もうなんていうか上司がいいって言ったんだからいいだろう、と思いきって抱きついてみたが、普段別にここまでのことはしてなかったな。多分眠いせいだな。途端に冷静になって身体を離してから首をごきごきとやって、クザンさんを見た。クザンさんはまだ笑っている。味噌ラーメンのせいだろうか。あいつマジでまずいんだよな……味噌ラーメンを頼むとざわつくくらいだからな。まだ笑っているクザンさんの背中、というか腰を叩いてやめさせようと思ったら、全然止まらねえでやんの。変なスイッチ入ったなこりゃ。


「いつまで笑ってるんですか、もー」

「いや……だって味噌ラーメンぶふっ」

「でもあれたまに食べたくなりません? 驚異的にゲロ不味いんですけど、こう、何か呼び寄せられるというか……依存性のある薬物とか入ってないですよね?」

「いきなり怖いこと言うのやめて」


 否定しないということはクザンさんも薄々そう思ってるんだろう。あんなに不味いのにメニューからなくならないし、おれも三ヶ月に一回くらいは頼んでいる。勿論おれだけではなく、たまにガープさんとかも不味いって言いながら食べてるもんな。絶対依存性あるよあれ。一回検査出したほうがいいんじゃねえの。
 おれとクザンさんがそうやって味噌ラーメンの話をしてると、カクさんがもう抑えきれないとばかりに噴き出して笑い出してしまった。楽しそうで何よりである。


「ふは、わははははっ、ゲロ不味いって言いおった!」

「おいこら馬鹿! 笑うなカク!」

「いやだって長官、あのメアリがじゃぞ? 礼儀正しくて真面目で仕事のできる美少女の素がこれじゃぞ! 笑わんでどうする!」


 どんな偏見持ってたか知らんが、すげーこと言われてんな。楽しそうなカクさんと反対に長官さんの顔色はすこぶる悪い。海軍本部の大将の前でその大将付きのメイドを大爆笑してるから、戦々恐々とクザンさんを見てる。ってことは、やっぱ怖いんだなァ。そんなことで怒りゃしないってのに。


「あ、スパンダム長官、ほんと気にしなくて大丈夫ですよ。むしろなんかすみません、最後まで猫被って終われなくて。クッ、上司の命令には逆らえず……!」

「人聞きの悪いこと言うのやめてくれる!? さっきのだってお願いじゃん」

「そうですよね、失念してました。クザンさんは命令しないでお願いする人ですよね」

「そうだろ?」

「仕事中に電話かけてきて明日弁当作って来てくれって駄々捏ねてお願いしたりしますもんね!」


 ぶっちゃけあれ本当に鬱陶しかった。面倒くさかったとも言う。おれが家事面倒なの知っててのそれだからな、これくらいネタとして引っ張ってもいいだろう。クザンさんはしーって指を口に当ててるし、カクさん大爆笑だし、ジャブラさんも笑い始めちゃったし、長官さんは顔青くさせてるし、ルッチさんはため息をついて視線を逸らしてしまった。まあ仕方ないことだよなァ、おれ、残念系美少女風美少年だからな。
 ちらりと時計を見ると、時間が結構押していた。多分長官さんもこんなに時間のかかる予定じゃなかったはずだ。そろそろ長官さん戻してやらないと、昼食う時間なくなっちまうわ。


「クザンさん、このままだとスパンダム長官のお仕事にご迷惑かけますから、さっさとぱぱっと帰りましょう」

「なに? メアリ、スパンダムのスケジュール把握してるの」

「把握というほどのことじゃないですよ。朝六時から夜九時まで昼食やお手洗い以外ではずーっとお仕事なさってますからね、真面目に。本当に勤勉な方です」


 おれの言いたいことがわかったらしく、クザンさんは唇をひくひくと引き攣らせていた。簡単に言えば、仕事しろ、である。一週間サボったことをおれが知っているとは思っていないだろうから、かなり嫌味に聞こえちまうかもしれないが別にそんなことはいいんだ。本当のことだからね。
 いやでもほんと、長官さんすごいと思うよ。おれには真似出来ねえもん。社畜だったときだってそんなに仕事したことねえし。ため息をついて先に歩きだしたクザンさんについていくべく歩き出そうとして、もう一度挨拶しとくか、と振り返った。


「皆さん一週間ありがとうございました。多分もう二度とないと思いますけどまたの機会があればどうぞよろしくお願いします。あ、スパンダム長官! クザンさんは仕事しなさすぎですがスパンダム長官は仕事しすぎだと思います。たまにはご自愛くださいね」

「いや、それ肯定できねェし……」


 調子を崩されたといったように長官さんは頭を掻いていたが、ため息と共に「おれァ自分の限界くらいわかってんだがなァ」とぼやいていた。色んなことがありすぎて疲れてる顔になってて、なんか申し訳ねーわ。すまねえ、長官さん。


「メアリ!」

「はい? なんですか?」


 もう一度頭を下げてから歩き出したらカクさんがおれの名前を叫んだ。何かありましたかね。カクさんはようやく笑いをおさめたようで、おれの傍までたたたと走り寄ってきた。なんじゃろかい。カクさんを見ると、彼はニッと歯を見せて笑った。


「電伝虫の番号教えてくれんか?」

「へ」


 驚いたのは当然おれだけじゃない。周りの皆が驚いていた。既にタラップを登り始めていたクザンさんも引き返してくる始末だ。ちょっかい出すのはやめろ、とでも言われるんだろう。完全に保護者のそれである。しかしクザンさんが降りてくるよりも早く、カクさんはおれの肩をつかんで大きな声で宣言した。


「友だちになろう!」


 ともだち。おれは鞄から手帳を取り出して、さらさらと番号を書き留めて、それをカクさんに渡した。後ろでクザンさんがぎょっとしているような気配を感じるが、おれが嫌がってないのだから止めたりはしないだろう。ジャブラさんも長官さんもルッチさんも驚いてる気配を感じるけどおれは気にしたりしない。


「そう言われちゃあ断れないですよ〜」

「わははは、そう言ってくれると嬉しいのう。ほら、手帳貸してみい。わしの番号も書いとこう」

「え、いいんですか」

「お前さんは一方的に番号知ってるやつを友だちと言うんか?」

「……言わないですねぇ」

「そういうことじゃ」


 さらさらと書いてくれた字は、高校生男子を彷彿とさせるような半ば汚い字だった。いや、読めるんだけどな。カクさんにお礼を言ってから、ちらりとジャブラさんを見てみると、視線をそらされた。それでもじいっと見続けたら、「あーッ、しゃあねェな!」とどすどす歩いてきて、おれの手帳に番号を書いてくれた。


「達筆すぎて読めない……!?」

「あ!? どこがだ!」

「これとこれです」

「これがゼロで、これがロクだ狼牙!」

「あ、なるほどー。ではこれお返しの私の番号です、何かあったらどうぞ!」

「……なんもねェはずだがな」


 言いながらもおれのを受け取ってくれたので、これはツンデレである。……ルッチさんのことは見ないでいいだろう。あの人おれの番号は知ってるし、すんげえ落胆したような目線いただいたしな。あと長官さんは別におれの番号欲しくはないだろうし、おれみたいなのに友だちっていうタイプじゃないんだよなァ。上下関係はっきりしてる人だから。ああでもこんなことならカリファさんの番号もらっときゃあよかった!
 友だちゲットだぜーッとノリノリでタラップを登り始めたら、クザンさんからため息をつかれて、頭をぽんぽんされた。


「友だち出来て嬉しいのはわかるけど、相手が暗殺者だってこと忘れんなよ」

「──はーい」


 あ、いっけね、忘れてた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -