遊園地なんてマジで何年ぶりだろうか、最後に行ったのがいつかまったく覚えていないがおそらく大学だかなんだかの仲のよかった男連中で遊びに行ったのが最後だった気がする。そうだ、たしかそのうちの一人が結婚するから独身最後とか言ってはっちゃけたのが最後だ。あいつ、幸せに暮らしてるかな……してねェな。あいつ浮気して離婚して慰謝料と養育費払ってたクズだもんな……。
 すこし悲しいことを思い出しつつも、童心に返って遊びまくった。ジェットコースターやらフリーフォールやらの絶叫系を中心についでにお化け屋敷になんか入ってみたりしてかなり充実した時間を過ごした。途中飯休憩を挟んだんだが、ひとしきり遊び終わった頃にはクザンさんはげっそりしていた。なんか付き合せちゃって悪いことしちまったかな。


「クザンさーん、最後にもう一回ジェットコースター乗りたいんですけどー」

「あー、……」

「一人で乗ってきちゃっていいですかね?」


 離れるな、とは言われたがぶっちゃけこれ以上付き合わせるのはあんまり良くないんじゃないかと思う。クザンさんはグロッキーだからか、口をすこしだけ開閉させてひらひらと手を振った。「ここで見てるから行ってらっしゃい」と言われ、頷いてからジェットコースターに向かった。
 ジェットコースターの列に並び、男二人組にナンパじみた声をかけられたが機嫌がいいので相手をしてやりつつ「ごめんなさい、保護者と来てるんです〜」と笑いながら、クザンさんを指さしてやる。すると「えーいいじゃん、放っておきなよ〜」と人の肩を抱こうとして来た挙げ句、なんとも自分の身を顧みぬ発言をしていた。「すみません、このあと一緒に屯所に行かなきゃいけないんで〜」と言えばクザンさんが海兵だということは十二分に伝わったようだ。しかもあの身長とつけっぱなしになっているアイマスク、そして青っぽいスーツを見ておおよそのことを把握してしまったらしく、彼らは縮こまって笑うばかりだ。そらな、海軍の大将に目なんか付けられたくないわな。おれもそう思うよ。
 そんな彼らの前に座り、絶叫して戻ってきたらなんとまあ……クザンさんがいなくなっていた。離れたらダメって言ったのそっちなのにどうしてそうなるかね。仕方ないので今日のために用意しておいた子電伝虫を取り出してクザンさんにかけてみる。……繋がらねえ! アホかよあの人! 動くわけにはいかなくなったが、こんなところに美少女風のおれがいたらエロ本みたいな展開になりかねないんですが? どうなってんですか。おれが悪いんですかね、これ。


「はあ、どうすっかな」


 ため息をつきながら辺りをちらりと見渡してみる。当然、クザンさんのような目立つ人物がいれば見逃すはずもないのだが、それらしき人は見つからなかった。さてこれどうすっかねえ、本当に。おれも精神的には子どもってわけじゃないから帰ろうと思えば帰れんだよ。だけど動くなって言われてるし、昼とは言え治安がまるっきりいいってわけでもないらしいから一人でうろうろするのもよくないかなって思うわけでしてね。
 とりあえずしばらくはここにいるかな。暗くなるにはまだ時間ありそうだし、ナンパされそうになったら海兵のパパを待ってるのってにっこり笑っておけばいいだろう。別に悪いことしなくてもナンパした子の親が警官だって知ったらちょっと躊躇うよなァ、なんだろうなあの効果は。
 ぼうっとしながら視線をあちらこちらへ滑らせていたら、おませさんという感じの子がうろうろとしていた。小学生くらいだろうか、ヒールを履いてショートパンツでぱっちりした目の可愛い子だ。変わった形の帽子とちょっと派手なリュックを背負っている。なんかあっちこっちに視線を向けてため息をついてる……もしかしてあの子、あれかな、迷子……。その子を見ていたらばちりと目があい、何故かその子はこっちに走ってくる。えっ、何!?


「ねえ、こういう体型のオバサン見なかった?」


 ボウリングのピンを彷彿とさせるような形を作った女の子に「いや、見てないけど……迷子?」と聞けば、鼻で笑われた。「あっちが迷子なのよ」とは迷子の常套句である。そっかとばかりに頷いて、「まあ隣座ったら?」とすこしズレたら女の子は疲れていたのか隣に座った。
 それから帽子の下のおれの顔をじいっと見つめてきた。なんかこの真ん丸い目、カクさんの目に似てるんだけどカクさんのよりハイライトがない感じがすんですけど……気のせいかな? 暗殺者より目が笑ってない小学生ってこわすぎじゃない? 熱い風評被害を脳内でまき散らしていると、女の子は口角をきゅっと吊り上げて笑った。あら可愛い。


「可愛い顔してるわね」

「ん? ありがとう。そっちも可愛い顔してんね」

「キャハハ、ありがと」


 謙遜しなかったおれもおれだが、そっちもそっちである。まあ、おれの顔が可愛いのは世界共通のこととして彼女の顔も愛嬌があって可愛い。ショートヘアって本当に可愛い子しか似合わんしな……。


「で、そっちは何やってるの?」

「ああ、一緒に来てた保護者が消えちゃったから待機中。連絡も通じなくてね」

「それ、捨てられたんじゃないの」

「へ?」


 なるほど、その考えはまったくなかった。たしかに遊園地に子供置き去りにするとかよくある話だよな。でもなァ、クザンさんがおれを捨てるメリットってひとつしかないんだよな。その一つも仕事をサボれる、というだけのことである。ただおれがいる方が効率はいいし、あんだけ甘やかされていて嫌われてることなんて有り得ない。ついでに言うとおれがいてもサボる。じゃあ別に捨てる必要ないだろっつー話で。


「いやァ、そりゃあないな。おれまだ利用価値あるし」


 ないない、と顔の前で手を横に振れば「ふうん」と興味あるんだかないんだかわからない返答が向けられた。利用価値って言葉、ぴんと来なかったのかな。でも捨てられるってさらっと出てくるくらいだからそれくらいわかるような……。ていうかさっきの捨てられた発言って完全にブーメランなんだよなァ。こんな可愛い子が捨てられたなんて思いたくもないし、思わないけど、可愛かろうが可愛くなかろうが捨てるときは捨てるだろう。だったら人身売買したほうがいいんじゃねーのとは思うが、人身売買する勇気はないとかそこまでクズじゃないとか可能性は色々考えられる。
 そんなことを考え始めたら、背中のリュックの中には色々と思い出の品とか食べ物とか詰めてあるんじゃないかという嫌な想像が広がってしまった。ヘンゼルとグレーテル的なあれだよ……パン渡されたって困るよ……。あまりにも見すぎていたためか、女の子は訝しげにおれを見てきた。


「なによ、あたしの背中が気になるわけ?」

「そりゃあね、気にならないわけでもないよ」

「……ねえ、魚人ってどう思う?」


 唐突に話が変わったー! ということはあんまり触れて欲しくなかったのもしれない。そこをねちねちと責め続けるような大人ではないので、おれは彼女の質問に答えることにした。魚人のことをどう思うか。その質問に当てはめることができるのは、おれの中ではたった一人だけだ。


「可愛い」

「は?」

「魚人は可愛くて、そうだな、心配性なイメージしかないんだよなあ……ああ、あと強そうだね」


 ジンベエさんマジいい人マジ天使マジフェアリー。ほんのちょっとしか接触する時間がなかったのにそう思ってしまうのは多分、見た目が可愛いのとそのあとに会ったやつらがマジで悪いやつばっかだったから。あとルッチさんな、ストレスフルルッチさん。気を使える人はそれだけで尊い……。
 脳内で祈りを捧げていると、女の子は笑い出した。まるでおかしいものを見たとでも言いたげだ。


「このリュックにはね、背びれが入ってるの」

「背びれ?」


 また話変わったよ、ていうかそれって後生大事に入れとくものではないよな……出汁でも取る気なんだろうか。そもそもこの子も背びれ持たされても困るだろ。困らないという場合はなんだろう、背びれフェチなのかな。意味がわからなすぎて首を傾げていると、キャハハと笑われてしまった。


「にっぶーい、魚人の話したのにわかんないわけ?」

「え? あ、そういうことか。っぽくないね」

「ハーフなの」

「へえ、そうなんだ。なんかその丸い目がそれっぽい気がしてきた」


 金魚っぽいというか目蓋なさそうというか、がん開きしてる感じがね? いや待てよ、そうなるとカクさんの目も魚っぽいということに……まあでも任務中わざと輝かせてる分いざ殺す段階になったら死んだ魚みたいな目はしてそうな気がする。勝手な想像だけどな。
 ふんふんと頷いていると「変な人間」と笑われてしまった。「きみも十分変わってるけどね」と返せば、彼女はおかしそうに、そして本当に楽しそうに笑った。


「あなた面白いのね、それにとってもきれいな顔してるし」

「え? ありがとう?」

「だからあたし、あなたのお嫁さんになってあげてもいいわよ」


 ん? ……ん!? にこにことした顔でそんなことを言われて頭の中をハテナが乱舞しまくる。え? いたいけな少女がおれの嫁になるって? いや、嬉しいっちゃ嬉しいけどお縄ワンチャンあるよこれ。小学生に手を出したらロリコンだからね? 捕まるからね? 上司に捕まるのだけは避けたい。いやでもこれは口約束の範囲内かな……この年の子だし……ていうかこの子もしかして百合っ子? おれ、女にしか見えないだろうに。それとも気に入った相手にはとりあえず結婚申し込んじゃうタイプなんだろうか。


「お嫁さんかァ」

「なによ、あたしじゃ不満なの?」

「飯作ってくれて家で迎えてくれる昔ながらのいい女風の子が好きなんだけど……」


 という突然のマジレス。三歩下がって云々はどうでもいいけど、おれは仕事するから家事全般やってくれねーかなっていう。家でだらけててもうふふって笑って許してくれる包容力のある女神みたいな女の子いねェかな……顔は人間のレベル留めてれば全然構わないから。この年ではまだ言うほどではないけど、結婚願望はそれなりにあるから思うところはあるのだ。海軍は食いっぱぐれるような職じゃないし、好きな人ができたら男だってバラして秘書官にしてもらえねーかなダメかな。
 「じゃあ、ご飯作れるようになっとくわね」という予想外の声。驚いて彼女を見ると、にこにこと笑っていた。そうするともう夢を壊すのも忍びないし、いつかまたどこかで会えるという奇跡があったらいいなという希望的観測を込めておれもゆっくりとうなずいた。


「そうだね、いつかまた会えるときまでに料理上手になっといて」

「料理上手は床上手って言うわよね」

「突然の下ネタに驚きが隠しきれねーよ! それを望んでるわけじゃねーから!」


 本命の子ならどっちかっていうと慣れてない方がタイプだから、と言いそうになって口を噤んだ。余計なことを言うところだった。だって自分好みに育てる方がどう考えたっていいよな? こんなかわいい子が自分の思い通りに育つとか最高じゃねーか……。下衆すぎてそんなこと言えないけど。紫の上かよ……。
 おれが頭を抱えている間に「フフ」と彼女が笑った。ちらりと視線を落としたら手招きをされた。顔を近づけると「ちゅっ」と小気味よい音がした。おお? 完全に口と口がくっついたでござる。


「ひゅー、大胆」

「かるーいっ!」


 まあな。こどもにちゅっとされたくらいで動揺するわけもなかろうて。クロコダイルさんにやられたときはさすがにな……あの続きさせてもらえませんかねぇ。無理ですね、わかります。
 そんなこんなしていたら奥の方からオバサンが走ってきた。明らかにボーリングのピンである。あーこの人だな、と思って「お迎えきたみたいだよ」と言えば、彼女は唇を尖らせていた。早く行ってやんな、と肩を叩いてやれば不満そうだった。オバサンが遠くで彼女の名前と思しきデリンジャーという言葉を叫んでいる。ちょ、武器名……。名前に銃器の名前つけるってどうなってんのさ。


「あたしはデリンジャー、あなた名前は?」

「あ、メアリです」

「キャハハメアリね、覚えたわよ」


 楽しげな彼女は「じゃあまたね」と言って去っていった。それに返事をせず、ひらひらと手を振るだけにとどめた。多分、二度と会うことはないだろう。……で、おれはどうすっかなァ。もう一度子電伝虫に手を伸ばし、クザンさんにかけることにした。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -