?」

「今ここで手を離す方が、絶対に後悔するから」


 罪だとか、そういうの、どうでもいい。おれはおれが幸せで、ルッチも幸せで、ついでにおれの周りが幸せなら世界なんて滅んだって構わない。ゲスの親が残してくれた、ゲスの思想だ。テーブルの上に置かれていたルッチの手を握れば、すこしだけ強い力で握り返してくれた。


「バカヤロウ」


それって、愛してるって意味でしょう?


mae:tsugi

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