長官の言うご褒美に乗り気になっては見たものの、ふと冷静になって考えてみれば、惚れさせるのは控えめに言ってもジャブラの苦手な分野だ。そもそも好きになった女を惚れさせることもできないのに、美人とはいえ好きでもない人間を惚れさせるなんて、まず気分が乗るわけもなかった。大体、男が女のどこを、というのならともかく、女が男のどこを好きになるかなど知るよしもない。その上個人差があるとなれば、女の考えなど難解にもほどがある。
 ならば、そんなジャブラが人の感情の機微など考えるだけ無駄なのだ。
 けれどご褒美というのは捨てがたい。せっかくだから庭園専属の庭師を雇うのもいいし、いっそ改装してみてもいいかもしれない。願望というのはなかなか尽きぬものである。だから一応、考えなくてもできる方法を用いることにした。


「あー、そのなんだ、お前に一目惚れした。つーわけで、好きだ、付き合え」


 超ド直球な、告白である。何せ期限は一週間。相手を惚れさせるために相手のことを知り得る頃には時間がなくなっているし、知ったところでどうにもならぬかもしれないし、それ以上に一週間あればルッチやカクに落とされている恐れがある。
 だったらもしかして、という可能性に賭けた方が余程マシだ。好意を伝えれば案外ころっといくタイプかもしれないし、もしかしたら大穴でジャブラのような男を好みに思うような人間かもしれない。そうでなくとも好意を嫌がる人間は極端に少ないものだ。好きと言われて嫌な気分になるのは、相手のことを嫌っている場合のみである。ジャブラはメアリとさっき出会ったばかりなのだから、生理的にムリという恐ろしいものを除けば、まだ嫌われてはいないだろう。だから押して押して、押しまくればいい。
 ──だなんていう思惑は、「……罰ゲームか何かですか?」と言われてしまえば、崩れ去る他なかったのだけれど。
 さすがに公衆の面前でというのが憚られたジャブラは、廊下を通りがかったメアリを呼び止めて庭園に連れ込み告白したのだが、困惑したような顔で言われて「ア!?」と威嚇するような声を吐き出してしまった。メアリは「申し訳ございません」と頭を下げながらも、臆した様子もなくはっきりと言った。


「しかしながら好きだとおっしゃられているのに、気持ちが伴っていないように感じましたので、そう考えてしまいました。本心からのお言葉でしたのなら、誠に申し訳ございませんでした」


 そこにきて、もしかしてこいつ告白されなれてるんじゃ、とジャブラは今更ながらに気が付いた。これだけの美少女である。三大将付きのメイドであろうと、バックに恐ろしい保護者がいようとも、今まで誰も告白をしなかったという方が不自然なのだ。
 ……となれば、最早ジャブラにできるようなこともなく。口からはため息が漏れ出した。「顔あげろ」と声をかけて、地面に腰を下ろす。自分よりも小さな少女であるメアリが自分を見下ろしているのは、なんとも不思議な気持ちになる。


「悪かったな。本心でも罰ゲームでも、勿論からかったわけでもねェよ」

「……そうなのですか」


 メアリは一つ頷いて、けれどそれ以上のことは聞いてこなかった。──余談ではあるが、ジャブラは明るい女は好きだが無駄に姦しい女というのが、大層嫌いである。女たるもの慎ましくあるべきだ、とまでは言わないが、勘違いして立場も弁えぬ女などは言語道断で、仕事をサボりしゃべっているメイドを見れば苛立つような男だ。けれど分を弁えて本当の理由を聞いてこないメアリには素直に好感を持った。成長して少女から女にでもなれば、恋愛感情の一つや二つ、持ったかもしれねェなァ、と。
 だから、自分の失敗への八つ当たり、そして他のやつらへの腹いせも込めて、メアリに親切にしてやることにした。


「長官が、誰かお前を惚れさせろって言い出しやがってな」

「は?」


 素が出た、とでもいうのか、メアリは目蓋をぱちくりとさせて驚いている。何を言われているのかわからないといった顔は年相応で、こういうのを庇護欲がわくというのだろうとなんとなしに思った。


「惚れさせりゃあ本部の情報が流れてくるってよ」

「……ああ、なるほど。そういう目的だったのですね」


 納得いったと頷くメアリには、驚くべきことに嫌悪感のようなものはない。利用されかけていたというのに、それを理解しているはずなのにだ。ジャブラが疑問をそのままにぶつければメアリは気にした様子もなく、むしろ不思議そうに軽く小首を傾げながら悪い感情を一切感じさせない笑みまでつけて言い放った。


「政府と海軍は必ずしも一枚岩ではございません。これも、お仕事の一環でございましょう」


 今度きょとんとさせられたのは、ジャブラだった。普通なら、目の前の年の少女の口からさらりと出るような言葉ではなかったからだ。驚くと同時にジャブラはようやくメアリが秘書官がわりのメイドであることを理解した。賢くなければ、否、このような人間でなければ、三大将の秘書官の代わりなど務まるまい。
 それを理解したら、漏れ出てくるのは笑いだった。勿論、それが悪い意味であるわけもなく、ジャブラは珍しくも興味のなかったただの他人を気に入った。
 ぽん、とメアリの頭に手をのせれば、不思議そうにジャブラを見つめる瞳には警戒の色もなければ嫌悪の一つも見当たらない。


「なんかあったらおれんとこに来な」

「お気遣いありがとうございます。何かあったおりには、頼らせていただきますね」


 ジャブラを立てるような言葉とは裏腹に、メアリは頼る気などさらさらないようだった。分を弁えているのなら当然と言えば当然だし、探られているのかもしれないと思っているのならジャブラへの接触も控えてくるだろう。その距離の取り方は間違ってはいない。けれど、まったく正しいというわけでもなかった。ジャブラは笑う。形としてはっきりと笑みを作る。


「これは本心からだぜ?」


 メアリの目に映るジャブラの笑みは、獲物を狩るような獰猛なものなどではなく、本当に珍しくも人のよさを感じさせるようなものだった。


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